サイコハンティング

『芋虫の夢など所詮胡蝶の夢。 引き千切られ擦り潰され啜られるのが運命なのだ』

「やかましい!さっさと死ね!」


 大きく裂けた口の間から腐った呼気を漏らすコズモファンズと、アーマーの出力を全開にしたピースキーパーが正面からぶつかりあう。


 打撃の応酬の後に両者がすれ違う直前、追撃とばかりに凄まじい量の重金属弾がコズモファンズの横っ腹に叩き込まれるが、元人間の怪物は一切堪えた様子を見せない。


「なんだこいつは!?」


 パラパラと軽い音を立てて空薬莢が虚しくあちこちにちらばるばかりで、ピースキーパーは思わず弾切れになったガトリングガンを担ぎ上げると、それを苛立ち紛れに敵に向かって投げつけた。


 ガアンと一層大きな音を立てて銃身が砕け散るが当然のように効き目は無く、相対する化け物は立ち塞がる2人を侮り哀れむ眼差しを決してやめない。


「馬鹿げてる、人間どころか中型イミュニティだって血煙に出来る大口径弾だぞ……」

「だが血は流れた。 コイツは必ず殺せる!」


 もっと火力のある重火器を持ち出すべく戦線を一旦退いたピースキーパーと入れ替わり、今度はミサゴが己を奮わすように拳を握りながら疾駆する。


 カウンターを喰らわぬよう回避運動を織り交ぜた接敵に、コズモファンズが大ぶりで振り抜いた拳は何度も空を切るが、裂けた口から零れる言葉は相手を侮る汚らしいものばかり。


『ああ愚かしや、この前喰らった芋虫共もそうやって無駄に命を散らしていった。 徒労以外の何ものでもない』

「それを決めるのはテメェじゃないんだよ。 ここで開きになって死ね!」


 身体を回転させて打撃を受け流しつつ、抜き撃つようにブレードを展開するミサゴ。 遠心力に乗って大きく弧を描く斬撃は、パァンッという高い破裂音を伴って化け物の目元を切り裂いた。


「浅い……!」


 本当なら視界を奪うつもりだったが、まばたきの瞬間に目でも引っ込められたのか狙いが逸れ、血の雨を降らせるに留まる。


 この程度では掠り傷にすらならない。 すかさずカウンターに飛んで来るであろう打撃に備え、シールドを展開しつつ軽く後逸するミサゴだが、少し離れたことで敵の挙動が微かにおかしなことに気が付いた。


 今までいかなるダメージにも頓着せず振る舞っていた化け物が、浅く切り裂かれただけの目元を何故か神経質に拭い、痛みに悶えるよう身を震わせている。


「なんだ?」


 何を考えているか知れないが追撃のチャンスだと、刃にべっとりと付着した血潮を振り払うようにブレードを高々と舞わせ、勢いそのままに振り下ろす。


 レリックによる異常な強化を受けている敵が相手故に、両断せしめるなど過度な期待はしていない。 少しでも多くダメージを通し、後々やってくるであろう地上からの増援と狭撃して詰ませる。


 自分達だけではレリックを我が物とした化け物は狩れない。 大きいものは小さいものより遙かに強いのが道理であると、ミサゴは冷めた思考で動き続けていた。


 何かしらの反撃があるであろうという想定を覆し、化け物が大袈裟に身を翻らせて斬撃を避けるのを見るまでは。


『ぐっ!』

「……へぇ、今度は避けたのか。 つまりテメェには効くんだな? 俺の攻撃が!」


 芋虫の戯れなど通じないと言わんばかりの傲岸極まりない態度からの豹変。 それはミサゴに強い確信を抱かせ、反撃の火蓋を切らせた。 幾重にも巻き起こる斬撃の嵐が、化け物の体表の大部分を切り裂き、出血させる。


 新たな血が大量に流れる都度に、化け物は汚らしい悲鳴を上げて白い砂の上を転がり悶える。 赤黒い汚泥をべちゃべちゃと身体に塗りつけ、泣き叫ぶ様はみっともないことこの上ない。


『うぎゃあああああ! 何故だ、何の神の恩寵も得ていない芋虫が何故私を!?』

「訳分かんねーことばっか言ってるんじゃねぇよタコが! 鬱陶しいからさっさと死ね!」


 辛うじてブレードを押し退けて襲いかかってきた化け物の横っ腹に、既に展開完了していたシールドが問答無用に叩きつけられる。 すると打撃を受けた部分が内側から大きく膨れ上がり、派手に臓物をぶちまけながら破裂した。


