灯火の導き

 闇の中を魔法でも使ってるかのように音も無く滑らかに浮遊する紫紺の光。 その背後を二色の閃光がけたたましい轟音をあげて追いかける。 垂直の坑道を落下し、狭い横穴を潜り、砂の滝を引き裂いて飛ぶ。


「一体どこまで連れて行く気だ? おい! ヤバいと思ったら無理矢理引っ張ってでも連れて帰るぞ!?」


 まだまだ表層とはいえ、既に坑道拠点へ通信が届かない深度までは潜っている。 このままでは存在をイミュニティ共に嗅ぎ付けられ、戦闘にもつれ込むのも時間の問題だった。


 余計な戦闘など正直御免こうむりたいミサゴは、先導するアイオーンとの間に何とか通信を確立しようと試みるも上手く行かない。 あらゆるチャンネルから発信したはずのメッセージは、ことごとく電子の闇に消えていく。


「くっ……まったくトンだお転婆だよ」

「大丈夫、もうすぐ到着するから」


 こちらからの質問を無視し、一方的に送り付けられてくる短い言葉。 それをミサゴが認識した瞬間、視界が何故か視界が一気に晴れた。 一筋の光すら届かない闇の底にいるはずであるにも関わらず。


「付近にハイヴ及び企業の識別信号無し。 一体誰がこんなお高いフレアを焚いた?」

「フレア? 何それ? 私が明かりを灯しただけだよ?」

「何を馬鹿な……」

「信じられないならこれあげる!」

「うぉっ!?」


 信じられないと訝しむミサゴの顔面へアイオーンが遠慮無く投げつけたのは、煌々と眩い輝きを放つ正体不明の光球。 突然眼前にスタングレネードの破裂以上の光量を秘める光を投げつけられてまともに飛んでいられるワケも無く、哀れにもミサゴは飛翔の勢いそのままに障害物に引っかかり、周囲を派手に破壊しながら墜落した。


「だああああっ!?」


 砂岩の地面に一直線の深い溝を刻み、壁面に顔面をぶつけてようやく停止するミサゴ。 普通の人間なら死んでいてもおかしくない事故だったが、アンプを移植した人間ならば十分耐えられる些細なアクシデントに過ぎない。


「くっ……なんて真似をしやがる」

「でも大丈夫だったでしょ? 私は最初から分かってたけど」

「滅茶苦茶言ってんじゃないよおい!」

「そんな怒らないでよ、貴方が喜びそうな場所に連れてきてあげたんだから」

「喜ぶだと? こんなだだっ広い洞窟の何処に……」


 身体に纏わり付いた砂埃を叩きつつ立ち上がったミサゴは、吐き出そうとした思わず呑み込む。 偶然視界に入り込んだのは、極めて奇妙な形状をした廃墟染みた物体。


 何の知識の無い素人なら見れば邪魔なゴミに過ぎないが、フラクタスへ潜るに伴い最低限の知識を身に付けたクロウラーならば、それが何なのか誰もが理解できる。 この隕石の調査を進める勢力ならば誰もが情報を欲しがる、高度知的生命体が生きた痕跡であることを。


「こりゃ随分と大規模な痕跡だ。 こんなものを見過ごさざるを得なかったなんてもったいない」


 ハイヴより支給されているフィルム式小型カメラを片手に、ミサゴは打ち棄てられた痕跡の真上を円を描いて飛ぶ。 未発見の痕跡であれば、ただ写真に収めるだけでも破格の報酬が約束されている。 故に頭上からアイオーンに追従されていることに気付きつつも撮影を優先した。


 いくら素晴らしい目標を目指そうと、金が無ければいかんともし難い。


「ねぇ何してるの? もっと深いところに行かないの?」

「ただ闇雲に進むだけじゃ誰も着いてこないし手伝ってもくれないからね。 組織に属するってのは色々大変なんだよ」


 真上、真横、辛うじて確認できる内部などあらゆるアングルから撮影しつつ、ミサゴはその途中で退屈そうにふよふよと浮いていたアイオーンをさりげなく確保する。


「あっ」

「はい捕まえた。 皆が心配するからさっさと帰るぞ。 あのハゲには突発的なアクシデントだって通しておくから……」

「まって! 誰かこっちに来るわ!」

「何だと?」


 漆黒の左腕に抱かれたアイオーンが突然ある一点だけに視線を集中させて叫ぶと、ミサゴは右腕からブレードを垂らしながら注意深く降下した。 その途端、アンプに仕込まれたセンサーが接近する存在を検知する。


