日常業務開始

 ゴォンゴォンと唸りを上げ、鋼鉄の棺が地下深く潜っていく。


 試験の時に使用されたもの比較すると、小型ながらも頑丈かつ過剰な重武装が施された探査ポッド。 その中に押し込められていたのは、ハイヴの指名で呼び集められた四つの人影。


 そのうちの一つ。 久々に地下の仕事に赴くミサゴは、両手のアンプの具合を確かめつつ、向かいに座るクロウラー達に視線を投げかけた。 戦場での役割も醸す雰囲気も正反対な二人組へと。


「これでアンタ達と顔を合わせるのも三度目か。随分と腐れ縁になってしまったな」

「俺は二度と会いたくなかったけどな! 毎度毎度死にかねないような化け物とエンカウントしやがって。 ほどほどに長く稼ぐ俺の人生設計が台無しだっての」


 ミサゴからの呼び掛けに反応し、サイバーアンプを使ったネットワーク没入状態から離脱したアンダードッグが、勘弁してくれと言わんばかりに顔を顰めた。


 以前の仕事の報酬でまとまった金が手に入ったのか、脳内アンプと直結する放熱装置やセンサーが増設されており、ただでさえ近寄りがたかったチンピラの外見はさらに歪である。


 これほどの人体改造はパンドラシティでは、とりわけクロウラーの間では特段珍しくも無いが、不気味なことに代わりは無く、隣に座っていたピースキーパーは気持ち広く距離を取っていた。


 顔までを覆う重厚なアーマーを着込み一切の表情を隠した優等生は、メインカメラだけを動かしてチンピラを見る。


「その割りには、随分ハイリスクな指名にOKを出したじゃないか。 ハッカーならサーバールームに年中引き籠もっていても文句は言われないだろ?」

「サイバーアンプのビルドにはいくら金があっても足りないんだよ。 半端な装備で企業ネットワークに潜らされて脳味噌焼かれるのはゴメンだ」


 横合いから話に割り込んできた鎧の主の言葉に、当然のことを聞くなとばかりにチンピラは返すと、今度はこっちに番だと言わんばかりに睨む。


「そんで、テメェこそなんでクロウラーになった? テメェはどっかの国のお巡りだったそうじゃないか。 PCPDあたりに就職しておけば生涯安泰だったろうがよ」

「……悪いが人様のプライベートを勝手に覗くチンピラに答える義務はない」

「勝手に目に入ったんだよ馬鹿! 恨むなら人事ファイル散らかしてたハイヴの事務員連中に言っとけ!」

『やかましいぞ芋虫共、鬱陶しいからその臭い口を閉じとけ』


 くだらないことから口論へと発展しそうになったのを見苦しく感じたのか、今まで黙り込んでいた現場統括AIが会話に割って入ると、ちょうどよかったと言わんばかりにそのまま今日の仕事の仔細を一方的に語り始めた。


 これ以上意地を張り合って信用スコアの減額を恐れたのか、チンピラと優等生は意外にも素直に黙り込み、AIの様子を窺う。


『今回の任務は第十三坑道低層において新たに建造中の前哨基地周辺での哨戒作業だ。 斥候として未探査区域に突っ込むことに比べれば、ずっと楽で安全な仕事だろう』

「そう言って異常な化け物がポップしたのがこの間のインシデントだろ? なぁにが主戦場から離れてたら比較的危険じゃないだ。 嘘つきAIがふざけやがって」

「全くだよ。 ボスが横合いから参戦してくれたから逃げ帰れたものの……、今度はあの人自身が行方知れずじゃないか」

『私も万能ではない。 突発的な事象を計算に入れるのは極めて困難だ』

「AIが屁理屈捏ねるんじゃねぇ!」

「……ちょっと待て、ボスが行方不明だと?」


 自分が死んだ後の細かい一部始終を知らされていなかったミサゴにとっては寝耳に水で、思わず身を乗り出して問いただすと、対する二人は何を今さらと言わんばかりの顔をしながらも答える。


「あぁ、いきなり壁をぶち抜いて現れたと思ったら例の化け物と殺り合いつつそのままフェードアウトだ」

「だからこそ回収できたんだ。 死体に成り果てた君と、君を甦らせた不思議で素敵なお嬢さんをね」

「……ッ!」


 急に話の引き合いに出され驚いたのは、今の今までずっとミサゴのそばで小さくなっていたアイオーン。 彼女は反射的に身体を大きく震わせると、ミサゴの影に隠れるよう身体を密着させた。


「おっ……おいアイオーン、そう怯えなくても大丈夫だって……」

「いや、こちらも突然話を振って悪かった。 こんな大袈裟な装備を着込んだ輩に意識を向けられたらビビってもしょうがない」


 微かに顔を赤らめながら慌てるミサゴをカバーするよう、ピースキーパーはアイオーンに軽く頭を下げて見せながら鎧を揺すって笑う。 アーマーの厳つい見た目に似つかわしくない大らかな態度。


