88 アノミー(8)
六月二十四日 月曜日
日曜日、札幌の路上ライブは行われなかった。理由はSNS満場一致でコードが切られたため、という推測で
現に昨日、ほたるは優を誘って電気屋に向かったらしい。
郁人は『保安局』でそれらを秘密裏にまとめていた。マウスのホイールを動かしては起きた事柄を詳しく書き込んでいく。
大場のタバコ休憩を見計らって、今までにない速度で文字を打ち込んでいた。
その集中力のせいか、全く他のことに気がつかなかったのだ。
ぱし、と両肩を後ろから掴まれて郁人は声にならない悲鳴を上げた。
「あーだーちーさん。何やってるんですかぁ?」
反射的にブラウザを閉じたが、三島は郁人のマウスを奪い取ってページを開く。そして、液晶を指先でつついた。
「なんですか、これ。説明してくれます?」
「え……っと」
「どうして報告しないまま、事を進めているんでしょーか」
「……ごめんなさい」
「私は謝罪が聞きたいんじゃないんですよ? 早く言ってください」
三島のおどけた口調はいつも通りだった。しかし、声色が低く静かで怒っていることが分かる。
「ほたるちゃんが、言ってほしくないって」
「ふーん。貴方は自分のことをそーんなにできる人だと思ってるわけですか? たかが子供なのに」
「……」
言い返す言葉もなかった。ごもっともだった。
大阪への交通費は『保安局』に後で払ってもらおうと思っていたので、これはかなり図々しい行為だ。
「安達さん、ちゃんと自覚してくださいね。子供には必ず保護者っていうのが必要なんです。『保安局』じゃあ、貴方の保護者は私です」
「無断で行動してすいません……」
他人に怒られ慣れていない郁人がもう一度謝罪を口にすると、三島は切り替えたように普段通りの調子に戻った。
「はい。それでは、私も解決に加わるとしましょう。まずは──」
三島の言葉を切る原因は郁人の着信だった。
郁人が許可を得ようと顔を上げると、三島は手のひらを差し出す。
「どうぞ」
着信名は小森響子。珍しい、どうしたのだろうか。
「どうかした?」
「あー、安達くん。校門に……あ、ちょっと」
ノイズのち、すぐに別の人の声が聞こえてくる。
「着ぐるみ手配してやったから、さっさと学校に戻って来て。客を待たせんな」
美緒の声だ。
「用意できたの?」
「してやったの。そのままでは使わせられないって言われたから、服作ったり靴作ったり、目も縫い直したし」
三島は「着ぐるみ?」と首を傾げている。当たり前だ。どういう話か分からないのも無理はない。おそらく電話の向こうの響子も訳が分からないだろう。
「知り合いが着ぐるみ用意してくれたみたいです。ちょっと取りに行ってきます」
「学校に戻るんですか?」
「そのつもりです」
「では、生見ほたるさんのお話はそれからですね」
三島にささやかに釘を押されて見送られる。郁人は走って学校に向かった。
「条件がある」
大きな白と黒の着ぐるみを抱えた美緒は、郁人に人差し指を突き出した。
「応えられる範囲なら」
「中原瑛史郎に会わせて」
「中原くんに? なんで」
「やっぱりあんた、瑛史郎と知り合いだったんだ。なら話は早い。さっさと連れてきて」
郁人は敷地に入っていく美緒の前に立ちはだかって脚を止めさせる。美緒は邪魔をする郁人に舌打ちをした。おそらく聞こえないようにしたのだろうが、聞こえていた。
「危ないことしないよね」
「ちょっと一発殴るくらいよ」
「それちょっとじゃないよ! 何されたかは知らないけど暴力沙汰はやめて」
「なに、あんたは瑛史郎の味方だっての?」
「俺は暴力を振るわない方の味方」
「都合のいい答え方しやがって。退いて」
響子に助けを求めようとするが、響子もまた首を振って嘆いている。
「安達くんが来る前もこんな調子だったの」
「……わかった。美緒さん、今はちょっと合わせてあげられない」
「なんで」
「中原くんは今、部活中だから」
ヒートダウンしかけた美緒が眉を吊り上げる。
「あたしの用事はあいつの部活以下だってわけ?」
「そういうわけじゃないけど! とにかく待ってて、生徒会室で」
「生徒会室? 安達って生徒会役員なの?」
「一応生徒会長だから。小森さん、連れて行ってあげてくれる? ちょっと任せた」
「え、私? 初対面なんだけど!?」
郁人は裏の体育館の方に走る。残された響子はぶすくれている美緒をひとまず生徒会室に案内することにした。
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