78 ペルソナ(5)

 空になったカップアイスを片手に熱伝導スプーンをくわえたまま振り返る。


「コスプレイヤー?」


 征彰は自分の分のバニラアイスを持って郁人の隣に座った。一口分すくってから口に含んでやっと頷く。

 郁人が向けられた携帯の画面を覗き込むと、確かにいつか見たようなキャラクターがいた。完成度は高そうだ。素人目に見ても不快感はない。


「多分、このアカウントの人じゃないかと」


 急にコスプレイヤーの話をされて郁人はまだ混乱の最中にいた。征彰もこういうものを見るのだな、と勝手に思い込む。


「誰かが特定してました」


 スワイプして表示されたのは五年ほど前に作られたコスプレ用アカウント。遡って見るとその人物のプロフィールが投稿されていた。

 その名前も『一般人コスプレイヤーN』。

 身長スリーサイズ以外はすべて非公開。普段からジムにでも通っているのか引き締まった体がまぶしい。


「それでこの背景の建物の高さから見るに、おおよその身長とスリーサイズを割り出して一致したってこと?」

「今やボタン一つでいろいろ分かるらしいですよ」


 ボタン一つの計算結果曰く、身長百六十三、四センチ、スリーサイズ83-59-84前後らしい。確かにプロフィールと体型の配分などかなり正確性が高い。

 征彰はぱくぱくとアイスを食べ進めるとすごい速さで空にした。


「なるほど。もはやスマホにとって代わる文明の利器、AIくんは優秀だね」

「俺が言いたいのは、この人が生見ほたるなんじゃないか、という推測が飛び交っていることについてです」

「この人がほたるちゃん?」


 どうやら征彰の趣味ではないらしい。もう一度画面に目を凝らしてみるが、顔で判別はしにくい。仕方なく、征彰が探しては開かれていく各人の投稿を眺めることにする。


「中原も言ってたんですが、まずこの場所についてです」


 先週の水曜に秋葉原あきはばら、土曜に三宮さんのみや、日曜に仙台せんだい、そして今日は大宮おおみや。さいたま市だ。

 三宮の土産がカヌレだとすると、仙台の土産も一致している。冷蔵庫の幅を取っているずんだ入りチーズケーキを思い出した。早く食べなければ。


「これは『ポップエナジー』が数年前に行った、ゲリラ路上ライブの場所と日時が一致しているようなんです。芸能界を引退した三人を除いた、今も残る三人と花房さくらの四人で行った『花房さくら卒業直前サプライズ企画』だったと」


 そして次に目星をつけられているのは二十日、東京八王子だ。


「それからこのコスプレイヤー、『ポップエナジー』の曲を必ず踊っていくんですが」


 動画の一つをタップすると、征彰はあるところで停止させてその女性の手元を拡大した。

 ちょうど目元でピースを作って決めポーズのタイムだ。


「本来の踊りでは、このピースを作る時、親指を曲げないといけないらしいんです」


 彼女の親指は立っている。ちょうど手話で七を示すときのような手の形。投稿に関する返信も同じようなことを指摘する人間が多い。


「それから、このターン。正面に戻るとき、生見ほたるは両足を開いて着地します」

「その癖も一緒ってことか」

「振り付けはセンターの菊池きくち愛果まなかのものらしいですが、如何いかんせん生見ほたるがちらつくと。はじめは『ほたる担だってことが透けてる』っていうコメントであふれてたんですが、細かいところを確認するうちに『これは本人じゃないか』という声が大きくて」


 郁人は征彰から携帯を借りると、投稿を上から眺めていく。

 どれもこれも、このコスプレイヤーが生見ほたるだという説に満ちている。その中で一つだけ、反応の少ない投稿を見つける。


──なんか溶けてね?笑


 それは踊っている最中ではなく、ちょうど裏通りの方に走って行くコスプレイヤーの女性の姿を映したものだった。

 拡大すると画質は悪いが、少なくとも皮膚がただれている印象を受けた。


「これが、ほたるちゃんの言ってた『ける』か」


 これは確定したと言っていいかもしれない。

 各地でコスプレをして注目を集めているこの女性は、紛れもなく『ポップエナジー』の生見ほたるだ。


「どうかするんですか?」


 郁人にはどうもするつもりはなかった。

 何か問題があれば対処すればいいが、今のところ憶測だけが飛び交って世間を騒がせているだけ。


「……しばらくは静観かな」


 アイスのゴミを捨てるために郁人は立ち上がった。

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