11 花信風(10)

「……さむ、」


 かじかんだ手をり合わせて、息を吐く。白い吐息が透明な空気に溶けて、消えていく。

 もう数年、通っていない公園で慣れたベンチに腰掛けて、寒波かんぱが日本列島をおそうと昨晩のニュースのせいで人一人いない周囲を見渡した。

 高い時計台の電気がつこうとして、切れかけた電球が点滅する。少なくとも前回来たときには正常に点灯していた。

 雪がちらちらと視界をかすめるようになって、落ちるのが早い日はとっくに裏側に隠れてしまって、月が顔を出している。

 郁人は幾度いくどまばたきをして目の前の花壇かだんを見つめた。


 何かが足りない。

 冬の寒さによる寂しさではないのは分かっていた。

 こう、罪悪感のような、誰かに謝りたいような、心の隙間すきま。そこを埋めるなにかはいつの間にか消えていた。なのにそれが何なのか、見当すらもつかない。


 郁人は髪に積もり始めた雪を首を振って振り払い、立ち上がる。

 あてどなく人を待ち、幾星霜いくせいそう。時刻は八時を回ろうとしていた。

 誰を待ってるかなんてわからないけど、いつも家に帰りたがらなかったその人をその場に投影とうえいして、郁人は首を傾げた。やっぱりよく分からない。


 赤くなった指先をにぎり込んで、そして気づかないうちに小指の付け根に触れていた。


「……。帰ろっかな」


 家に帰りたくなくなったのは、自分の方だった。


 去年の冬、たった三か月前ほどの出来事を、郁人はふと思い出したように夢に見た。あの日どうしてあのような行動に出たのか、あれは予兆だったのだろうか。

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