48 デゴルジェ(2)

「熱心だな」


 郁人が土曜日のの当たりを思い出しかけたとき、後ろからの声に振り返った。


「……大場先生」

「意外だ。三島から聞いたぞ。連続れんぞくねこ殺害さつがい事件の三件目の発見者だったらしいな」


 大場の問いかけに郁人は頷く。


「これは言うべきか迷ったんだが」

「なんですか?」

「安達のバイトの責任者、三島だろう。あれは、の人間の指示だ」

「上、ってなんですか?」

「『保安局』本部だ」


 大場が声をひそめて言う。言い終えてフロアを見渡すが、職員はみんなパソコンに向かって手を動かしていた。


「本部、って何かヤバいんですか?」


「『保安局』においてすべての決定権は本部にある。例えば、今ここで本部が俺に『死ね』と命令したら、俺はここから飛び降りて死ぬ必要がある」


 郁人は言葉を失った。めちゃくちゃだ。


「『保安局』では法律が適用されないってことですか?」

「厳密には違う。『保安局』の上の人間が言ったことにはすべて従わなくてはならない、っていう条件が追加されるんだ。『保安局』のデータベースに一度でも名前が記載きさいされた人間はどの法律よりも先に、上の人間の言葉を優先する義務がある」

「どうしてそれを先に言ってくれなかったんですか」

「言う必要がないと思ったからだ。上の人間が口を出してくることはまずない。そもそも俺の立場だと認知されているかもあやしいからな」

「じゃあ、なんで上の人がどうとか急に言ってきたんですか?」

「第一、三島が問題なんだよ」


 郁人は首をかしげる。

 新しい課の創設そうせつがどうとかそのたぐいの話はしていたが、それが関係しているのだろうか。少なくともそれ以外に何かを知らない。


「三島がどうして毎日タートルネックを着ているか知ってるか?」

「単純に好きだからじゃないんですか? もうそろそろ暑い時期だとは思いますけど」

「ちがう。あれは上の命令でつけているを隠すためだ」

「首輪?」

「チョーカーって言うんだったか。でもあれは、上の人間が三島を監視するための首輪だ。あれにはGPSと毒針が内蔵されている」


 聞きなれない単語に郁人は聞き返してしまう。


 毒針? 何のために。


 あまりにも非現実的な話が続いて、郁人の脳は焼き切れそうになっていた。想定範囲外の話をされるとよく思考がショートする。


「三島は数年前に『保安局』をつぶそうと目論もくろんだ。詳しいことは一部の人間しか知りえないが『保安局』の上層部がやっていた何かに対して、三島は本部の職員を引き連れて反乱を巻き起こしたんだ。三島がの時の話だ」

「大学生」

「安達が三島の下につけられているのは、もちろんバイト内容もそうだが、三島を通して監視されているからだ。次の反逆者はんぎゃくしゃになりかねない要注意人物としてな」


 そしておそらく郁人も反逆を起こせば、三島のように首輪がつけられるというわけだ。


「それは、俺が……」

「そうだ。未来を選べる立場にいるからだ」

「……」

「直近の未来を計算できる三島よりも、よりたちが悪いと思われているだろうな。お前は自分の望んだ未来を選べるんだ。確率の低い未来を簡単に選ぶことができる」


 郁人は額を抑えた。いつの間にか左手は強いにぎりこぶしのせいで白んでいる。


「大丈夫だ。変なことはしない限り、お前の命は保証されている。三島だって一生あのまま、なんてこともないだろう。どうやら新しいプロジェクトの一人として組み込まれているようだし、そのまま大人しく『保安局』に貢献こうけんしていれば上の考えも変わるだろうからな」


 大場は黙り込んだ郁人の肩を叩いて、自身のデスクに戻っていく。

 今の話が全て本当なら、三島が言っていた就職先が『保安局』、という話は確実の可能性が高い。真に監視という理由で『保安局』に居続ける必要がある。

 郁人は首を振る。

 おそらく大場は郁人を思って話してくれたのだろう。そして変なことをしないでくれ、という願いも込めて。

 液晶えきしょうに目を細めて、郁人はそのまま額をデスクに打ち付けた。

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