79 ペルソナ(6)

六月二十日 木曜日


 生徒会室の鍵を穴に差し込む。いつもすんなりと開く鍵が今日は調子が悪いらしい。梅雨の時期だからか、じょうの機嫌も悪いのだろうか。

 数回試してやっと開いたと密かに喜んでいると、音もせずに優が立っていた。

 郁人は驚いて声を上げそうになる。


「……体調は? 水曜日も休みだったよね」

「水曜は大きめの定期健診だよ。調子が悪かったから休んだんじゃない」


 優はそう言うと、扉の前で立ち往生する郁人の押しのけてさっさと入室する。


「今日、ほたるちゃんは?」

「朝早く出てった。その様子だと聞いたんだな」


 郁人は頷く。

 おそらく優も誰かをつてに、もしくはSNSを眺めていて知り得たのだろう。


「ほたるはあの『一般人コスプレイヤーN』だ」

「あの行動、俺にはあんまり理解できないんだけど」


 混乱の中で匿名とくめいで目立とうとしている。目的はなんだ。


「承認欲求のいちだろ。酷い批判を受けて、ほたるは優しい言葉を求めてる」

「でも携帯にはすごく敏感に反応してたのに、SNS出来るんだね」

「気持ちと一致しない行動をとることってあるだろ。あれじゃないかと思ってる」

「『反動形成』みたいなものか」


 郁人の言葉に優は同意する。


「たぶん、ほたるは心に負った傷を他人で癒そうとするきらいがある」


 優が郁人に見せたのは携帯の画面だった。メモ機能に何やら情報が書き込まれている。


──六月二十一日、五時三十分。私立洋南高校、郁人一人で辻村美緒に会うこと


 辻村美緒、という人物は郁人は知らなかったが、おそらくこのように言っているということは調べればわかる類の人物なのだろう。例えば芸能人、のように。


「花房さくらからの伝言。辻村美緒に会えるのは郁人一人だけ」

「この、『洋南高校』ってどこ?」

「東京の芸能コースがある有名な高校だよ。高校生で芸能人をやってる人はよくここに通ってるって聞く。それから」


 優は一度言葉を切って声を潜めた。


「それから須田夢が在校してる。多分これは、辻村美緒を経由して須田夢に接触しろってことだと思う。花房さくらが何を考えてるかはわからないけど、この解決に協力的なのは確か」

「……」

「二つ、郁人は須田夢に、確実に聞いてくるべきことがある」


 優は人差し指と中指を突き立てた。

 ほたるの心の病を取り除くため。


「一つは生見ほたるが須田夢と出会った経緯。それと、須田夢にとって交際は遊びじゃなかったか」


 優が開いていたSNSの投稿にはひどいものが沢山あった。


──生見ほたるがゆめちゃんを唆した

──ゆめちゃんをけがした悪女

──どうせ生見ほたる一人が本気だっただけだろ

──生見、デビュー当初からそんな気してたんだよな

──ピンでやれば?笑

──レズと一緒に活動してるポップエナジーかわいそ。俺だってホモと同じグループで仕事したくねえわ笑


 差別的な発言も混じっている。ほたるが見ていないとは思えない。


「ほたるのやったことは許されることじゃない」


 許されることじゃない。そうだ。郁人だってそう思う。


「だからと言って、人を玩具おもちゃにするのは非人間のやることだ。社会に溶けて普通になりたい、空気になりたいとほたるが願うまで追い詰めた奴らも、同義に犯罪者だよ」


 優の声はいつになく静かで、震えていた。

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