入れ替わり

 

 

 桑木は、シェアハウスの省エネ管理を目指していた。単刀直入に言えば、経費や維持費の節約である。その代表が、ハウス内の定期的な清掃だ。

 一般的に、入居者達の所にオーナーが頻繁に出入りするのは嫌がられる。しかし、掃除となると別である。

 入居者達が自発的に共用部分を掃除する事は少ない。なので、何(なん)人(びと)であれ、綺麗に掃除をしてくれる人を邪魔扱いしない。 


 紅一点の影田昌子と男性の佐和田を除いて、他の男達は仕事に出掛ける。ほぼ一日シェアハウス内で過ごす佐和田と、桑木は親しくなる。


 佐和田は、桑木より二つほど年上。二人は共に将棋好きだったので、よくヘボ将棋を指し、時間を潰す様になった。

 桑木と気が合い、親しさを増した佐和田が、突然病気で入院してしまった。


 医師の説明だと、彼は永らく患っていたらしく、余命もそう長く残ってはいないと言う。ハッキリ言えば、後は死を待つだけの病状だった。

 親しくしていた割には、桑木は佐和田の病気に全く気付かなかった。年齢が増せば、誰にでも何かしらの不調が身体に出て来る。もっと気を配って置くべきだったと、桑木は反省する。

 今から思えば、佐和田が仕事をせずに生活保護に頼っていた理由が理解できた。


 桑木は不動産会社と相談する。退院の望みが薄い佐和田を、部屋を開けて待つよりは、新規の入居者を入れた方が良いという、実にシビアな結論に落ち着いた。

 退院して戻って来たとしても、寝たきりで付き添う人も無く、いつ亡くなるか分からない状態では困るというのが真の理由だ。冷たい結論とも思えるが、致し方ない。

 桑木は役所と相談し、佐和田の今後を役所に任せた。


 部屋が一つ空いた。そこに、不動産会社の若い社員が若い女性を連れて来る。

「桑木さん。内見させて下さい」 

 一声掛けて、彼は女性を伴ってシェアハウス内に消えた。その後ろ姿を桑木は見送る。

「こんな、老人下宿化した貸家に、あんな若い子が入るわけが無いだろうに」

 彼は、不動産会社の目利きを疑問視する。


 所がである。数日経って、彼女の入居が決まった。これには桑木も、

「何が酔狂でこんな所に入るんだ?」

 自分がオーナーであるし、そして改築して間もない小洒落たシェアハウス。なのに、桑木は自らグレードを下げて見ている。


 オーナーは、基本的な入居者の経歴を知ることが出来る。彼女の名前は五十嵐美花。年齢は二十一歳。職業は歯科技工士見習いとある。

 不動産会社の説明によると、彼女は上京して親戚の歯科医院に務めだした。当初は、その親戚の家で同居生活をしていたが、色々と差し障りが有るのか、外に部屋を借りることになったと。

 やはり、親戚とは言え、雇い主の家族と同居するのは難しいのだろうと、桑木は推測する。


 美花は若くて可愛い女性。正直いって、年甲斐も無く桑木の心が弾む。男性入居者等も同じ思いに違いない。

 年配者には、決して対面することの無いテレビで見るアイドル女性達。彼女達よりも、美花の方が遙に可愛く思える。

 手の届かない遠い美人よりも、そこそこの人であっても身近な方が、それは良いに決まってる。

 美花は、決して意識したぶりっ子では無いが、時々そんな仕草をする。その素振りが、年配者達の心を溶かしてしまった。

「いい歳こいて何だ!」

 と思いたければ勝手に思えである。これは人間としての摂理。如何ともし難い物なのだ。

 当然、桑木も例外では無い。彼女に会えるのが楽しみになっていた。



「大家さん。この頃頻繁に此処に現れるね。もう、将棋の相手は居ないよ」

 入居者の藍(あい)原(はら)が言う。明らかに嫌みである。

「いや、大家として見守る必要があると思ってね」

「何を見守るんだい? 美花ちゃんの事かい。だったら、俺たちがしっかり視ているんだから、安心して隣の部屋で寝てなよ」

 藍原は、桑木の心を見透かしていた。


 そこに五十嵐美花が現れた。

「皆さん、お早うございまーす」

「美花ちゃん、お早う」

 桑木と藍原が笑顔で応える。

 彼女は、寝起きのすっぴん顔でシャワールームに向かう。その姿を見届けると、桑木は急いで自分の部屋に戻った。

 近所で美味しいと噂のパン屋で購入した食パン。それとバターとハムを手にし、シェアハウスに戻った。

 すると、藍原がキッチンで目玉焼きを焼いている。それも、よく見ると二人前。藍原が何を企んでいるのか、桑木は一瞬で悟った。桑木の心に、敵愾心が燃えて来る。


 そこに、大胆にもバスタオルを纏っただけの美花がシャワールームから出て来た。

「美花ちゃん。美味しいパンを買ったので、着替えが済んだら一緒に食べよう」

 間髪を入れずに藍原もアピールする。

「俺は、美花ちゃんの為に目玉焼きを焼いて置いたから。やっぱり、朝もしっかりと食べて栄養を摂らないとね」

 やはり、目玉焼きは、藍原本人と美花の分だった。更に藍原は図々しく、

「今朝は大家さんがパンを持って来てくれた。丁度良いから、そのパンを三人でご馳走になろう」

 目玉焼きは藍原と美花が。主食になるパンは桑木の持参したものを三人で食べる。

 しかも、藍原は桑木が用意したバターをタップリ塗って。


 何と厚かましい。藍原に腹が立つが、美花の前でケチ臭い言葉を口走るのは不味い。

「そうだね。みんなで食べれば美味しいからね」

 桑木はムカつきを押さえながら、心の広いところを見せ付ける。

 年齢というものを考えれば実に情けないのだが、楽しみの少なくなった彼らには、恋の真似事は結構な刺激なのである。


次回の「雰囲気変わる」につづく

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