人に潜みしストラグル

「死ねェー! 芋虫共ーッ!!!」


 上手く前哨基地まで辿り着いたミサゴ達を出迎えたのは、どこから来たかも分からない賊共の放った弾丸の豪雨だった。


 対イミュニティ自動迎撃装置の大半がやられた為に、基地内を我が物顔で占拠していた化け物共が巻き込まれて蜂の巣にされるが、何の考えも無く放たれた銃弾で死に至るほどクロウラーは間抜けでは無い。


「ピーキーさん、正面はアンタに任せて良いか?」

「あぁ、代わりに屋上から撃ってくる連中を潰してきてくれ」

「了解」


 短いやり取りで役割を振り分け、与えられた任務を達成すべく影が別たれる。


「ねぇ私は何もしなくても大丈夫?」

「君には特別にやって欲しいことがある。 それまでジッとしててくれ」

「分かった。でもちょっとしたサポートなら邪魔にならないよね?」

「サポートだと?」


 首を傾げるミサゴの前に、アイオーンがそっと手を掲げる。 すると目前まで迫っていた弾の雨がまとめて蒸発し、敵の懐まで続く一直線の道を切り開いた。


「……驚いたな、お高いENシールドアンプも使ってないのに」

「えへへっ、どう凄い?」

「あぁ凄いよアイオーン、君は俺よりもずっとな」


 お世辞でも無く本音で称賛しながらさり気なく物陰にアイオーンを隠し、一直線に敵の懐に潜り込むミサゴ。 慌てて応戦してきた賊共の攻撃をシールドとブレードの展開ギミックで難無くいなすと、すかさずカウンターを叩き込んで制圧する。


 刃を立てず伸ばしたブレードが相手の足を払い、シールドの面で横っ腹をぶん殴る。


 アンプにより強化されたサイボーグの打撃は小型イミュニティであれば軽く撲殺できるほどの衝撃がある。 イミュニティより脆い人間が喰らえばひとたまりもない。


「ゴバッ!?」

「お迎えご苦労タコ共」


 あっという間に昏倒し、そこらじゅうに転がった賊共を縛り上げつつもミサゴは戦意を緩めず思案する。 基地に押し寄せるイミュニティ共の処理は終わっていない。 どうするべきかと考えた途端、ちょうど物陰からひょっこり顔を出したアイオーンと目が合った。


「アイオーン、君に向かってくる虫共を撃って貰っていいか?」

「大丈夫なの?」

「あそこから人の反応はない。 遠慮せず焼き払っても問題ない」

「うん、分かった!」


 ミサゴの役に立てるのが嬉しいのかアイオーンは屈託も無く笑うと同時に浮き上がり、両腕に眩い光を纏わせ、イミュニティ共の迫る方角へ手を伸ばす。


 まるで抱擁をねだるかのような優しい手つきだが、引き起こされる現象はそんな甘っちょろいものではなく破滅そのもの。 彼女の両腕に凝縮された光はたちまち極太の破壊の奔流へと転化し、考え無しに押し寄せてきた虫共を一匹残らず呑み込んだ。


 放たれた光が収まった後、残っていたのは真白く焼けた砂の荒野だけ。


 何者にも避けられない絶対的な無だけがそこにあった。


「これは凄い。 あの時見たのは幻でも無かったんだな」

「言っただろ? この子は俺達よりもずっと強い存在なんだってよ」


 宙からゆっくりと降りてくるアイオーンの姿を見守るミサゴの背後に、ガシュンガシュンというパワードアーマー特有の大袈裟な足音が響いた後、変声機越しの無機質な驚きが投げかけられる。


 味方だと分かり切ってるが念のためにとミサゴが身体ごと振り返ると、そこにあったのはイミュニティ共の血でアーマーを緑に染めたピースキーパーの姿。


 装甲のあちこちにへばり付いたイミュニティ共の肉片から激戦を窺わせるが、驚くことに鎧自体は一切無傷である。 その小脇には、しこたま殴られて捕らえられたと思しき賊共が簀巻きにされた上で抱えられていた。


「余計な雑魚までを押し付けてしまって悪かった。 こいつらは?」

「生かしておく代わりに丹念に甚振ってふん縛ってやったよ。 屑共には良い薬さ」


 嫌悪感を剥き出しにしてミサゴの問いに答えると、ピースキーパーは抱えていた賊共を既に捕らえられていた賊共のそばへ乱暴に投げ出す。


 元公僕というだけあり犯罪者には一切の遠慮が無く、アンダードッグ相手に言い合いをしていた時よりずっとその語気は荒い。 本当にハイヴの審問官に生かして渡す気があるのかとミサゴが思わず問い掛けようとした矢先、静寂に包まれていた基地内が突如騒がしくなり始めた。


 殺せ殺せ! カス野郎を殺せ!と、シェルターに逃げ込んでいた作業員達が半ば暴徒と化し、向かってくる。 同僚を殺した賊共を私刑に処すために。


「やれやれ、安全になった途端にイキリやがって……」

「あまり強い言葉を使うな。 彼らから自己救済手段を奪っておいて護れなかった側にも責任がある」

「そういうもんかね」


 業務に対するスタンスの違い故にミサゴが不服そうに眉を顰めた直後、屋上デッキに作業員と職員達が大挙して現れる。 その手には鉄パイプやら工具やら、脆い人を殺すには十分な物が握られており、彼らが抱く深い憎悪を浮き彫りにしていた。


