シェアハウスくわき

大空ひろし

新たな生活

 

 桑(くわ)木(き)邦(くに)夫(お)は長年連れ添った妻を亡くした。生きる気力が失せて行くのを感じた彼は、大きな決断をする。それは、ある話を聞かされたからだった。


 町内会で知り合った不動産会社の社長が、桑木にアパート経営の話を持ち掛けていた。

「桑木さんの敷地なら、結構なアパートを建てられるよ」

 しかし、町内会等で何かと付き合いのあった社長は以前、

「アパート経営は、昔は儲かっていたが、昨今は余り儲けにならない」

 とも、桑木に語っていた。 

 社長にしてみれば、桑木の妻が亡くなり、一人娘は遠く四国に引っ越して、いつ東京に戻ってくるかも分からない。そんな現状なら、一人で住み続けるのはもったいないという理屈なのだ。


 しかし、アパートを新築するとなれば、例え土地が有るにしても建築資が半端でない。借金して迄も、アパート経営などしたくないのが桑木の本音だった。

「桑木さん。建替えに気が乗らないのなら、改築してシェアハウスにしてみたら。この家に、一人で住むには広すぎるでしょ」

 確かに、一人で暮らすのは寂しい。空気のような存在だった妻も、居なくなるとかなり堪える。それに、年金暮らしも余裕が殆ど無い。

 

「シェアハウス?」

「聞いたこと有るでしょ。昔の下宿みたいな物」

「少しは知っているけど、借り手は居るのかね」

「その辺はウチの方で何とかする。建替えと違って、シェアハウスなら改築で済むよ」

 桑木には、未だ退職金の大部分が残っていた。それを使えば改築費を賄える。

 大(お)凡(およそ)の改築費用の見積もり額を聞けば、銀行から借金し、その返済に地獄を味わうという心配は無い。

「桑木さんの住む部屋は独立させて、残りの部屋をシェアに使う。それでどうだろう?」


 点数稼ぎの社員達とは違って、彼は馴染みの不動産会社の社長。元はと言えば、老後の資産運営について声を掛けたのは桑木の方だった。

 その点からも、ある程度は信頼できると桑木は考えた。彼は、社長の勧めに応じ、思い切って改築することにした。


 広めのキッチン。冷蔵庫やIH調理器具。温水便座付きのトイレが一階と二階に各一カ所。乾燥機能付きの洗濯機が二台。シャワールームが二カ所。浴槽付きだがコンパクトなバスルーム。

 ダイニングは、入居者が自由に集いコミュニケーションを取れる様に、手頃なソファーにテーブル。液晶テレビ。チャンネル争いを防ぐ為、録画出来るレコーダー迄置いた。 

 個室として区切られた部屋は、一階に一部屋。二階に五部屋。各部屋とも四畳半位のスペースだ。

 このシェアハウスのネーミングも決まった。『シェアくわき』だ。そのままという感じだが、分かり易い。


「どうですか? 結構良く出来たでしょ」

 不動産会社の社長は自慢げに言う。

「大分お金を掛けたのだから、当然だよ」

 桑木は、表情を崩さず答える。机上の計算よりも経費が掛かった。

「私の部屋が狭すぎるんじゃ無い?」

 と、桑木は社長に不満を漏らすのも忘れない。


 確かに、シェアスハウスからは独立した格好だ。が、狭いワンルームマンションと変わらない。

「これじゃあ、私の大事な品々が入り切らないよ」

 長年揃えてきた品々を、思い切って大分捨てた。だが、それでも未だ部屋に入れ切れずに残ってしまった。

「申し訳ない。だけど、建物の形状を考慮し、最大限の部屋数を設けるには、これしか方法が無かった。増築すれば割高になってしまう」

 桑木の不平に、社長は実利で納得させる。桑木も文句を言えなくなった。

 元々、後々の家の貸し出しを想定して我が家を建てたのでは無い。なので改築の難しさはやはり生じる。桑木は、仕方なしに物置を注文し庭の隅に設置した。


 半年も経つと、部屋が埋まった。しかし、桑木はため息を吐く。

「何だよ。入居者は老人ばかりじゃ無いか。あの社長、老人ホームにする積りかよ」

 嘆くのも無理もない。不動産会社が、他の賃貸物件では入居を拒否される人達を、家賃の安さもあり、押し込めた感がある。

 しかし、利点もあった。年配者達なので、騒ぐことも揉めることも無く皆静かに住んでくれる。

 昔の栄光を笠に着て、偉ぶったり上から目線で説教をぶち上げる人も居ない。更に、設置器具や道具も乱暴に扱わない。

 その点は、オーナーの桑木も満足している部分である。


 一方、入居者間でも良い関係が育っていた。人生経験が豊富な人達だからなのか、そんなに言葉は交わさなくても、あうんの呼吸を感じ取っているようだ。

 また、アパート等と違って、当然入居者達が顔を合わせる機会も多くある。

一言二言でも、挨拶だけでも交わすことによって、何の会話も無い孤独生活よりは遙かに良い。

 顔を合わせる事で、お互いの健康状態も自然とチェックできる。孤独死を防げる。


 入居者は皆独身。結婚したが離婚したとか、連れ合いが亡くなったという人ばかりだった。その中に、夫に先立たれてこのシェアハウスに遣って来た、初老の影田昌子もいた。

 一人暮らしは彼女から望んだのではない。子供が二人居るのだが、息子夫婦は仕事の関係で関西に引っ越した。何時の日かは戻って来るとは言うが、どうなることやら、ハッキリとした目処など無い。

 娘も結婚している。近くに住んだので、結婚当初は良く実家に立ち寄っていたが、娘達の夫婦仲が悪くなると、何故か顔を見せなくなった。暫くして遠くに越してしまった。

 夫婦仲が悪くなると、何故親子間まで仲が悪くなるのか分からないと零(こぼ)す。


 離れた地域に越した息子夫婦には二人の子供も居る、金銭的な援助を求めるのは酷だ。

 慎ましく暮らせば暫くは暮らせる。しかし、長く一人でクラスのは難しいし、戸建ての家に一人で住むのは様々な面から不安を感じる。

 そこで、不動産会社の勧めで、住んでいた戸建ての家を他人に貸し、自分はこの『シェアくわき』に移って来た。彼女にとっては、案外悪くない選択だったのかも知れない。

 

 影田昌子は歳も歳なので、男達が心を躍らせるほどの女性的魅力は消えている。それでも、彼女は『シェアくわき』の紅一点。

 昔味の料理が上手で、男の入居者達は偶(たま)にご相伴にあずかる事もあり、大事にされる存在となった。

 食は人間にとって欠くべからざる物。その食が、生きる為だけでなく、美味しく楽しく食べられたら、生活の張りになるのは当然である。

 男四人に女一人。若しかしたら、このシェアハウスには丁度良いメンバーバランスなのかも知れない。


次回の「入れ替え」に続く

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