残虐なる魔女

 互いの首を奪わんとする裂帛の咆哮が大気を劈き、絶え間ない銃火と斬撃が戦場を構成する物体をズタズタに引き裂いていく。 爆発物やら大がかりな重機やらに一切頼らず引き起こされる凄まじい破壊は、決して生身の人間や安いアンプでは引き起こせないもの。


 即ち通常とは格の違うサイボーグ同士の戦いの証であり、グリードストリートに巣くう欲深なゴロツキ共すら、横入りして漁夫の利を狙うのを断念せざるを得なかった。


 もっとも、戦場を支配する怪物同士に雑魚の動向など知ったことではない。


 足の運び、呼吸、攻撃のリズム等、敵の腹を探り合いながら、未来を掴むための殺し合いにただ夢中である。


 腕部に内臓された機関砲を牽制に放ちながら走るアトラスと、逃げ場を塞ぐようにブレードを伸ばし打ち鳴らすミサゴ。 やがてその間合いは白兵戦の距離へと縮まり、自然と殴り合いへと発展する。


 肉体的には大きさも重さも圧倒的に勝るアトラスが有利だが、踏み込んだミサゴが選択したのは小細工ではなく意外にも真っ向勝負。 それも互いの両手を掴み押し合うロックアップへ果敢に挑んでいった。


 一見すればあっという間に組み敷かれて殺される未来しか見えない愚行。 だが今のミサゴにそれは当てはまらない。 それどころかアトラスの両腕型アンプがメシメシと悲鳴を上げ、内部から盛大に火花を散らす。


「うお!? 小僧貴様!」

「黙ってろ鬱陶しい!」


 格付けは終わったから死ねと、酷薄な言葉の代わりに放たれた円弧形の斬撃がアトラスの死角に迫るが、悪辣な巨漢は見た目に相反する機動力で即座に離脱し、易々と難を逃れた。


「ちっ……」

「身の丈に合わないエグゾルテッドクラスのアンプに、人間を限界を凌駕する生身部位。 レリックに改造されて甦った小僧ってのはお前らしいな」

「さぁ何のことやら」

「とぼけなくたっていいぜ、有名人ってのは自分の与り知らないところで恨まれるモンだ」

「そうかい。 テメェにしろハイヴの裏切り者にしろ、無駄にお喋りなヤツはろくでもないのばかりだ」


 局地的な斬撃の嵐からギリギリの間合いを用心深く守り回避するアトラスの言葉が、ミサゴの顔を剣呑に歪ませる。 一時の利益に目が眩み、破滅を選んだカスに足を引っ張られるのはゴメンだと言わんばかりに。


 一時の感情に任せて突っ込みすぎるほどミサゴは迂闊では無い。 興味も無いお喋りに付き合いながらも、確実な詰みのタイミングを図りながら左の拳を握る。


「どうした? 今さら怖じ気づいたか?」

「まさか、年寄りにはお先にどうぞってやつだよ」


 冗談めかして煽り合いつつも醸す殺意に迷いは無い。 僅かなきっかけから再び打撃に興じようと、互いに一歩浅く踏み込んだ。


――その時だった。


 突如として紫の光線がミサゴを掠めるように降り注ぎ、アトラスだけを辛うじてエネルギーの奔流へ巻き込んだ。


「なっ……」


 反射的にしゃがみ込むも、耳の表面を軽く焼かれ背筋が凍るのを感じたミサゴは、思わず声を荒げて叱る。


「アイオーン! 危ない真似は今すぐやめろ! これは援護とは呼べない!」

「えっ……でも……」

「君が凄まじい力を持っているのは理解しているが、身勝手にそれを振り回されてはいずれ大勢犠牲が出る!」

「……うぅ」


 無邪気にも褒められることを想定していたのか、アイオーンの表情は期待から困惑とショックが複雑に入り混じったものへと変化し、顔色も態度も途端にずんと沈む。


 しかし一喜一憂する暇などない。 あらゆるほんの僅かな隙が致命的な結果に繋がるのが戦場である。 それを知らしめんかの如く、濛々と立ち昇る黒煙を切り裂いて焼かれたはずの悪漢の巨体が跳んだ。


「っ!」

「まさか人を真似た薄汚い化け物を飼い慣らしていたとは。 ハイヴの人材不足は今も昔も変わらんな」

「んだと?」


 どこまでハイヴのことに精通しているのか不明だが、アトラスは我が事のように語って見せると、怯えの表情を浮かべるアイオーンへ嗜虐に満ちた笑みを投げかけた。 背後から迫るミサゴへワザと聞こえるよう囀りながら。


