46 ファルシー(5)

「……びっくりしたなぁ」

「小森さんにあんなに小さい妹さんがいたんですね」


 ソファの肘置ひじおきに身をあずけながら郁人は思い出したようにつぶやいた。

 たいのうろこを取る征彰はキッチンから賛同したが、そうではない。その話ではなかった。


「それもそうだけど、そうじゃなくて」

「何の話ですか?」

「俺の就職先、決まってたんだ……」

将来しょうらい安泰あんたいじゃないですか」

「そうなんだけどさ、びっくりだよ」


 半分うわそらのような言葉をつぶやき続け、しかし郁人は急に身を起こした。


「そう、思い出した。ひまわりの話」

「ひまわり、って詩乃ちゃんが言ってたやつですか?」

「そうそう。あれ何の話?」


 征彰は魚から一瞬顔を上げて斜め上を見上げる。


「多分、俺、虹彩こうさいの話じゃないかと思って。北欧ほくおう系ハーフの芸能人がテレビで言ってたの見たことあるんですけど、目の色が薄い人って虹彩の色によってはひまわりが咲いているように見えるそうです」

「ええ、俺の目が?」


 郁人はローテーブルに無造作に置かれた手鏡に手を伸ばした。灯りの位置を調節しながら自身の目を覗き込んでみる。

 確かに茶色の中に緑みを帯びたオレンジ色の放射状の線が瞳孔から伸びているのは分かる。これが詩乃の言っていたひまわりだろうか。かなり詩的してきに過ぎる気もする。


「ふうん? 自分じゃよくわからないけど、ちょっと前に征彰も言ってたよね。俺の目の色が薄い云々うんぬんは。まあ、そういうことなのかな」


 納得しがたいが、郁人は勝手に折り合いをつけて、鏡を伏せて置いた。

 あと、と声を上げて征彰はまだ疑問があったようだ。


「小森先輩の話」

「ああ、うん。どうしようかな」


 明日は日曜日、一日空きがある。

 明日にでも、『保安局』でカルテを読んでみてもいい。関連した情報も読み込んで見当がつけられるなら、早い話だ。


「明日『保安局』に行くんですか?」


 郁人は見透みすかされたような質問に、ソファに腰掛こしかける角度を浅くする。後ろめたい気がして、背もたれから飛び出た体の分をソファの影に隠そうとした。

 明日は日曜日。休日。

 郁人はテレビの画面を軽くにらみつけながら小さな声で反抗した。


「……いや、月曜日に行く」

遠慮えんりょしなくてもいいんですけど」


 うろこを取る音が途切とぎれることはない。


「遠慮してないから。せっかくの休日に働くほど俺はワーカホリックじゃないし? わざわざ映画借りてきたし。月曜日に行く。むしろ月曜日がいい」


 変に強がっただけの返答をして郁人はソファにあるクッションを抱え込んだ。おまけにそばのリモコンでテレビの音量を上げる。


 キッチンにいる征彰が吹き出したような気がした。

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