「いたぞ! 殺せ! ぶっ殺せ!」

「やめろ殺すな。 まだ尋問が終わってない」

「手遅れになった役立たずが何を偉そうに!」

「そうかい、ところで当直のクロウラーは何処に行った? 非戦闘員だけを置いてきぼりにするほどハイヴは薄情じゃないはずだが」

「…………」


 ここに到着して以来薄々と感じていた疑問をミサゴが何気なく切り出すと、威勢の良かった作業員達の一部がほんの僅かな間黙り込む。


 常人ならまず気が付けない間だったが、救援としてここに送り込まれてきたメンツは残らず気が付いた。 基地内のネットワークに入り込み、話を聞いていたアンダードックさえ。


「この嘘つき共が」


 裏切り者の存在を確信したミサゴの動きは早かった。 アンプ化した目を使って解析した人物情報から裏切り者を特定すると、明らかに動揺した連中を瞬時に叩きのめし、刃を収めたブレードを使って一気に縛り上げた。


「うがぁああああ!? やめろ! クロウラーが民間人を襲うなんて極刑ものだぞ!!!」

「賊に下った時点でテメェらの人権は消失したんだよゴミカス共。 どうやって賊共を潜り込ませたか。 当直のクロウラーに何があったか吐け。 吐かなければテメェらの指を一本ずつ第一関節から丁寧にへし折ってから引き千切る」

「やめろピルグリム、お里が知れるぞ」


 悪い警官と良い警官メソッドそのままに振る舞い、裏切り者共へ揺さぶりをかけるミサゴとピースキーパー。 すると程なくして、ひとりの裏切り者が口を滑らせた。


「言えない!言ったら皆殺される!ストラグルに皆が……」

「ストラグルだと!?」


 誰よりも早く反応を示し驚愕の声を上げるピースキーパー。 何故その名を知っているのかと、ミサゴは思わずその背に問い掛けるようとするが、立て続けに起こった異変は落ち着いた問答を許さなかった。


 バチュンッ、バチュンッと、口を滑らせた裏切り者のみならず、生け捕りにした賊や裏切り者共の頭も、次から次へと連鎖して弾け飛ぶ。 誰にも止める暇などなかった。


「ひ……ひぃいいいいいい!?」

「やかましい! 俺達が合図するまでシェルターに引き籠もってろ! まだ厄介ごとは終わってない!」


 今までの強硬な態度など何処へやら、自分達が死ぬかもしれないという恐れが伝播した途端に、作業員達は腰を抜かしながらシェルターへと一目散に逃げ出す。


 そんな態度なら最初から出て来るなとミサゴがイライラと拳を鳴らす傍ら、ネットワークから異常を探していたアンダードッグの言葉が、アンプを通じてこの場に残ったメンツに届いた。


「どうやら口封じのデーモンを仕込んでいたようだ。 スパイも賊共も、最初から生かして還すつもりなんてなかったんだろう」

「ピーキーさん、アンタ色々事情を知ってるなら教えてくれ。 ストラグルとは一体なんだ?」

「あぁそれは……」

「お喋りは後にしろ! コズモファンズと思しき異常生体反応と複数のクロウラーの死体を検知! 基地のすぐそばだ!」

「「!」」


 警告が響くと共に、ピースキーパーと咄嗟にアイオーンを抱き上げたミサゴが急いで跳躍した。


 ――刹那、焼けた砂を引き裂いて、地球上のどの生物と比較しても大きな影が、前哨基地の一部をぶち壊しながら悠々と現れた。


 巨大な山椒魚と人体を無理矢理混ぜ込んだようなグロテスクな化け物は、クロウラー2人を不機嫌そうに睨め付けると、腐臭混じりの呼気と共に嘲り始める。


『ハローハローハローワールド。 生まれ廻りそして終わる、夢も希望も無いクソだまりへようこそ。 諸行無常の果てに押し流されて死ね芋虫共』

「何だこいつは……、アンプが暴走したとしてもあそこまでの異形化はできないはず……」

「違う、ヤツは地上から流れてきたワケじゃ無い。 あれを見ろ」


 その辺に散らばっていた汎用武装で装備を固め、両手が塞がったピースキーパーがヘッドパーツの顎で指し示すと、ミサゴのただでさえ無愛想なツラがさらに剣呑になる。


 “レリック”

 それはフラクタスに散らばる人智を超えた遺産。

 現行の科学力では決して達成出来ない事柄を、容易に実現へと導くもの。

 あらゆる組織が大枚をはたいて欲しがる、凄まじい力を秘めた物体の総称。

 しかしそれ故に人の心を狂わせ、埋め込まれた機械の在り方すら容易くねじ曲げる呪いの器。


 決して一人では手にしてはならないものを、その狂人は額へ深々と突き刺し、我が物の様に欲しいままとしていた。


「賞金首データベースに情報無し。 大方、確保したレリックの整備手順を守らなかった職員だろう。 考え無しに手を抜くから痛い目を見るんだ」

「言ってる場合か! 基地をぶっ壊される前に仕留めるぞ! これ以上犠牲を増やすワケにはいかない!」

「……まったく、勘弁してくれないか」


 アンダードッグとピースキーパーが下らない言い合いを始める中、ミサゴはアイオーンを前哨基地屋上に備えられた銃座の影に隠すと、しっかりと言い含める。


「アイオーン、君はここで待ってるんだ。 よく分からないレリックを奪われている以上、迂闊に塵にして被害が拡大したら困る」

「負けたりしない?」

「あぁ、今度はあっさり死んだりしないさ」


 不安げに見上げるアイオーンを少しでも勇気付けるため、ぎこちなく笑ってみせるミサゴ。


 あんなご都合主義なことが何度も起きるはずが無い。 仮にまた殺されて甦ったとしても、どこかで必ず帳尻を合わされるはずだと確信を抱きつつ、若き猛禽は刃を煌めかせながら闇へと飛んだ。

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