63 フランベ(4)

五月二十九日 水曜日


 ぱん、と乾いた発砲はっぽうおんが広いホール内に響き渡る。からからと下ろされたまくには書道部によって力強いスローガンがつづられている。


「これより、第五十三回風稜ふうりょう学園がくえん高等学校、体育祭を開催します」


 マイクを通して告げられた開会かいかい宣言がホール内を一斉いっせいかせる。額に学年カラーの鉢巻はちまきを巻いた生徒らが歓声完成を上げた。

 春の目玉行事、体育祭がまく開けだ。




 つんつん、と背中をつつかれて思わず振り返る。両手に抱えていた段ボールを取り落としそうになるが持ち直した。


「頑張ってるな、生徒会長さん」

「なんだ、佐倉か」

「なんだ、ってなんだよ」


 赤い鉢巻を首からぶら下げて、優は不機嫌そうに口をへの字に曲げた。


茶化ちゃかしに来たなら手伝って」

「その手伝い、をしに来てやったんだよ」

「じゃあ、あっちのポールをこっちの部屋に運んで」

「おい、先輩を手駒てごまのように扱うな」


 文句を言いつつも優は台風の目で使用した長い棒を抱えて運んでくれる。がたがたとひとまず運び終えて、次の競技に使用するウレタン素材の棒を代わりに運び出す。

 次は中原が出たいと言っていた騎馬戦だ。無事騎手きしゅにはなれたのだろうか。勇姿ゆうしを見届けてやるつもりだが。


「そういえば響子は?」

「ああ、今は」


 噂をすれば。他の女子生徒よろしく、体育祭用にばっちりと決めた響子が現れた。響子の手には紙風船のストックといくつかのヘルメットがあった。


「優ちゃんも手伝ってくれてるの? すごく助かるわ」

「人手不足そうだし、こき使われてあげてる」


 優はポールを手一杯いっぱいに抱えたまま、控室ひかえしつの扉を蹴り開ける。

 そんな時、次の競技の入場を告げるアナウンスがかかった。三人は思わず顔を上げた。


「騎馬戦、出場選手は入場してください」


 本日のメインデッシュともいえる、騎馬戦の幕開けだ。




「うわ、馬役やってる」

「ほんとだわ。というか馬役って身長の高い人が選ばれるものね。よく考えれば当たり前だったわ」

「……言ってくれたらよかったのに」


 瑛史郎が郁人たち三人が入場口から見ているのに気づき、剣代わりの棒を持った手でぶんぶんと手を振ってくる。間違えて自分の頭の上の紙風船を割ってしまわないか心配だ。

 しかし三人が話題にしていたのはそっちではない。

 瑛史郎を支える馬役の三人の内、前の一人が征彰だったことについてだ。


「安定力もあって体力もあって身長もあって、確かにこれ以上ない人選ね」

「あとは瑛史郎がどれだけ剣の力を見せてくれるかだけだな」


 そう冷静に分析する二人を横目に、郁人は予期しない展開に鼓動こどうが早まっていた。急に他人ごとではないような気がして不安になってきたのだ。


 不意に客席からの声援に誰もがそちらを向いた。


「中原ー! 負けたら剣道部員全員分の練習メニュー増やすぞー!」


 本当に応援なのか、おどしかはわからないが、三人はぎょっとする。いや、優だけは呆れたようにため息をついた。


「まじ何やってんのあいつ」

「すごいプレッシャーだね」

「笑って受け入れてる中原くんって意外と大物なのね」


 剣道部三年、今は副部長らしい、福島ふくしま拓実たくみの声だ。よく響く張りのある声は元気げんきじるしになる。

 瑛史郎といえば響子の言うように笑いながら拓実の声の方向に手を振っている。はしゃいでばたつく瑛史郎に下の馬役三人は苦言くげんていしているようだったが。

 そして一瞬静まり返ったタイミングを見計らったかのように、スターターピストルが鳴らされた。




 最後は剣道部員同士のせめぎあいになっていた。

 足が他人のものである以上、剣道とは違う戦い方になるのだろう。しかし誰もが負けてたまるかという必死の形相ぎょうそうで、体をひねっては竹刀と違ってたわむ棒を振りかざし見事な軌道きどうえがいて頭上をねらう。

 正直言って気迫きはくが学校行事ではなかった。

 瑛史郎は終盤しゅうばんまで残り続け、二年と三年と三すくみになった状況下で、やっと姿勢を崩したのだった。


「ほんまにくやしいです。来年も絶対騎馬戦やりたいんで、おれを生徒会長にしてください」


 つぶれた、というより破裂したようにぺちゃんこになっている紙風船がついたヘルメットをかぶったまま、瑛史郎はそんなことを言う。


「がんばったじゃん。最後残ってたのみんな剣道部だったんでしょ? 練習メニュー増やされなくてよかったね」

「いや、相手が剣道部員でも負けたのには変わらんし、あの人喜んでメニュー増やして来ますね」

「ええ……」


 よっぽと拓実は剣道が好きらしい。おそらく拓実自身も増やされた練習メニューに合わせるに違いない。そしてまんざらでもなさそうな瑛史郎は拓実とよっぽど息が合いそうだ。


「ほんなら、おれ音響のほうに戻るんで、おつかれさまです! あ、リレー頑張ってください! 応援してるんで!」


 走り去っていく溌溂はつらつとした笑顔に振り返す手が止まる。

 完全に忘れていた。午後のクラス対抗リレー、郁人はそれの第三走者に選ばれていたのだ。

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