第4話 我が家に新しい電子レンジがやってきた

 研究段階の電子レンジは、現役の電子レンジが置かれていた場所に収まった。


「今の電子レンジでも十分なんだけどねえ。

壊れたわけじゃないのに、ここから取り外す必要ないじゃないの」


母は新しい電子レンジに不安を持った。

機械音痴の母からすれば、新しい家電は不安なのだ。


「一週間したら、会社に返すのよ。

試用のために持ってきただけだから。

会社に返却したら、また今の電子レンジを使うんだから安心して」


「お母さんは機械もの弱いんだから、標準モードにしてね」


わたしは心の中で舌打ちをした。

チッ、標準モードじゃ意味ないんだよ。

モード3にしないと楽しみがないじゃないの。


「とま子、ぼーっと突っ立てないで手伝いなさい」


「はーい」


わたしは母と一緒にキッチンに立って、新しい電子レンジに母がどう反応するのか観察することにした。


母が手際よく夕食の準備に取り掛かる。

豚バラ肉とえのきだけを冷蔵庫から出して、


「これ、お肉で巻いといてね」


母に命じられるまま、えのきだけの根元を切ってから適当にばらして、肉バラ肉でくるくると巻いていく。

その間に母は調味たれを作ったり、他のおかずを作ったりと忙しく手を動かしながらも口も動かすのに夢中だ。


「牧野さんちのお嬢さん、婚約したらしいわよ」


「ふーん」


「隣の家のよし子ちゃんは、この間お孫さん連れて帰ってきてたわ。

いいわねぇ、どこのお宅もおめでたい話ばかりで」


「ふーん」


「とま子、あんた、誰かいい人いないの?」


「いないから、ここに立ってるんだけど」


「ほんとに? 母さんに隠すことはないわよ。

いい人がいたらいつでも家に連れてきなさい」


「いないから、ここに立ってるんだってば」



「もうすぐ食品の加熱が終了します」



「あら、しゃべってお知らせしてくれるのね。

それでね、隣のお孫さんがね………」


母は世間話に花を咲かせながら料理を進める。

まあ、この段階では誰もが母と同じような反応だろう。

もうすぐ終了と言われて、電子レンジの前で待機する人はいない。


「食品の加熱が終了しました」


そして、一回目のメロディ音が鳴った。


「あら、お風呂が湧いたみたいね。

そろそろ祐樹と父さんが帰って来る時間だわ」


案の定、母は給湯器のお知らせと勘違いしている。

わたしはわざと知らないふりをして、母の行動観察を続けた。

2分後、再度のお知らせ。


「食品の加熱が終了しました」


そして、行動をせかせるような、運動会で使うあのメロディが鳴った。


「あらあら、あらあら、どうしたのかしら」


母はそう言って、あわてて手を拭きながらバスルームに向かって走った。

向かう先が間違っている。

あのお知らせ音は、給湯器という先入観がそうさせたのだ。

それに何も走らなくていいものを、そうせずにはいられない効果があのメロディにはあるらしい。

これも、過去の記憶によるものだろう。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、……お風呂……まだ空っぽだった……わ」


戻って来た母は肩で息をしながら、額にはうっすら汗をかいていた。


「おつかれー、さっきのお知らせ音はこれよ」


わたしは冷静に電子レンジの扉を開けて、中に入っていたジャガイモを取り出した。


「あちっ! まだ熱くてつかめないわ」


「とま子、あんた謀ったわね」


「行動心理を観察するのも仕事なの。ごめんね母さん」



夕食の時、父さんと弟の祐樹もそろって、一家で夕食のテーブルについた。


「まったくね、変な電子レンジにはやられたわ」


「ほう、新しい電子レンジはそんなに変なのかい。

でも、いい運動になってよかったじゃないか」


父がそう言うと、母は怒った。


「毎回走らされてたまるものですか!」


弟の祐樹が母をなぐさめる。


「そんなに走ったの母さん。

そのうちそのメロディ音に慣れたら走らなくなるよ。

最初だけだよ、慌てるのは。

俺も聞いてみたいなその音声」


「ぜひ、食後になにか温めて使ってみるといいわ。

母さんが走った理由がわかってもらえるから」


「あの、父さんも聞きたい……」


「あなたは今日は食器洗い当番です」


「はい」


父は母に言われてしょげながら返事した。


「食器洗い当番でよかったじゃない。キッチンにいれば聞けるわよ」


わたしは父が気の毒だったので、フォローした。


「とま子、……お前って娘は……」


目をうるうるさせて父はわたしを見つめた。


これだけで泣いてしまう父は、わたしが彼氏を家に連れてきたらどうなっちゃうんだろう。

ま、そんな彼氏はいないけど。



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