第3話 商品説明

「時間がもったいないから、

前置きは省略してさっそく商品説明をします」


この研究員、銀縁メガネの奥の瞳が冷たい。

仕事熱心でプレゼンするときもこんな感じなのかしら。

真面目過ぎて何も伝わらないタイプね。


「………です。聞いてます? 赤井さん」


「は、え、えーっと何でしたっけ?」


「困りますね。仕事なんですから、まじめにやってくれないと」


怒られた。わたしだって仕事だから来たのよ。

好き好んでこんな場所には来ないわ。

上司の命令で来たんです。


「こうして、加熱終了のチャイムを聞き逃す、

あるいは、聞いても後回しにしてしまう。

そのように無視されて、放置された食品のなんと多いことか。

わたしどもの開発は、食品の廃棄と無駄を防ぐSDGsなんです」


「心当たりあります。

それでどのように食品の無駄を防ぐのですか?」


「いい質問ですね。それがこの商品の画期的な機能です。

お知らせチャイムを言語に変えました。

ではまず、標準タイプを聞いてください」


そういって、研究員は調理時間を20秒に設定し、丸いボタンをタッチする。

すると女性の声で


「もうすぐ食品の加熱が終了します」


設定した20秒になると


「食品の加熱が終了しました」


そして、電車の発車メロディのようなオルゴールが鳴る。


これはよく聞く、給湯器の「お風呂が沸きました」と同じじゃないの。

無機質な女性の声で知らせてくれる。


「取り出し忘れ防止機能も付いています。

もし、2分経っても電子レンジの扉が開けられない場合、

再度お知らせします」


「食品の加熱が終了しました」


今度は、運動会「食品の加熱が終了しました」で聞くようなテンポの速いオルゴールが鳴った。

これって『天国と地獄』という曲名だっけ。


「いかがですか」


「給湯器と間違えそうですね。

それに、なんだか冷たい女性の言い方にイラっときます」


「なるほど、そういう意見もあるんですね。声は選べます。

給湯器との差別化を狙ってこのパターンを用意しました」


研究員はモード2に合わせてからボタンを押す。


「もうすぐ、食べ物があったまるよぅ。美味しくなーれ、萌え萌えキュン!」


秋葉原のメイドカフェか。


「食べ物があったまったよぅ。お待たせしちゃったかなぁ?」


おいおい………


「いつまでわたしを放置するつもり? プンプン!」


男性ウケはするかもしれないが、主婦層にはどうだろうか。

この電子レンジ、マジでウザいって思われるんじゃないか。


「この声を使おうというのは、

どういうターゲット層狙ってます?」


「いえ、深い意味はありません。

単純に研究員たちの趣味を反映させたらこうなりました」


え?いいのか?趣味で決めて………

プレゼンで誰もツッコミを入れなかったのか。

企画が通ったということは、会議室のおじさま達にウケたということ。

そういう男たちに、調理家電の開発をまかせていいのか。

家電購入の決定権は女性が握っている。

そんなことは基本中の基本でしょうが。

ここの研究員は、会社に寝泊りまでして、何を研究してきたのだ。


「ダメですかね」


「わたしなら受け入れがたいです」


「そうですか、モード3もありますが、

これも赤井さんには、ダメ出しくらうでしょうね」


もうお腹いっぱいです。

どうせ同じようなパターンに決まってる。

そろそろ業務に戻りたいんですけど。


「でも、これも業務ですから聞きますか?」


聞きますかと言われて、聞きませんとは言えないでしょう。

しかも、『これも業務』なんて言葉を使われて断れるわけないでしょ。


研究員はモードを3に合わせてからボタンを押した。


「もうすぐ、食品があったまるよ。準備はいいかい?」


わたしは、はっとした。

イケボだった。

この声は私の好きな声優さんに似ている。

あの人気アニメのキャラクターを吹き替えしている声優さんの声にそっくりだ。


「お待たせー! 食品があったまったよ。ほら、扉をあけて」


胸がキュンとした。


「ねえ、忘れてない? 君が頼んだんだよ、温めてって」


はい、そうです、そうです。ごめんねー!

彼にそんな風に言われたら、他の作業を放り出してでも、

真っ先に電子レンジの扉を開けに行っちゃうから―。


「これもダメですよね」


研究員の発言がわたしを現実に引き戻した。


「えっと、割といいと思います。主婦層は喜ぶんじゃないかしら」


「そうですか。よ、よかったです。

では実験データを取りたいので、

実際に自宅で使ってみてください。

一週間のモニターです。

一週間後に、簡単なアンケートに答えてください。

何か、質問はありますか?」


「取説はつけてもらえます?」


「もちろんです。大切な試用品なので、丁寧に取り扱ってください」


「こんな重いものを持って電車で帰るのはちょっと………」


「ですよね。宅配します。この用紙に住所と名前を記入してください」


こうして、研究段階の電子レンジが我が家に届くことになった。



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