34 鶏鳴(2)
平日の昼と言うこともあってモール内は人が少なかった。これが数時間後になれば多少の
郁人は征彰の行く方向に任せて歩いていた。
エスカレーターを二回乗り継いで、端の方に位置する
「基本バレてる奴ってのはうろうろ動きすぎなんです」
「そうなの?」
「ここに居れば少なくとも店内にいる人にしか見つからないじゃないですか」
なるほど、と郁人が納得している間に、征彰は店員に二人だと告げた。店員も
レトロな雰囲気の店は独特の
「実はこのお店、来るの初めてなんだよね」
そういうと目の前にセッティングされたメニュー表を開いた。
「すごい量が提供されるのは知ってるんだけど」
「俺は頼むもの決まってるんで自由に見てくれていいですよ」
「何頼むの?」
「アイスコーヒーです」
「ステンレスの容器に入ってる」
「他の店もステンレス容器にしたらいいのにってたまに思います」
サンドイッチからナポリタンまで朝昼をメインにしたようなメニューが並んでいて、その上シリーズ化されている独自のスイーツなんかもある。ぺらぺらとページをめくるうちに郁人は手を止めた。
「よく来るの?」
「来ますよ。中原が行くライブに付き合わされた時とか、時間まで入ったりするので」
「中原くんは何頼むの? おすすめとか」
「クリームソーダは美味そうに食ってましたよ」
ドリンクの上には
しかし郁人の視線は次に移っていた。店内に貼られたメニューに目を止めて指をさす。
「じゃあミルクセーキってどんなのか知ってる?」
「中原はプリンみたいだって言ってましたけど。生卵入ってるんで俺はちょっと抵抗が」
「頼んでみようかな。飲んだことないし」
征彰は慣れた調子で店員に注文をすると、しばらくして二つが運ばれてくる。
ミルクセーキという名前の割に黄色い。卵黄が入っているのでこの色になるのは納得だが。ストローを刺して一口試しに飲んでみる。
「たしかにプリンだ。甘い」
「実は甘党ですよね」
「甘党とかよくわからないけど、無意識に選んでるところはあるかもね。苦いのを避けようとすると必然的にそうなるっていうか」
甘党だと言ってくる征彰もコーヒーばかり好んでいる気がする。
ドリンクが半分ほどになった時、征彰がコーヒーカップから手を離した。その手は木製テーブルの木目をなぞる。
そして静かな声色で切り出した。
「俺は正直どうでもいいんです。『保安局』とか……それにとって安達先輩が重要な存在だとか」
郁人は目を合わせるタイミングを見失って、征彰の指を
「それで世界が滅ぶって言われても、どうでもいいです。俺が見てるのは先輩だってこと、それだけです」
青い
「次殴られたら、殴られそうになったら、逃げてください。安達先輩が崩れたら俺は嫌です。俺のために逃げてください」
お願いします。
なんて言われて、郁人は思わず自分は幸せ者だと思った。
自分が傷つけた人間にこんなことを願われるなんて。
郁人は掴んでいた手首を開放する。
どうしたらいいのだろう。
いつも、いつも迷うことなんてなかった。
まずは合理的に、二に感情的に自分の思うようにしてきた。それが上手くいかなくても、自分のせいにできたから。他人の言葉に縋るなんてずるい。だってその時はその人のせいにできるのだ。逃げ道なんていいものじゃない。
郁人はそろりと目線を上げた。征彰はじっと郁人の方を見つめていて、思わず唇が震える。
「俺のせいにしてください。俺は先輩のために責任を負いたい」
ミルクセーキの入った容器の結露がつるりと外側を滑り落ちた。
見透かしたような言葉だった。
郁人は結局何も言えなかった。黙って座っていると、征彰はしばらくしてトイレに立って、店の去り際には会計は済ませてあると言われた。出しかけの財布は征彰の手によって押し戻された。
風稜への道を本日初めて歩いて、たった数日歩いていないだけで少し懐かしさを覚えたりしていた。
郁人は七時間目の授業が終わるまで生徒会室に
征彰は
きっと郁人がひどいことを言ったのも知らないに違いない。知らないから、ここまでできるのだ。
それも黙って受け続けている自分は何なのだろう。
郁人は生徒会室の窓から校門を見下ろした。桜の花びらに混じって黒のセダンがぴたりと止まる。郁人は運転席から
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