「人間の女を真似てくれるとはちょうど良かった。 この俺が化け物の具合をしっかり確かめてやろう」

「馬鹿かテメェは!汚ぇ手でこの子に触んなよダニ野郎!!!」


 すかさず激昂したミサゴの怒号が木魂し、アトラスの背中へ容赦なくシールドの先端が突き込まれる。 イミュニティの甲殻すら破砕できる打撃を背後から喰らっては、流石の重装サイボーグであっても無傷では済まない。


 全身余さず焼け焦がされて機能が半減していた巨体は、打撃の衝撃でそのまま叩き落とされると、鉄筋混じりのコンクリートで半身を汚くぐちゃぐちゃに摺り下ろされた。


 生身と機械の境目がハッキリと分かる無惨な姿となり、自らの血溜まりで身を横たえるアトラス。 そのすぐそばに、憎悪の光を瞳に宿したミサゴが音も無く着地する。


「このカスが!」

「はぁ? 何をムキになっている? 俺はあの化け物を道具として使いたかっただけだぞ?」


 無駄に重かったのが仇となり、戦うことも逃げることも出来なくなったアトラスだったが、何故か未だ余裕綽々であり、圧倒的優位に立っているはずのミサゴを挑発する。


「それともなんだ? お前にはあの化け物が愛らしい人間にでも見えるのか? こいつぁお笑いだ! キモいズーフィリアの変態が俺に近づくなよ!変な病気が移るからな!」

「……何だとテメェ!」


 暗にアイオーンを動物呼ばわりするアトラスの嘲りは、遂にミサゴの憎悪を瞬間的に限界まで発火させるに至り、彼のアンプ“ノーザンクロス”の出力を急上昇させた。


「死ねッ!!!」


 宙を舞う影すら観測出来ない速度で振り下ろされたブレードが、アトラスの頭の先から股間までを繋ぐ正中線を綺麗になぞり、両断する。 そこに躊躇いや慈悲は無く、一秒でも早く殺してやるという憤怒だけがそこにあった。


「薄汚い悪党が、二度と臭い口を開くな」

「…………は? 黙るわけねぇだろブタが」

「!!!」


 頭も完全につぶしたにも関わらず、何事も無かったようにしゃべり出す惨殺死体。 別たれた死体の片方はミサゴを指差し、もう片方は中指を突き立てて煽り倒すが、すぐに痙攣を始めて活動を停止する。


「ふんっ。 いくら無理にブーストしてやったところで、落ちこぼれの身体ではこれが限界か。 流石に依怙贔屓されっぱなしの恵まれし者相手には荷が重い」


 文句一つ返すことも忘れただ唖然とするミサゴの前で、真っ二つに両断されたことをまるで他人事のように呟く死体。 やがてそれは底意地悪く笑うと、しばしの別れとばかりに手を振ってまで見せた。

 

「ではまた会おうか。 若くして偉大だったもっとも新しきレジェンドの血族よ」

「“また”だと?」


 問いただす暇も無く、真っ二つに裂かれたアトラスはあっさりと事切れ、かつて命だったものへと変質して逝く。 反射的に蹴りを入れて揺り動かすも、ミサゴの左眼に投影されるUIへ無慈悲に示されるは標的の生体反応消失の報告のみ。


「クソ!一体どういうことだ!?」

「ねぇミサゴ君……」

「なんだって……うぉ!?」


 死を目の当たりにした人間としては明らかに異常な言動に惑わされ、瓦礫に背を預けながらジッと考え込むミサゴだが、アイオーンのどこか遠慮がちな言葉に釣られて視線を向けると、思わず思考を中断し瞠目する。


 動揺するミサゴの視界に映り込んだのは、全身をアトラスが遺した鮮血と脳漿で真っ赤に染めたアイオーンの姿。


「アイオーン……君は何を……」

「私に近い物の存在を感じたから取ってきたの。 もしかしてまた迷惑だった?」

「…………いや助かった。 ありがとう」


 悪人だったとはいえ、たった今死んだばかりの人間の遺骸を躊躇いなく掻っ捌き、パーツを抉り抜いて見せる純粋が故の残虐さ。


 倫理的に忌避される行為を迷い無く実行に移せる彼女の精神性は、出会って以来付きっ切りだったミサゴに、微かな危機感を覚えさせた。

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