27 瓦解(2)

──安達郁人に関する考察

 

 筆、三島奈子



 前提


 安達さんの小指にある赤いあざ。そして一部の記憶の消失。

 そして何よりも、安達さんから見た世界の常識が突如とつじょ変わってしまっているということ、これらは決定的な証明の材料と言わざるを得ません。

 例として第一に、両親の職業、弟の年齢が元の認識と食い違っていること。

 第二に、女性天皇、女性首相がいたというこの歴史。

 第三に、その時代からこの日本がかなり男女の平等性に富んでいるということ。

 そして法律のいくつか。同性婚だったり、インターネットに関する法律が細かくなっていたり、死刑は廃止され無期懲役むきちょうえきへと代わっているのだそうです。

 私たちにとっての当たり前が、彼にとっては当たり前ではなかった。


 安達さんは言いました。

 所謂いわゆるOLという立場だった母親が女性に対する待遇たいぐうについてよく不満をらしていたと。そんな母を見続けていた自分が望んだ世界に極力近い気がする。少なくとも、今の政治に大きな不満という不満もなく、理想的な国家すぎて怖いのだと。まだ自分は夢を見ていて、勝手に作り出した脳内理想郷りそうきょうで笑っているだけという可能性を疑っているまでに。

 そう、これは水槽すいそうの脳だと。




 初めに、わたしたちがいるこの世界を三次元と呼ぶとしましょう。

 点が0次元、線が一次元、面が二次元、空間が三次元。

 0次元である点は幅も大きさもない、ただそこにぽつんとある点です。

 一次元である線はその点を同じ方向に無限に並べたもの。

 二次元である面はその線を同じ方向に無限に並べたもの。

 三次元は空間ですから、二次元の面を同じ方向に無限に並べた、と言えばいいでしょう。

 さて、この世、この宇宙には十一次元まで存在すると言います。今は必要な五次元までの話を。

 先ほどの流れで四次元を表すとなると空間を無限に並べたもの、となりますね。

 空間を無限に? それはどういうことでしょう。

 理論的にそれを口にするのは簡単ですが、我々は三次元の生き物ですから想像が困難です。しかし、できるだけわかりやすく説明するとしましょう。

 ええ、これはわたしの勝手な妄想もうそうと考察です。ちょっとした理論と素人解釈しろうとかいしゃくに基づいた、ね?


 例えば我々は三次元の人間なわけですが、0次元も一次元も二次元も三次元も自由に操ることができますね。三次元、つまり空間の移動を網羅もうら出来ればそれ以下の次元はすでに完了済みだということです。

 四次元は今までの空間までと、時間を表すと言われています。つまり四次元の存在は四次元以下を自由に操れる、したがって過去に行ったり未来に行ったり、それが可能ってことです。

 その時点でもかなーりすごいのですが、五次元の話もいたしましょう。

 五次元は四次元を無限に並べたもの。なかなか難しくなってきました。簡単に言えば、五次元とは同時並行で進む世界を知ることができる、ということです。

 五次元の存在は五次元以下を淘汰とうたしているので、もちろん時間移動もできちゃうし、並行世界をまたぐことだってできます。

 逆算の話、つまりよくSF作品で見かけるような「パラレルワールドから来た」系の登場キャラクターは五次元の存在、ってことではないでしょうか。

 ちょうどいい人がいますね。

 安達さんですよ。

 あの人は鍵島市とおまじないが化学反応を起こして巻き込まれた被害者だと思っていますが、ただ単に元から持っていた変な力が、それこそ化学反応で暴発を起こしただけではないでしょうか。

 三次元の存在は三次元までしか見えないし、安達さんは人間という存在である以上、視覚情報などの確固たる認識の範囲ではすべて三次元に見えたり感じていると思います。

 しかし実は並行世界を跨いでいるという時点で安達さんは五次元を知る人間です。

 五次元は五次元以下を網羅もうらする。つまり?

 安達さんには無意識的な未来視が備わっている。私たちがすこし目をらせば遠くが見えるように、安達さんも少し目を凝らせば未来を感じ取れるんです。本人は三次元の存在なので自覚できていませんが。


 これは安達さんが『保安局』に必要とされている存在だということです。

 変なことを言うようですが、彼が父親に黙って殴られているのも、テストの点数操作の精度がいいのも、全部望んで選んでいる未来だということです。

 そう、鍋島さん。あなたが安達さんに出会ったのもすべて、安達さんが無意識下で選んだ未来なんです。逆に言えば安達さんの方から、あなたに会いに来たんです。




 そうそう、おまじないについて話を忘れていましたね。

 四年ほど前に流行ったでしょう。ちょうど鍋島さんが中学校一年生の秋冬のころです。

 数年前に放送された『まじかる☆ばなな』というドラマ。十数年前にもこれに似たドラマ作品がありましたが、主演である花房さくらの台頭たいとうもあり、かなりの反響を呼んでいました。


 ザックリ内容を説明すると、主人公の小田おだ真昼まひるという少女が亡くなった猫を助けるために自らが望んだパラレルワールドを行き来する話なのですが。彼女はパラレルワールドを渡ってしまうといつも何が目的でやって来たのか忘れてしまうのです。

 彼女の指に残った青い糸と、今まで知っていた世界と違う常識のおかげで、自分は違う世界にやって来たことだけは自覚できるのですが。もちろんそんな状況で上手くいくはずもなく、小田真昼は最後の最後まで同じ行動を繰り返し続けます。

 そう言えば安達さんって、二年分の記憶のほとんどがないそうですけど。

 私の言いたいこと、わかりますよね。

 その空白の二年間に、おそらく真実があります。

 そしてきっと安達さんは目的を果たせていない。すでに手遅れでしょう。

 ちょっとしたバグと、手に余る力のせいで安達さんはおそらくまた同じことを繰り返すかもしれません。それはあまりいいことじゃない。

 私が言いたいのはこれだけです。

「『まじかる☆ばなな』を見て、荒療治をしましょう」

 一般の人にお願いをするのは忍びないですが、私の見立てによれば安達さんの空白には鍋島さんがぴったりはまると思うのです。

 この世界とあなたのためにも。

 どうか、お力添ちからぞえいただけないでしょうか。

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