第5話 家族で機能検査

 父と食後の片付けをしていると、弟がレジ袋を持ってキッチンにやってきた。


「姉ちゃん、コンビニから冷凍デザート買って来たよ。

さっそく電子レンジ使おうぜ」


「祐樹、あんたバカね。冷凍デザートは自然解凍させるものよ。

電子レンジに入れたら失敗するに決まってるじゃない」


「残念なのは姉ちゃんです。

これはレンジでチンして食べるショートケーキなんだぜ」


今どきのコンビニの商品開発はそこまで進んでいるのか。

冷凍ショートケーキの外袋を読むと、確かにレンジ調理推奨と書かれている。

500ワットで10秒。

10秒しかないのに、正確にお知らせしてくれるのだろうか。


「これって、標準モードになっているけど、他にもモードがあるの?」


「標準以外にあと2パターン」


「おし! 全部試してみようぜ。調理時間が短いから次次々に試せるじゃん」


まずは、標準モードを祐樹は試してみた。


「もうすぐ食品の………」から「………加熱が終了しました」までが早い。

穏やかな一回目のメロディ音が鳴って、


「早っ! はいはいはいはい、なるほどね。

給湯機のチャイム音に似てるわな」


弟が電子レンジの扉を開けようとするのを、わたしは慌てて制した。


「待て! 2分間放置してからが問題なのよ」


「え、2分間も放置するのかよ。調理時間よりも長いじゃん」



待てを言い渡された飼い犬のように、弟は電子レンジの前で正座して待つ。


「ケーキ、大丈夫かなぁ。こんなに放置して」


家族そろって、電子レンジの前で待機している図はシュールだ。

やっと2分経過した。


二度目の「食品の加熱が終了しました」

そして、あの運動会のようなメロディ音が鳴った。

弟は腹を抱えて笑い転げた。


「はっはっはっはっは、腹筋崩壊する!こりゃ走り出すよ」


「祐樹、あんたウケすぎ」


「おもしれー、他のモードもやってみようぜ」


その前に、電子レンジの中にあるショートケーキを出せ。

弟はもうショートケーキのことなどどうでもいいようだ。

まるで面白いおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいでいる。

しかたなく、わたしが中のショートケーキを取り出して、お皿に移した。


「えっと、モード2。加熱10秒。スタート」


スタートすると数秒で音声が流れた。


「もうすぐ、食べ物があったまるよぅ。美味しくなーれ、萌え萌えキュン!」


「え?」


「お?」


父まで反応している。


「食べ物があったまったよぅ。お待たせしちゃったかなぁ?」


「かわゆい!こんな可愛いの女の子を2分も放置するなんて冷たいこと

………俺にはできない」


「待て、祐樹。男ならここは2分間あえて放置するのだ」


父が弟を引き留める。

その2分間は男としてのプライドと欲望との戦いに見えた。

何に命かけてるのよ、あんたたちは………

きっと、あの研究室でも似たような光景が展開していたことだろう。



「いつまでわたしを放置するつもり? プンプン!」


「ごめんよー--!今開けるからね。怒っちゃだめだよ」


弟は速攻で扉を開け、中のショートケーキを取り出した。

さっきとは大違いじゃないか。

なんなん? この温度差。


「じゃあ、モード3行くか。モード2で満足したけど一応ね」


「あら、満足したならもういいんじゃないかしら」


わたしは、やんわりと弟を止めた。


「せっかくここまで来たんだし、まだ冷凍デザート余ってるから、使い切らなきゃ」


「あ、そうですか…」


わたしはモード3を聞きたい気持ちと、家族に聞かせたくない気持ちの狭間で揺れ動いていた。


「モード3、10秒、スタート」


数秒でイケボが聞こえた。


「もうすぐ、食品があったまるよ。準備はいいかい?」


わたしは胸がキュンとした。


「なんだぁ、男か。まあこういうのが好きな人もいるだろうしな」


「最近はジェンダーレスだからな。

父さんだってそれくらい知っているぞ


こういうの好きとかジェンダーレスとか言っているけど、

目の前に年頃の娘がいるのはガン無視か。

姉、娘の反応などにまったく関心がない家族だ。


続けてイケボは言った。


「お待たせー! 食品があったまったよ。ほら、扉をあけて」


もう、彼ったらそんな優しい声で言わないで。

その声は、わたしの脳内で電子レンジの声ではなく、すでに彼氏に昇格していた。


「もういいね、確認したから。ショートケーキ食べようぜ」


「待ちなさい! 最後まで、最後まで彼の声を聞かせてちょうだい。お願いよ」


「姉ちゃん………そこまで必死にお願いするようなこと?」


「いいから、祐樹、お姉ちゃんの最期の願いだ。聞き入れてやりなさい」


「父さん、最期の漢字を間違って使ってるだろ。姉ちゃん死なないし」


「いいから!」


「は、はい」


まるで恋愛小説の悲劇のヒロインの最期を見守るかのような2分間だった。

そして、彼は言った。


「ねえ、忘れてない? 君が頼んだんだよ、温めてって」


悶絶します!

ここに家族がいなかったら、わたしは彼に抱き着いていたかもしれない。


「これで終わりか。やっぱ、モード2だよな」


「父さんも、祐樹と同じ意見だよ」


そこへ、二階で洗濯物をたたんでいた母がキッチンに戻ってきて吠えた。


「あんたたち! 電子レンジの前で何やってるのよ。こんなにショートケーキ並べて!」



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