98 タブラ・ラサ(4)
大きめの会議室のような場所は、記者でほとんど埋まっていた。ちらほらと見たことのある顔が、いつもと別人ような表情でペンを握っている。
壇上に足を掛けると一斉にフラッシュがほたるを襲う。
ほたるにとって俯くというのは矜持を曲げるような行為だった。
ただただ、たくさんのマイクが伸びる中央に足を運んで前を向く。一礼をするとフラッシュの熱は強くなった。眩しいそれは、世間の秘められた意見をぶつけられているようだった。
ほたるは、あらかじめ叩き込んでいた内容を口にした。
「この度はファンの皆様方や業界各位の信用を損ねるような行動を起こしたこと、深くお詫び申し上げます」
いつもマイクは握っている。なのに、今日それを握る手は随分震えていた。
一通りの謝罪を述べ、謹慎期間に起きたことを話す。
「
しかし。
ほたるの一言で空気は揺らぐ。その場にいた記者の一部から、ほたるのマネージャーは少なくともそう感じた。
「しかし、私の所属するマイノリティーを傷つけるような発言は、どうかお控えください。私の行動が間接的にも彼ら彼女らに悪影響を及ぼしてしまっているのは確かですが、今回の行動は私個人の話であり私と須田夢だけの責任です」
数名の記者の顔が歪むのを見た。
どう切り取って報道されるのか、ほたるは分からない。この記者会見をリアルタイムですべて見てくれている人がそれだけ居るかもわからない。そこはメディアに委ねるしかないのだ。
「責めるなら、何か酷いことを言うなら私だけにしてください」
普通になるとは言わない。ただ普通でない世界を許容してくれることを望む。
普通でない、と口にすれば「何が普通だ」とか「それが普通でない人もいる」なんて揚げ足取りで溢れかえるだろう。ただ、どう見ても世間一般の多数派はヘテロなのだ。それを理解したうえで、自分は少数派だと自覚して主張する。
芸能界の一キャラクターとして成り立ってしまっている生見ほたるには、ある意味凄く影響力のある行動のはずだ。
女性記者が手を上げる。
「須田夢さんとは本当に交際されていたのでしょうか」
ほたるは頷く。
「弱っている時、互いに助け合ううちにそのような関係に発展していました」
「今後はどのようなご予定でしょうか」
ほたるは一瞬、口を
記者の奥に並ぶ黒いカメラに目を向ける。はじめ、吸い込まれそうで怖かった。そしてそれは今も怖い。
怖さを感じるだけ、堂々とするべきだと思ったのはいつだっただろう。
「……私は、接近禁止令を守ります」
ほたるの断言に、質問者は息を飲んだ。
「これ以上信用を落とす行為は避けるべきだと思っています。私は一般人ではないので、私を守ってくれる事務所の言うことを聞きます」
少しだけ、芸能人の不自由さを口にしてみてほたるは一歩下がった。マイクから遠ざかって、また一度だけ礼をする。
フラッシュは背筋の伸びた虚勢八割なほたるの背中を照らし続けた。
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