『いぎゃあああ!? 何で! 何でこうなるんだよ!?』

「……俺が知りてぇよ」


 こんな機能がアンプに付属していたなどミサゴは一切聞かされていない。 否、それどころか脳に直接記憶させられる電子マニュアルにすら記載されていなかった仕様である。


 心当たりは一つしか無いが、それを思案する暇も今は惜しい。


「往生しろ!」

『い……いやだああああああああ!!!!!』


 ミサゴの怒りが昂ぶるに呼応し、エネルギーラインを淡く輝かせる陰陽の籠手。 下位のアンプとは比較にならないエネルギーとギミックを秘めたそれに対し、コズモファンズは勝機が無いことを認めると、必死の逃走を開始した。


「馬鹿が!誰が逃がすかテメエを!」


 逃亡を阻止するため、すかさずミサゴがブレードを繰り出すが、致命傷を与えるには至らない。 生き汚いコズモファンズは山椒魚染みた形に変化した肉体の半分を敢えて盾として捧げることで、脳や心臓をまんまと守り抜いていた。


「んだと!?」

『へっ……へへ! 入玉だ! 籠城だ! 肉の盾を向けられれば貴様ら芋虫も容易に手は出せまい!』


 素体が前哨基地内で働いていた人間故か、人質の有用性や緊急時に作業員が何処へ逃げ込むのかも理解しているようで、化け物は一直線にシェルターの元へ向かっていく。


「くっ!」


 追撃が間に合うか微妙であり、ミサゴは補給に戻ったピースキーパーを頼ろうと咄嗟に通信を試みた。


 ――刹那、突如としてコズモファンズの突進が紫紺の光の壁によって阻まれ、その場に崩れ落ちた。


『ゴバッ!?』


 アクリルの壁と正面衝突し無様にのびた動物園の猛獣よろしく、その場に崩れ落ちる化け物。 しかしその目はしっかりと、己の前に立ち塞がった人影を見ていた。


 身体の一部に刻まれた茨状の刻印を淡く輝かせ、冷えた眼差しを向ける乙女を。


「アイオーン!?」

『なんだこの淫売な恰好の小娘は……、ハイヴはコールガールの配送までやってるのか?』


 ミサゴの困惑を余所に、彼女の本質を知らない化け物は嗜虐に満ちた表情を浮かべて舌を伸ばした。


『何だか知らねぇがちょうど良かった! 俺のおもちゃ兼肉の盾になってくれよぉ!』


 コズモファンズ特有の弱者に対する異常な攻撃性が発露し、汚らしい肉の触手がアイオーンの艶めかしい肢体めがけて殺到する。


「……馬鹿野郎が」


 その行為が無謀以外の何ものでも無いことを知っているミサゴは、シールドの影に身を潜め、伏せたままその場から動かない。


 彼女の射程に入った物はよほど頑丈でも無い限り等しく塵になる。 故にピースキーパーとアンダードッグ、そしてシェルターに逃げ込んだ作業員全員へ「絶対にその場から動くな」とアラートを送るので精一杯だった。


『捕まえ……だぁあああああ!?』

「……っ!」


 程なく、紫紺の閃光が踊るように天井を駆け巡ったのをミサゴは見た。 想定していた圧倒的光の暴力では無く、極限まで効率化された複数の光の糸を。


 しかしそれと同時に新たな疑問が、ミサゴの脳内に湧いて出る。


「あんな器用な戦い方があの子に出来たのか?」


 ついさっきイミュニティ共を焼き払った時も、雑に横一線へ薙ぐので精一杯だったはず。 何が起こっているのかと思った矢先、アイオーンの天真爛漫な声がミサゴの鼓膜を揺らす。


「えへへ、ミサゴ君みてみて! やっつけたよ!」

「……まぁ、だろうな」


 最初から彼女がやられるなどと露ほど思わないから、然程心配はしていない。 「もう大丈夫だ」と味方全員に通信を寄越して肩の力を抜くと、ミサゴはゆっくりと離陸しアイオーンの元へ向かう。


 だが、真っ白な砂丘を越えて新たに視界に入ったものを見た瞬間、その表情は再び固く強張ってしまう。


 サイコロ状の肉塊と成り果てたコズモファンズの額から引き抜いた棒状のレリックを、血塗れになりながらまるでおもちゃのように操り玩ぶアイオーンの姿を。


「アイオーン……、君は一体……」


 向かってくる存在に気が付き大喜びで手を振る彼女の姿と、殺戮に酔って肢体を血に染める彼女の姿。 何が本性であるのかも分からぬまま、ミサゴはただぎこちない笑みを返すことしか出来なかった。

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