56 エモンデ(5)
お
三島は警備員に職員証を見せるとすぐさま
「急な訪問で申し訳ありません」
「いえいえ。うちの生徒に関することでしたら、協力させてください」
初老の男性は
招かれた応接室で一人の教師が入室してきた。彼女は小森響子の最後の担任教師だったという。女性教師は深々と頭を下げて目の前の椅子に腰かけた。
「小森響子さんの、二年の時の担任とお伺いしました」
「はい。私は当時、二年B組の担任をしておりました」
彼女は学校の雰囲気に似合わず
「あの時、私がつけていた日記です」
目の前の机に差し出されたのは分厚い一年分の日記帳。三島は
──小森響子。大人しそうな子。年の離れた妹がいる。両親共働きで妹の送り迎え(?)に向かうことがある。友人関係も
「どうやら、お友達とも上手くいっていなかったようなんです。小森さんと比較的仲良くしていた子たちに訊いてみた時、どういったわけか休日小森さんは遊びに行けなかったそうです」
「理由までは分からないんですね」
「はい……。ただ、ご家族含めて妹第一に動かれていた印象です」
「妹……小森詩乃ちゃんがこの小学校に通われているのはご存じですか?」
三島が女性教師に尋ねると、彼女はこくこくと頷いた。
「小森詩乃ちゃんは今、私が担任する教室の生徒です」
何たる偶然だろう。
これは想定外で郁人も三島もそろって目を見開いた。
「そうですか」
「ええ、神様の悪いいたずらですか。でも、今こうやって
女性は指を組み直しながらそんなことを言う。
「詩乃ちゃんというと、制服の件……」
郁人が口を挟むと、女性は「ああ」と思い出したように声を上げた。
「響子ちゃんのおさがりですね」
「やっぱり」
やはりおさがりで間違いないらしい。
「詩乃ちゃんの教室には同じような生徒がいらっしゃるんですか?」
「いいえ。詩乃ちゃんだけです。旧デザインの制服を着て登校する二年生は、詩乃ちゃん一人だけです」
三島が
「詩乃ちゃんは教室で浮いています。子供は
「これって
部屋を出て
「困りましたねぇ」
三島も悩みあぐねるように
響子の一連の原因が、詩乃のために左右する人生や母親の姉妹に対する対応の差だと考える。そして今、亡くなった響子への後悔を引きずっている母親に今度は詩乃が振り回されている。
「まず一連の事件が響子さんの寂しさによるものなら、手っ取り早い方法があります」
郁人は『保安局』から貸し出された携帯の存在を思い出す。けれど、あれは最終手段にすべきだと思っていた。
「でも三島さんもわかってるんですよね」
「ええ。響子さんがどうして三年前のカルテに妹さんの存在を残さなかったのか」
部屋の前で廊下で意見を交換する郁人と三島を
先ほどまで会話を交わしていた詩乃の担任だ。
「ああ、すみません。こんなところで話し込んでしまって」
三島が
「あの!」
二人は急な彼女の大声に振り返る。
「貴方、詩乃ちゃんと知り合いなの……なんですか?」
女性の視線の先は郁人だった。
身体の向きを変えて郁人は頷く。
「はい」
「最近、詩乃ちゃんどこかに寄り道してるみたいなんです」
風稜高校だろう。姉に会うべく、電車に乗って鍵島まで向かっていた。土曜日、大人しくしているように言ったので、さすがにまた風稜に向かっているなんてことあるわけないだろうが。
「今日も詩乃ちゃんと話をしました。最近、通学路と違う電車に乗ってどこに行ってるのか、って。そしたら詩乃ちゃん、『風稜高校だ』って。『今日も行く』って言ってて」
「……今日も行くって言ったんですか?」
「え、ええ。貴方のその制服、風稜高校じゃないかしらと思って、一応言っておこうと……」
語気の強くなった郁人に女性は身を縮こまらせて言う。
郁人は語調について謝罪の言葉と情報提供に感謝を述べながら、三島の顔を見下ろした。もちろん、三島もまた郁人の顔を見上げている。
「電話した方が良さそうですね」
三島の視線の動きで、郁人は鞄に入ったままの携帯を取り出した。三コールほどで電話がつながる音がする。
「もしもし?」
「……もしもし」
詩乃の声は少し
「今、どこにいるの?」
「が、学校だよ?」
郁人は電話の内容が三島にも聞こえるようにスピーカーモードにした。
詩乃は
「俺、今詩乃ちゃんの学校にいるんだけど」
詩乃の声が途切れる。しばらくして外のノイズが入ったかと思うと「じゃあ、おうちにいます」と返ってきた。
じゃあ、と言っている時点で明らかに嘘はバレバレだが。
「ママと一緒におうちでいます」
「でも詩乃ちゃんのお母さん、今日病院ですよねぇ」
クリアファイルに入った小森咲代の通院スケジュールを片手に、三島が電話のマイクに話しかける。
「……」
「本当はどこにいるの? 心配だよ。俺は詩乃ちゃんを
郁人の発言から一分ほどだろうか。詩乃の返答の代わりに聞こえてきた声は、聞きなれた生徒会
「お
「大場先生?」
郁人が話しかけると、電話ごしの大場は詩乃と何かの会話を交わす。一段落ついたのか、詩乃の電話から聞こえてきた声は大場に交代した。
「そこに詩乃ちゃんいますか?」
「詩乃、ってこの小学生か。羽鳥学園の制服着た」
「そうです。すいません、すぐ向かうので保護しておいてください」
「誰なんだ、この子は」
「小森さんの妹です」
「小森の? どういうことだ」
「説明は後でします」
郁人は電話を
三島の速度制限ギリギリ運転のおかげで、思いのほか早く到着した。校門前につけられた車から郁人は飛び降りると、校舎を前に周囲を見渡す。詩乃と大場は遠く、
「詩乃ちゃ──」
「あれ、大場先生。こんなところで何してるんですか?」
郁人より先に大場に近づく影に郁人は青ざめる。
「なんだ小森か。いや、お前の妹がな」
「妹?」
詩乃はベンチの座面に深く座ったまま響子を見上げていた。口元が震えていて、響子の名前を呼んでいるように見える。
「私、妹なんかいませんよ?」
三島は後ろから走って来て、郁人の隣に立ち並んだ。息を整えながら、
郁人は空を
郁人と三島が『
「お姉ちゃん、詩乃だよ」
詩乃はベンチから降りると、響子のトレーナーの裾を引っ張った。響子の視線は大場だけを
「
「いや、小森……」
「お姉ちゃん」
か細い声が悲痛な叫びに聞こえて、郁人はたまらず駆け寄った。大場は訳が分かっていないようで、郁人を確認するや否やどういうことかと尋ねてくる。
しかし郁人は大場を無視して詩乃の肩を叩いた。
「……詩乃ちゃん、帰ろう」
響子の裾を
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