18 回顧(7)

 戸締り確認よし。


 今日は腫物はれものを扱うような目で見られた一日だった。元より学級にさほど仲のいい人はいないが、クラスメイトからすれば空気が突如とつじょとしてくっきりと形を成して現れたようだったのだろう。郁人はしきりに視線を感じていた。


 生徒会室の窓を閉め切り、長机の上をなぞる。ティッシュペーパーの箱が一つだけで、他は何もない。忘れ物がないことを確認して、部屋の電気を消した。


「あの」


 生徒会室を開けたところに、征彰が大きいサイズのサブバッグを担いで立っていた。

 この時間帯は大抵の部活が活動中のはずだ。しかしよくよく考えればグラウンドから聞こえる活動音は、今日はなかったような気もする。


「今日、部活は?」

「テスト前なのでないです」

「もしかして昼練も?」

「ありませんでした」


 郁人は無意識のうちに視線を外して、廊下から見える中庭をとらえていた。夕焼けのにじむ空の下に見える囲われた空間。


「……見た?」

「実はちょっと」


 郁人は征彰が気をつかっているのだと気づいた。


 ばっちり見てるときの反応だよ、それは。


 そう口にしかけて郁人は言葉を詰まらせる。


「やっぱり断ってましたね」

「うん。知らない人だし」

「泣いてましたね」

「俺としては泣かせるつもりじゃないんだけど」

「あの後のクラス授業の空気、ひどかったです」

「……文句を言いに来たの?」


 眉根を寄せる郁人に征彰は首を横に振る。

 少し嫌味っぽくなってしまったと郁人は内心反省しながら、征彰に背を向けた。クマのマスコットに視線を落として、先についた鍵を扉のじょうに差し込む。


「全部峯さんが悪いです」

「……」

「断れなさそうな状況まで用意して、あんなところで泣いたら安達先輩が悪者になる」


 郁人にはわからなかった。どの目線で、彼がそう言っているのか。


「すいません、下手ですか? 一応なぐさめてるつもりなんですけど」

「……そう」


 征彰だってファンクラブができるくらいなのだから、告白の一つや二つくらい受けたことはあるだろう。そして断ったことくらいも。自分たちがもう少し冷酷非情れいこくひじょうな人間だったらば、嘲笑わらい飛ばせたのだろうけど。


「週末、空いてませんか?」


 征彰は郁人の手の中にあるマスコットを一瞥いちべつする。


「なんで?」

「ホラー映画見に行きましょう」

「……。ホラー?」


 春にホラーとは斬新だ。いや、別に夏の季語がホラーだ、と決めつけるわけではないが。


「今日のこと忘れるくらいめっちゃ怖いの見ましょう。今上映中らしいので」


 征彰は中庭に目を向け、すぐに郁人に向き直った。

 郁人は思っても見ない提案に、ふと頬が緩んだ気がした。思い返せば最後に遊びに出かけたのは数年前だ。

 不器用なのか器用なのかわからない慰め方法は、郁人には効果覿面こうかてきめんだったらしい。自分でも簡単な人間だと思ってしまう。


「ホラー怖いですか?」

「まさか。……行こっか、映画。俺怖いの強いから、途中で逃げないでよ」


 頭の中で親への週末外出の言い訳を考えながら、郁人は征彰の誘いを受け取った。

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