恐れなき芋虫達

翌日、忌み深き土地として長年遺棄されていた坑道は異様な活気に満ちていた。


別の坑道から運び出された大型探査ポッドや地上防衛用の重タレット群が軒を連ね、大型投光器が目を潰さんばかりの光を下ろす坑道内では、我先と集まっていたクロウラー達が探査命令が下る時を手ぐすねして待ち構えている。


数十年前に陰惨な殺戮が行われた場所であるにも関わらず、まったく意に介さず興奮する彼らの眼中にあるのは、地下に眠る資源をたっぷり売りさばき、大金持ちとして成り上がった自分達の未来だけ。


一寸先の闇に足を取られて死に至る可能性など、誰もが万が一にも考えてはいなかった。


「おうおう今日はヤケに威勢がいいなアホども」


そんな命知らず共を見おろすのは、ミリタリーアンプで装備を固めた重装兵を率いるアナスタシア。 言い草こそ乱暴であるものの彼女の語気は極めて穏やかで、目下の者を無闇に威圧するようなものでもない。


「それで? 地獄行きの一番切符を引いたアホ共はどうしてる?」

「ハッ! 既に数人のクロウラーが大型イミュニティの地上侵攻阻止と引き換えにペーストになりました!」

「そうか、遺族には見舞金をたんと振り込んでおいてやれ」

「イエッサーボス」

「ボス! 騒動に乗じて領土を侵犯してきた都市外の連中はどうしましょう?」

「PCPDと連携して排除しろ。 最低限のルールすら従えない類猿人などこの街に必要ない」

「イエッサーボス! ぶっ殺してきますボス!」

「……ほどほどにな」


矢継ぎ早に入ってくる報告をテキパキと捌きつつ、生きた伝説は自らも危険な坑道へ足を踏み入れていく。 さもそれが当然と言うかのように。


「こちら芋虫階位スクリーミングイーグル! これより未探査領域へ一番乗りを果たします!」

「同じく芋虫階位ワイルドキャット! 地中間通信用アンテナの安定化完了しました!」

「ん、良い仕事だ。 これからサポートに行ってやるからそれまで生きてろよ」

「イエッサーボス!」


レジェンドとして成り上がって尚、自らの手で化け物の鮮血をばらまくのを躊躇しない。 その姿勢こそが、一癖も二癖もあるクロウラー達が揃って忠誠を抱く要因となっていた。


しかし、世の中の誰もが同じ考えを持って活動しているワケではない。


「くっ、なんで俺が留守番なんだよボス。 なぁテスラさんアンタ何か聞いてないか?」

「しょうがねぇだろ、変なもんを拾ってきたのはテメェなんだ。 まっ、諦めてババァから貰った仕事を全うするんだな」

「冗談じゃない。 俺はこんなことをさせられるためにこの街に来たワケじゃ無いんだ」


坑道付近のハイヴ所有研究施設にて、保護された乙女と共に軟禁状態に置かれていたミサゴは、モニターに映るハゲた男へ遠慮無く文句を付ける。 それで問題が解決すると思い込めるほど子どもでもないが、不満を呑み込んだままでいるほどのチキンでもない。


「大体何なんだよ、ずっと封鎖されていた曰く付きの場所の再探索をあっさり許可するなんて」

「ビジネスはいつだって手が早いヤツが勝つのさ。 おかげで企業様連中は今日もたっぷりハイヴやパンドラシティに金と情報を落としてくれたよ。 雇われ連中の尊い命と引き換えにな」

「ふん、一体どっちがあくどい組織なのやら」


何気なしに語るテスラのツラを一瞥し、唯一の出入り口の方を反射的に見やるミサゴ。 その瞬間、扉の向こうから辿々しい足音が微かに響き、やがて小さなノックがミサゴの鼓膜をリズミカルに揺らす。


「誰だ?」

「テメェが拾ってきた眠り姫だよ。 随分懐かれたようで羨ましいな色男」

「……ふん」

「まっ、改めて面合わせといこうじゃないか。 挨拶は大事ってな」


イライラと仏頂面を晒すミサゴの機嫌など気に介さず、テスラが扉のロックを解除すると、検査を終えて地味目の服を着せられた乙女がおずおずと部屋の中に入り込んでくる。 暗めの照明を浴びて浮かび上がった表情は、初めてミサゴと出会ったときとは打って変わり、不安に満ち満ちていた。 まるで巣から引っ張り出された野生動物のように。