「そこそこ良いレーダーよりも先に察知出来るなんてな……」


 万が一に備えて考えを巡らせるミサゴの意識はただの青年から一人の兵士に切り替わり、血みどろの戦いに耐えられるマインドがセットされる。


「飛べるなら別に一人で帰っても構わないぞ」

「私だけで帰ったら貴方が遭難しちゃうからヤダ」

「……ならその辺の物陰に隠れて息を潜めているんだ」


 もっともな返答に一瞬言葉を詰まらせたミサゴは、視線を一瞬だけ痕跡の方へ寄越してアイオーンへ指示をすると、いつでもブレードとアームを全力で稼働させられるよう、体内に循環するエネルギーを惜しみなく注ぎ込みながら飛んだ。


 目標はこちらに接近してくるイミュニティにしては小さく緩慢すぎる動体反応。 まるでおどおどと逃げ隠れするような行動パターンは、ミサゴにそれらが何でどのような状況にあるかを自然と悟らせる。


「……そこのパーティ応答しろ、こちらはクロウラーズハイヴ所属のピルグリム。 そちらが置かれている状況を知りたい」

「ピルグリムだと? この間の試験の時に大暴れしてたガキか!?」

「そういうアンタ達こそ、俺の代わりにレリック回収へ向かってくれたメンツのようだな」


 奇襲に備えて周囲に殺気を巡らせながらミサゴが通信を送ると、半分怒鳴っているような必死な叫びが即座に返ってくる。


「芋虫階位アンダードッグと連れは同階位ピースキーパー! 他はただの採掘作業員だ! 自己紹介なんてチンタラやってる暇ないから助けてくれよ! 俺達以外にも大勢がイカレ野郎に襲われてる!」

「……アンタらもクロウラーなら自力で始末出来ないか?」

「駆け出しが揃えられるアンプじゃ手も足も出ない化け物相手だ! 死ぬだけだって分かれよ!」


 やけくそのような怒鳴り声がミサゴの鼓膜を揺らすと同時、洞穴の一角が爆撃でも食らったかのような凄まじい爆風を伴って崩落し、通信がロストする。


 濛々と立ち籠める塵の中、それを振り払うように身を振り乱しながら現れたのは、頭部をそっくりそのままヘビーミリタリーアンプへと換装した偉丈夫。 人体どころか装甲車程度なら容易く消し炭に出来る光学兵器の生ける発射台と化したサイボーグは、自らがやってきた道のりを振り返りつつ耳障りな電子音声を垂れ流していた。


『奴等どこへ逃げた!? 惨たらしく死んで俺の配信のネタになれ! 一個でも多いいいね!のための犠牲となるのだ!』

「……どいつもこいつもカジュアル感覚で発狂しやがって」


 ミサゴが狂人を視界に入れると同時、アンプに記録された情報が脳をよぎり、凝縮されたアドレナリンが若干細身ながらも鍛え上げられた全身を駆け巡る。


 平静だった精神は即座に沸き立ち、燃え上がるような興奮は殺意となってミサゴの身体を突き動かす。


「コズモファンズ“ホワイトボックス”お前には特に恨みは無いが死んで貰う」

『いきなりなんだぁテメェ!? ガキがなめやがって! 先にテメェからぶっ殺す!』

「やってみろ頭白物家電野郎! 無駄に高そうな首もぎ取って給料の足しにしてやるぞ!」


 脅威の接近を感知し、即座にリチャージを開始する狂人有する光学兵器。


 それが響かせる死のソプラノを全身で受け止めつつも、ミサゴは一切の恐れなく跳んだ。

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