19 回顧(8)
鍵島駅から市内方面へ
外付けの階段を上り、二階の玄関扉をそっと開ける。ざわざわと耳を掠めるテレビの雑音。キッチンのあたりから聞こえてくる調理音と焼ける匂い。それに
ほとんど無意識に近いその行為は無駄だったらしい。
「明日はテストだろう。勉強はしてるのか」
リビングから引き留めるような父親の声に無視もできない。郁人は学生鞄の肩紐を握り締めて大人しくリビングに
思わず足を引きそうになって踏ん張った。どうしても視線が父親の手元から離れない。近くにあるテレビのリモコンや携帯の位置なんかを確認してしまう。
「風稜に入ることを許してやったんだ。悪い点数なんか取るなよ」
「……わかってる」
郁人と父親の視線が静かに交差する。テレビから聞こえてくる芸人のボケに笑う声とは対照的で、この人は何が楽しくてこの番組を見ているのだろう。
ピンと張りつめたままの空気が
郁人はできるだけ刺激しないように静かに三階の自室へと向かった。
郁人の通う風稜学園高校は勉学面での成績はピンキリだった。毎年上位の数名が国公立か有名私立大に、どちらかと言えば芸大や美大を目指す生徒も多い。専門学校に上がる人だっている。もちろん、就職する人も。
いわば青春を過ごすための学校だ。風稜もまたそう
医師である父親からしてそんな風稜に通う長男は
郁人は父親の期待を
それだけ期待をかけても郁人は医師を目指すつもりはなかったし、父親の望む息子像に従う気もなかった。
そもそも郁人はこの家庭の、医師の息子ではなかったのだ。きっとここいた本来の安達家の長男はさぞ優秀だったのだろうと思う。郁人に期待をかけ続けるのもよく分かるというもの。
静かに自室の扉を閉めて、室内を見回す。
そして力が抜けたようにその場にへたり込んだ。どさり、と肩から鞄が落ちる。
荒い息を殺すように深呼吸に足らない浅い呼吸を繰り返した。静かにしないと、父親がやってきてしまう。できるだけ騒ぎは起こしたくない。それを盾に何かを求められるのは嫌だ。
「……っ」
ズキズキと主張激しい頭痛に郁人は強く丸まった。額の絆創膏を剥がしてしまっていること思い出した。もう目立たない傷だが
そして郁人はそのまま気絶するように目を閉じてしまった。
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