71 ルビンの壺(5)
征彰は響子の連絡を受け、一人で買い物に行き夕食も済ませたらしい。
郁人はそろりと玄関を開けると、帰宅を告げる前に征彰が出迎えの声をかけてくる。もちろんリビングの方から。
野性的な勘に郁人は
「た、ただいま。ごめんね、急な用事で」
「俺もカラオケ行きたかったです」
「でも歌ったわけじゃないからさ」
「じゃあ、何しに行ってきたんですか?」
手を洗いに、と郁人が逃げようとすると征彰に腕を掴まれる。郁人は断念して立ち止まると「お悩み相談だよ」とだけ言った。
「もしかして『保安局』絡みの話ですか?」
三島に念を押されている。征彰は少なくとも認知しているとはいえ、ほとんど部外者に変わりない。あまり事件の内容などを話してはいけないと。
「また小森先輩に何かあったんですか?」
「いや、それは違う。カラオケには佐倉もいたし」
征彰は首を傾げると掴んでいた腕を放してくれた。
どうやら連絡主の響子と郁人二人で行ってきたのだと勘違いしていたらしい。誤解が解けて郁人が胸をなでおろしていると、征彰は立て続けに疑問符をぶつけてきた。
「で、誰のお悩み相談だったんですか? 佐倉先輩の?」
「……」
郁人は正直に自身の従姉について白状した。
征彰の反応は思った以上に薄く、なんだか手ごたえがなかった。響子の反応は驚きすぎだと思ったが、あれくらいがちょうどいいのかもしれない。
征彰はたった一言「そうなんですね」で終わらせてくれた。
「いやいや、もっと何かないの?」
「何か欲しいですか?」
「もっとびっくりしてよ。しないの?」
征彰は郁人の要望に応えるべく、
「なんかおかしいし、そういうのじゃない」
「びっくりしてって言ったの郁人くんなんですけど」
「びっくりした演技をして、とは言ってないんだよ」
「だってしょうがないじゃないですか。結構前から似てるって思ってましたし」
まさか本当に血が繋がってるまでは思っていませんでしたけど、と征彰は言うが割に可能性を考えていたに違いない。
「それよりも俺がびっくりしたのは、生見ほたる……さん、が『保安局』と関わりがあったってことです」
『保安局』にお世話になるかに血縁は基本関係ないという。もちろん家族や親戚伝に情報を得て就職する可能性はあれ、一族から監視対象が複数出るのは驚いたことにあまりないのだそうだ。
なのでこれはある意味奇跡的な偶然、ということになる。
郁人は帰りに寄った『保安局』で確認してきたデータを思い返す。本部のデータの方を見たいと言った時、大場には「何をするつもりだ」とくぎを刺されたが
今まで確認してきた事象にはいくつかパターンがある。
まず、感情によって自分自身に影響を及ぼすタイプ。それから、外に及ぼすタイプ。最後にある行動によって他人に危害を加えてしまった、加えられたタイプだ。
一つ目の例は郁人や、おそらくほたるも当てはまる。響子はすべての複合型と言える。三つ目に該当するのは──まだ憶測になってしまうが、優が当てはまるだろう。
「まだ、行き当たりばったりなんだよね」
「解決がですか?」
「そう。いくつか事例があれば、分析して効率のいい動き方が出来そうなんだけど」
郁人はソファから立ち上がると、キッチンにお茶を注ぎに行く。征彰はボトルごと持ってきて欲しいと要求して、郁人は空になったグラスとペットボトルを掴んでソファに戻った。
「まだ事例を作ってる途中ってところかな」
「でも、分析が出来なければ一番いいですよね」
征彰のつぶやきに郁人は疑問を
「なんで?」
「だって分析が出来なければ、データが十分に集まってないってことじゃないですか。なら、元々起きている問題が少ないってことですよね」
「……まあ、確かにね」
でも、そう楽観的には言ってられない。
三島の言う『事件ホイホイ』とかいう不名誉な称号は、残念ながら言い得て妙でもう二か月で二件目。つまり単純換算、一か月に一つ事件が起きている。
鍵島の治安は今のところ最悪だ。
「で、ほたるさんは今どこに? 家の前に張ってるマスコミから逃げてきたんですよね?」
「今は……佐倉のアパートにいる」
征彰は「え?」と口には出さないが眉をゆがめた。
郁人も聞きたいところだ。
どうして優がほたるを家に招こうとしたのか。もちろん、ほたるがその提案に乗った理由も。
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