15 回顧(4)

 靴箱の中に手を伸ばして、その手は思わない別のものに触れる。

 かさりと何かこすれるような感触。それはささやかな厚みのある、例えば封筒のような。

 郁人は顔を上げてその一マスを覗いた。

 真っ白な封筒。手に取って裏返してみるが、何も書かれていない。封は簡単なのり付けで、郁人はそっと隙間に指を差し込んでペりぺりとがす。


「なんですかそれ」


 とっくに上履うわばきに履き替えた征彰が郁人の手の中にある一つの便箋びんせんに言及する。


「ラブレターですか?」

「ラブレター……。そうなのかな」


 ラブレターにしてはあまりに殺風景な封筒の中には紙が一枚、綺麗に折りたたまれた状態で入っていた。すっと抜き取ると郁人は躊躇ためらいなくその紙を開いた。


──明日の昼休み、中庭で待っています


 可愛らしい丸くて小さな文字で典型的な誘い文句。


「一年C組だって。鍋島くんのクラスメイト?」

「……。誰ですか?」

「えっと。みね紗矢さやさん、かな」


 手紙の右下に主張控えめに差出人らしい名前が書かれている。整った小さな文字でからイメージ像が浮かび上がる。


「峯さん……。いつもポニーテールの真面目そうな女子ですかね。ラブレターなんて意外ですけど」

「なんで意外なの?」

「こう大胆なタイプだとは思わなかったので」


 どんな生徒なのか郁人は会ったこともないが、征彰からすればあまり考えられないことらしい。どちらかと言えば控えめな部類の人間に見えているのだろうか。

 郁人は手紙を元の通りに折りたたむと、便箋を見つけた時のように封筒にきっちりと収めた。


「告白、オッケーするんですか?」


 封筒は鞄の奥に仕舞われる。

 郁人は始終を見届けていた征彰を見上げて首を横に振った。


「ううん。なんで?」

「大体告白されたらオッケーしちゃうもんじゃないんですか。峯さん可愛いですし」


 郁人は偏見交じりの征彰の言葉に首を傾げつつも、目を泳がせた。そのような偏見もない話じゃない。確かに告白された男子生徒の大半は浮かれて了承してしまっているようにも思う。

 けれど郁人はそういう考えと違った。


「……いや、知らない人から告白されたら断るようにしてるんだよ」


 手始めに付き合いましょう、それからお互いを知ればいい。そんなり方もあるだろうが、郁人はどうも苦手だ。

 そもそも、全く知りもしない人間に告白をしようと思う感覚が理解できない。恋すら未経験の郁人にはそれ以前の問題でもあるが。


「第一、今まで俺に告白してきた人っていうのは、関係がほとんど無いような人ばっかりでさ。むしろ身近な人から言い寄られたことなんてないし」


 きっと外面だけを見ていると随分理想的に見えるのだろう。実際話してみれば面白みもない人間だろうと自負する。きっと理論的過ぎて感情にうとい、それがあまり良くない。いとも簡単に相手をさみしい思いにさせてしまいそうだ。


「告白、気になる?」

「実はかなり。青春、って感じしませんか?」

「青春? 俺が受け入れたらそうなるかもね。でもそんなことはないよ。たぶんこの峯さんって子も怒るか泣くかして、はじめに戻るだけ」


 関係性は。

 郁人はさっさと靴を履き替えて廊下に出る。

 征彰は郁人の発言に少しだけ寂しそうな表情を見せた。


「明日は昼練ある曜日だよね。鍋島くんに告白見られる心配なくてよかった。知り合いに見られるほど恥ずかしいものはないし」

「あ、いや……」


 それじゃあ、と郁人は階段に足を掛けた。二年の教室は三階だ。若干の気まずさから郁人は逃げるように階段を駆け上がっていく。


「……明日はテスト前だから部活ない、って知らないのか」


 征彰は勘違いをたずさえたままの郁人に複雑な感情を残して教室に向かった。

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