「さぁお嬢様、さっきインストールした万国言語翻訳デバイスのテストだ。 試しにさっき教えたそこの坊やの名を言ってみな」

「……ミサゴ?」

「あぁそうだ、俺の名前はトリカイ・ミサゴ。 君の名前は?」

「わっ私の名前はアイオーン。 ……だったような気がする」

「アイオーンだと?」


乙女の言葉を聞いたミサゴの脳内に甦るのは、レリックの内部に秘されていたデータの一部。 プログラムなどとは無縁故、何一つ理解出来ないはずのミサゴが何故か読み解くことが出来てしまった謎めいた文字列。 何故それが彼女の名と一致するのかと、ミサゴは一瞬考え込むが、黙って様子を伺っていたテスラがすぐにその思考を打ち切らせた。


「なんだ? どうした? 何か気に障ることでもあったのか?」

「いいや何でもない気にするな。 それよりこれから俺がやるべきことをさっさと言え。 ボスが絡んでいる以上、俺に拒否権はない」

「そう難しく考えるな、ただの護衛兼お守りだ。 彼女の身を守りながら信頼関係を築いてくれればそれでいい。 俺等にはやれない仕事だからな」

「俺だけが……ねぇ……」


明らかに怪しい。 何か含みのある言い方にミサゴはより一層深く眉間に皺を寄せて疑念を表すも、立場的には圧倒的上位にあるテスラは一切頓着しない。 眩しいハゲ頭が与える剽軽な印象とは裏腹に極めて冷徹な男は、己を睨む若者を一瞥した後すぐにアイオーンの方へ視線を向けた。


「さてお嬢様、俺はいつもの仕事に戻るが最後に挨拶の復習だ。 初めて会った人には?」

「こんにちは」

「お別れの挨拶は?」

「さようなら」

「ムカついたヤツには?」

「ファックユー金玉潰すぞテメー」

「よしそれでいい」

「イヤ良くないわハゲ」


一体どういう教育を施すつもりなのかとミサゴはたまらずツッコミを入れるが、対するテスラはアイオーンの返事が良かったことで上機嫌となり、うんうんとワザとらしく頷いてみせると一方的に通信を切った。


途端に静まりかえった軟禁部屋の中に、うら若き男女だけが残され気まずいムードが漂ってくる。


「えっとその……」

「他人行儀にしなくてもいい。 少なくとも俺は君と良い関係を構築しようと考えてる」

「良い関係?」

「あぁ、多少の問題なら話し合いで解決出来るような気安い仲になれたらなってな」

「お話で?」

「そうだ、誰も彼もが躊躇いなく金と暴力を振り回わしたいワケじゃないんだぜ」


おずおずと口を開くアイオーンを怯えさせないよう、努めて表情と声色を緩ませるミサゴ。 その努力が通じたかは定かではないが、今までおどおどした雰囲気を醸していたアイオーンは本来の調子を取り戻すと、ソファに深々と背を預ける野郎の隣にちょこんと座り、自分から口を開く。


「……ねぇ、貴方はどうしてさっきまで怖い顔してたの? 私が何か悪いことしちゃった?」

「いや君は悪くない。 悪いのは俺のシノギのチャンスを奪ってお守りを押し付けていったボスだ。 俺はさっさとこの隕石の深いところへ潜っていきたいのに」

「どうして? ここが危ない場所だって分かってるのに?」

「秘密だ。 俺は照れ屋だから人に話したくないことだってある」


全てが物珍しく興奮気味のアイオーンとは対照的に、ミサゴの応対は至極淡々としている。 良い関係を自分から切り出したにも関わらず、自ら距離を置いているような矛盾する態度。


しかしそれは、構って欲しいアイオーンのイタズラ心を刺激するには十分だった。


「ふーん? そんなに深いところに潜りたいなら私が手伝って上げてもいいわよ」

「……何だって?」

「うふふふ!」


ミサゴの真顔を間近で見て、アイオーンがしてやったりと言わんばかりの笑みを浮かべると同時、二人が軟禁されている施設自体を突如巨大な振動が襲う。


「う……うわぁああああ!」

「何だ!? イミュニティ共の襲撃か?」

「だからこんなところ掘るべきじゃなかったんだよ畜生!」


柱をへし折り、壁を砕き、建材の中に埋め込まれた鉄筋を引き千切るような超局所的な地震はたちまち研究施設を破滅へと追いやり、中で屯していた職員と警備員達をまとめて恐慌状態に追いやっていく。


起こるタイミングが都合が良すぎる監視の真空状態。 その隙を縫ってアイオーンは意気揚々と施設の外へ飛び出した。 ミサゴが初めて出会ったときと同じように全身に紫紺の光を纏い、魔法でも使ったかのように宙を自在に飛び回りながら。


「おい待てよ!」

「案内してあげる! 先に下で待ってるから!」

「ああクソ! 面倒な真似を!」


彼女が先に進む度に、自ら意志を持つかの如く道を開いていく漆黒の岩盤。 その後をミサゴは渋々ながらも追った。 闇の中に二色の炎の軌跡を残して。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る