49 デゴルジェ(3)

五月十四日 火曜日


「五月十八日土曜日午後、『保安局』ロビーに来い。三島と小森宅に向かってもらう。大場」


 生徒会室の殺風景さっぷうけい長机ながづくえ上に貼られた蛍光けいこう色の付箋ふせんを外して読み上げた。

 のは、佐倉さくらゆうだった。ヘッドホンを耳から外し肩にかけると、付箋を二本指でもてあそびながら郁人に話しかける。


「なんだこれ」


 郁人はパソコンに目を向けたまま「大場先生からのメッセージ」とだけ言った。指はタッチパッドの上をすべっている。


「んなこと見りゃわかる。なんで響子の家に?」

「正しくは小森さんが元々住んでた家」


 優は疑問を吐き出しながら目の前のパイプ椅子に腰かけた。かばんから何を取り出すかと思えば単語帳だった。意外にも使い込んでいるらしくページの端が折れている。意外にも、とは失礼かもしれない。


「対価は騎馬戦きばせんで」

「郁人は何の話してんの?」

「大場先生の話。本当は他人の家なんか行きたくないし、もしそれが重要なことでも、できれば外にすら出たくない」

「究極のインドアみたいなこと言うな」

「でも行かなきゃどうすんだって言われたから、代わりに今年も騎馬戦がやりたいですって交渉した」

「大場先生は?」

「いいって」

「意外や意外、だな」


 優は足を組むと感心したように息を吐いた。


「で、なんで響子の家に?」


 優は話をらせてはくれないようで、郁人はパソコンから顔を上げた。しばらく美容院に通っていないからか、つむじが黒くなりかけている優は問い詰めると言った素振そぶりもなく、ただ疑問というような何かあったのかと純粋な心配に見える。


「今、鍵島でちょっとした事件が起きてるんだよ。それに小森さんが関わってるかもしれなくって、自宅に向かうことになった」

「もしかして、響子がやってきた三年前と同じことが起きてる?」


 優の鋭い発言に郁人は言葉を喉奥に押し込んだ。


──内密に


「それは……言えないんだけど」

「言ってるようなもんだろ、それ」


 相変わらず隠し事は下手だ、と優はため息を吐きながら長机に頬杖ほおづえをつく。


「で?」という一言と視線を寄こされるので、郁人はパソコンで開いていた『保安局』のデータベースを読み上げた。ここにあるのは持ち出し可能な引用文書だけだ。


「三年前、小森さんが『保安局』にやって来た時、佐倉はすでに『保安局』の監視下にいた」

「俺の場合、監視というよりギブアンドテイクだけどな」

「ギブアンドテイク?」

「詳しくはカルテでも見ろ。それで?」

「それで……小森さんがやって来た三年前、何か気になることとか思い出せたりしない? 『変な行動をとるなぁ』とか『変なこと言うなぁ』みたいなこと」


 優は単語帳を伏せると腕を組んで斜め上を見あげた。親切に思い出してくれているらしい。


「そもそも響子は今ほど喋る子じゃなかったからな」

「そうなの?」

「多分友達も少なかっただろうし、家でも会話は少なかったと思うぜ。……あ、でも」


 優は言葉を切って郁人に向き直った。自然と郁人の指はキーボードにそろえられる。


「でもあの時一つ思ったのは、妙に『保安局』の人間にべったりだ、ってことだな」

「べったり……って執着してるってこと?」

「普通、家の外の人間で執着する人って、親友とか恋人とか恩師とか、そういう親しい類の人間だと思うんだよ。でも響子、家族から見えなくなって寂しかったのか、俺が『保安局』に来たらみぎ、ひだり、ってずっと着いてきて、それ以外の時間は美月さんの後ろをついてまわって」

「それって、佐倉とか白波さんが親友とかそういうポジションにいたってわけじゃなくて?」

「出会って数日でって、ひよこじゃねえんだからって話」


 しかし口調からして、優はそれを迷惑にも思っていなかったのだろう。大丈夫なのかと常に心配が透けている。三年来の付き合いだからか他に理由があるのか知らないが、優は響子に甘い気がする。


「ただそれについて聞いたとき響子が言ってたのは『こんなに構ってくれる人、いなかったから』って」


 一言で言えば、愛にえている。

 今はどうなのか本人に聞く他ないが、三年前の響子はそうだったらしい。

 優は少しだけ不安そうな視線を窓に向けて言った。


「すごい静かで、余計なことも必要なことすら言わない子だった。今みたいにお洒落とかメイクに熱心なわけでもない、今じゃ考えられないくらいすごく素朴そぼくな中学生だったよ」

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