91 アノミー(11)

「世界は狭いですねぇ」


 学校で起きたことの顛末てんまつを話す郁人に向かって、三島がにこにこと笑って言う。


「驚きです。そういう理由でアイドルに興味を持つなんてことがあるんですね」

「そうですね。で、話は逸せませんよ」


 三島は郁人の持って来た大きな白黒の物体を指さす。

 郁人が広げて見せると、青いオーバーオールを着た黄色い長靴のパンダが笑っている。目には刺繍ししゅうを縫い直された跡があった。

 美緒が加工してくれた元Cプロのマスコットキャラクターだ。


「可愛いパンダちゃんですけど、どこから貰ったんですか?」

「一昨年までコスモスプロダクションの公式マスコットだった『永永ユンユン』です。廃棄はいきされる前の着ぐるみを貰いました。本人曰くクリーニング済み、服も着せて靴も履かせて、目の形を弓型に頬の赤い刺繍も外したから大丈夫だろうと」

「それって事務所の許可取ってるんですか?」

「マネージャーさん曰く『バレたら怒られるだろうけど営利目的じゃないならいい』と」

「つまり、事務所所属の芸能人さんに手配してもらったってことですね」


 郁人は口を塞いだ。もう遅い。

 三島は意地悪に口角を吊り上げて笑う。


「しかし上手に加工されてますね。プロの技が端々に感じられるんですけど」

「知り合いの美術さんにもすこし手伝ってもらったとは言ってました。この靴とかゴム製なので」

「すごいですね、プロの手です。では、水曜日はこれを着て見回りに行くとしますか」


 パンダを受け取った三島に郁人は唖然あぜんとした。後ろのチャックを降ろして、パンダの足に身体をねじ込んでいく。


「水曜日の午後一時から、予定通り千葉で路上ライブするかもしれないじゃないですか」

「そうですけど、三島さんが?」

「当たり前でしょう。……おっ、中に防刃シートまで貼ってありますね」

「仕事は大丈夫なんですか? 休んでも」

「これも仕事の一環じゃないですか。休みではないですよ」


 ファスナーを上げるように指示された郁人は三島の後ろにまわって従うと、パンダの手に頭を乗せた。中に人が入るとより着ぐるみという感じがする。


「よいしょっと」


 簡素なオフィスに大きなパンダが一匹。

 出来上がったパンダは少しだけしなびている。特に足元に余裕がありそうだ。

 空間との塩梅が随分アンバランスでパンダが浮いて見える。妙な非現実さが郁人の頬を緩めさせた。


「なんか不格好ですねえ」


 不満そうなくぐもった声で姿見を前に三島は首を傾げる。パンダの頭もかくん、と傾いた。


「そう言えばそれ、男性サイズだって言ってました」

「そうなんですか? デカいパンダちゃんだとは思いましたけど」

「百七十くらいでちょっと大きいサイズだって」

「じゃあ私ぶかぶかじゃないですか。仕方ありませんね」


 すぽ、と頭を取り外すと三島は短時間だが息が上がっていた。

 かなり中は暑そうだ。


「我慢して覆面ボディーガードパンダマンに徹しますか」


 郁人は三島の言葉に頷いた。

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