44 ファルシー(3)
五月十一日 土曜日
「では
体育祭を
「三年の教室にこれ、配ったらそのまま帰るわね。お疲れさま」
「うん、よろしく。お疲れ様」
使い古されているせいか消えにくいホワイトボードの字をごしごしと消しながら、昨年の体育祭を思い出す。
一番の盛り上がりを見せたのは、その年数年ぶりの復活を果たした
おそらく去年騎馬戦が復活したのは彼の
場合によれば、郁人もまた大場に頭を下げる
ぎゅ、と最後に残った文字を強く消す。
扉をノックする音に入室を促した。もはやなぜノック音一つでそれが誰であるかわかるのか、気恥ずかしさから理由はあまり考えたくない。
「会議終わりましたか?」
「うん、
「はい。夏の試合に向けて練習メニューを少し変更、ってだけでしたけど」
「三年は最後の試合だし、気合入ってるんでしょ。四月の予選、好成績だったんだよね?」
「好成績ではありましたけど、気合の要因は別ですよ」
迷惑そうに眉をひそめるので、郁人は首をかしげる。
「何かあるの?」
「新しく入った女子マネの影響です」
「一年生? いいじゃん、人手不足だったんでしょ?」
以前からマネージャーを三年の一人で回していたこと知っている。三年はスポーツ
「その女子マネが
「……えっと、誰だっけ?」
「郁人くんに告白してたポニーテールの」
「ああ、思い出した。なに、征彰って彼女と仲わるいの?」
「一方的に嫌われてるっていうか関わりたくないというか、それは別にいいんですけど」
「部員のモチベーション上がるなら、これ以上ない適任じゃない?」
「嫌ですよ俺、先輩らが練習中にちらちら峯さんのこと見て、鼻の下伸ばしてるの。まじで最悪、見たくないです」
確かにそれは想像したくもない状況だ。
「峯さんは何とも言ってないの?」
「一年ですし先輩らの前では言いませんよ。にこにこしながら『頑張ってください』って言うだけです。先輩らが
「うわ、怖いね」
なんだか彼女は
郁人は
かちん、と音を立てて鍵を掛けるとしっかり
「じゃ、帰ろっか」
中間テストの最終日。今日は
征彰が冷凍してあるという一匹丸々の
葉桜を
今日は冷凍された鯛でどうやらアクアパッツァに挑戦するらしい。作ったことは無いので、成功するかはわからないらしいが。新しく買ったらしい料理本に期待するしかない。
それもこれも郁人がアクアパッツァを食べたことが無い、と告白したからだ。魚自体が苦手というわけではないが、洋食の魚料理は進んで食べたことが無い。食卓に並んだことも基本はなかったはずだ。あってもムニエルくらい。
「風稜の体育祭って春なんですね」
「そうだね。秋は他にもたくさんイベントがあるし」
文化祭、球技大会、選択授業各々の芸術発表や、二年生は修学旅行もある。秋は学校行事が
体育祭を春に開催するのは一年間を上手く使っていると言える。
「去年、
「先輩が言ってたの?」
「先輩もですけど、クラスメイトもみんな言ってます」
「前の生徒会長がすごい熱意で復活させちゃってさ。前からやりたいって声は大きかったけど、今年は
「中原も言ってましたよ。『おれは騎馬戦のために剣道をやってきた』って」
「人生掛けられたら、それは……俺もお願い頑張るしかないか」
そう
「どうしたの?」
「あれ」
二人は足音を潜めて道中央の物体に近づく。
郁人は眉根を寄せて目を細めた。
良くないものだ。
「うわ。これは事故じゃないね」
「そんな近づけないです、俺」
「誰も見てないといいけど……。何か色付きのビニールみたいなの、持ってる?」
しゃがみ込んだ郁人が振り返ると、征彰は鞄の中に手を入れて探していた。ちょうど低価格が売りのディスカウントストアの黄色いビニール袋が顔を出す。
「シューズ入れてる袋なら」
「返ってこないけど、使ってもいい?」
征彰はシューズだけ取り出すと袋を郁人に手渡した。郁人は
携帯を取り出してどこかに掛けようとする征彰を見て、郁人は制止の声を上げた。征彰は何事かと目を丸くして振り返る。
「ごめん、こっちの番号に掛けて」
郁人が見せたメモには十一桁が書き込まれていた。郁人の
「警察じゃなくていいんですか?」
「多分」
征彰は再び、携帯を耳に当てた。
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