 それはアイオーンの緊張感を幾分か和らげたようで、彼女はおずおずとピースキーパーを見返すと、ミサゴからゆっくりと身体を離した。


 仕事場に着く前に一悶着起きずに済んだと胸を撫で下ろすミサゴだったが、ちょうどいい機会だと言わんばかりに、今度はアンダードッグがアイオーンを睨む。


 世話を一任されて既に慣れたミサゴと、気質が大らかなピースキーパーと異なり、警戒心が強く神経質な彼にとって、超常の力を振るうアイオーンはイレギュラー要素の塊でしかない。


「おいピルグリム、そこのおっかないヤツの面倒はちゃんと見とけよ。 よく分からんスーパーパワーでいきなりドンで襲われたらと思うとおっそろしくて背中も向けてられないからな!」

「安心しろ、無理にこの子の射線に割り込まない限りアンタが塵に還ることはない」

「はっ! どこまで信用に足ることやら」


 ありったけの不信感が込められた鋭い視線がアイオーンを射貫くが、対する彼女は何故かそれには一切反応を示すこと無く、床のある一点をジーッとただ黙って見つめている。


「アイオーンどうした?」

「……誰かがこっちを見てる」

「なんだと?」


 ポッドのAIすら異常を感知していないにも関わらず何を言っているのかと、ミサゴは一瞬訝しむ。 だが一拍おいて左眼のアンプが警告を発した瞬間、以前同じようなケースがあったことを思いだし、咄嗟に衝撃に備えた。


 ――刹那、凄まじい轟音と衝撃がポッドを襲い、乗り合わせたクロウラー達の鼓膜をけたたましい警報が劈いた。


「どわっ!?」

『前哨基地より地中貫徹弾による砲撃を確認。 緊急事態のため着陸ポイントを急遽変更する』

「馬鹿な! 何故基地の連中が我々を攻撃してくる!? 分かるように説明しろ!」

『私のような優秀なAIにも予測可能なことと不可能なことが……』

「自分で自分を優秀なんてほざくなよ人工無能が」


 味方の施設から攻撃を受けたことに激昂したピースキーパーが、メインモニターを殴りながら現場統括AIへ説明を求めるも、ポンコツAIは言い訳を並び立てるばかりで一向に役に立たない。


 すると、気怠げだったアンダードッグの表情が、数百匹の苦虫をまとめて口に放り込まれたかのように一気に険しく歪んだ。


「あぁもうマジで勘弁してくれ、俺はただの無害なインドア派だってのに」

「ボヤいてないでさっさとこっち狙ってきた連中が何なのか解析してくれ。 このガラクタが役に立たない以上、電子戦では君だけが頼りなんだ」

「……攻撃の出所は今日の仕事場だった前哨基地付近。 引っこ抜いたログによると、所属不明のサイボーグと、騒音に反応して寄ってきたイミュニティ共との間で三つ巴になってるようだ。 さっきの砲撃は前哨基地のシステムをオーバーライドしたハッカーの仕業だな」


 クソほどに役に立たないAIとは裏腹に、求められたタスクを凄まじい勢いで捌いていくアンダードッグ。 彼が没入したネットワーク内でコマンドを走らせる都度に、ミサゴとピースキーパーに植えられたアンプへ十分に整理された情報が供給されていく。


「サイボーグだと? 一体どこのクソ企業の連中だ?」

「すまん、連中が使ってるシステム防壁が厚くて情報を抜くには時間がかかる」

「なら直接口を割らせるまでだ。 アンダードッグ、君はここからハッキングでサポートを」

「ったりまえだボケ! 一緒に外に出ろっつっても絶対出ねぇからな!」

「分かったから黙って頭を動かしとけ。 ……行くぞ」


 岩盤を掘り抜き、探査ポッドが目的の地下空洞に辿り着くと同時、ミサゴがアイオーンを抱えて外へ躍り出ると、ピースキーパーも器用に姿勢制御スラスターを吹かしつつ後を追った。

 当然、迎撃の砲弾が雨あられと闇の中を飛翔するが、アンダードッグの電子攻撃のおかげで全く脅威にはならず、基地の周囲に群がるイミュニティ共が汚い悲鳴を上げながら砕け散るばかり。


「おい、まさかその子も連れて行くのか?」


 敵がこちらの所在を見失っているうちにと、ミサゴが匍匐飛行で基地に近づく最中、アイオーンの存在に気付いたピースキーパーが怪訝な声色で通信を送る。 彼女に関して詳しくは知らないが故の気遣いを。


「大したアンプも装着していない彼女を、敵対サイボーグの前に晒すなんて危険すぎる」

「安心しろ、本気でやれば彼女は俺やアンタよりもずっと強い。 お偉方のお墨付きだ。 アンタだってこの間見てただろ」


 アイオーンの力の凄まじさを身を以て知っているミサゴの何気ない言葉に、ピースキーパーは暫しの沈黙の後、嘆息混じりの通信を送り返す。


「そうか。 だったらせめて、ボスが重い腰を上げてまで守った甲斐があったと私に信じさせてくれよ」

「善処するさ」


 ポッドに搭乗していた時の何気ない気遣いが、危機感や忌避感へと変わってしまうまで長くはないだろう。


 ミサゴは一瞬戦闘に無用な考えを走らせるも、すぐさま思考を一兵士の物へと切り替え、弾の嵐の中へ突っ込んでいった。

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