レジェンドの痕跡
クロウラーズハイヴの予想を覆す犠牲を払った採用試験より数日後、一筋の閃光がパンドラシティの上空を疾駆した。
数多の浮遊車両が無秩序に飛び交う中、空の中に出来ていた不自然な空白地帯に、その光の正体であるピルグリムは一切迷うこと無く飛び込むと、虚空に吸い込まれるように姿を消す。
無論、本当に消滅した訳では無い。 高度な迷彩機能により、巧みに姿を隠す空中要塞の内部へ飛び込んだのだ。 中では芋虫階位より一つ上位の階級である“殻入り”に任じられた中堅クロウラー達が、生意気な新人のツラを拝むべく警備という口実をつけて要塞の中を暇そうにうろうろしている。
もっとも、ピルグリムも大人しく彼らに難癖を付けられてやるほど暇では無く、彼らに見つからないルートを手早く探り出すと、誰にも気付かれぬうちに指定のメモリアルホールの中へ足を踏み入れた。
……否“誰にも”と記すのは語弊がある。 終日がらんどうであるはずのメモリアルホールには既に先客がいた。 タイを締めないラフなビジネススタイルのスーツを着こなし待ち受けていたのは、荒事が生業とは思えないスラリとした体躯をした女傑。 彼女はピルグリムが無事に辿り着いたのを視認すると、眦を緩めて腕を組み、不敵に笑う。
「芋虫階位ピルグリム、収拾に応じ参上しました。 ……こうして現役のレジェンドにお会いできて光栄です。
「そう肩肘張るなよ坊や。 今日はお前にとっての祝い事の日なんだ」
「他の成績優秀者達は?」
「もう個別に面会を済ませて自分のシノギに行っちまったよ。 なにせこの街は良くも悪くも競争が激しい。 ウカウカしてるとあっという間に仕事を掠め取られちまうからね」
そう呟く彼女の眼下に広がるのは、絶望と夢の街パンドラシティ。
夢の資源やレリックを掘り当て一山当てるか、掘り当てた者を殺して奪い取るか、はたまたそれらを使わせる側に入り込むか。 成り上がりを目論み世界中から集まった食い詰め者達を養分に成長する街は、一ヶ月前に発行された地図が役に立たないと言われるほど驚異的な速度で今も発展している。
いつ制御不能のカオスに呑み込まれてもおかしくないソドムの具現。 その崩壊を影ながら防ぐのも、クロウラーズハイヴの役割だった。
「改めて、フラクタス開拓者互助組織“クロウラーズハイヴ”へようこそピルグリム。いや、今この場だったら普通に名前で呼んだ方がいいね。 最も若きレジェンドの弟“トリカイ・ミサゴ”」
「……兄貴をご存じなのですか?」
「しばらく面倒を見ていたからよく知ってるさ。 あの小僧はあっという間に頭角を表してソロで地下に潜っていった。 随分昔の話だがね」
アナスタシアは昔を懐かしむよう穏やかに言葉を紡ぎながら、ホールに飾られたレジェンド達の像に視線を向ける。
その中に混じって真新しく建造された像が輝いている。
「ヤツは勇敢で偉大だった。 若くしていなくなったのが実に悔やまれる」
「そう……ですか……」
兄を讃え惜しむアナスタシアの姿を見て、ミサゴは軽く表情を陰らせる。 結局自分が他人に求められる役割は、偉大な身内の模造品として生きることでしかないのかと。
しかしそうやってミサゴが一瞬目線を逸らした瞬間、アナスタシアは文字通り音も無く、甘っちょろいお坊ちゃんの眼前まで間合いを詰めていた。
「おい」
「はっ……えっ……!?」
「勘違いするなよ坊や。 お前さんが何を思い悩んでるかは知らんが、うちは完全現場主義であり成果主義だ。 身内が偉いからと依怙贔屓はしないから覚悟しときな」
まるで悩みをそのまま見透かしたかのような言葉は、言われた側であるミサゴを心底驚かせる。 気持ちの悪い贔屓無く平等に扱って貰えるという事実は、それだけで無愛想だった若者の心を落ち着かせた。
「えぇ当然です。 そうでなければ真面目に頑張ってきた皆が納得しないでしょう」
「なら結構。 分かったらボーナスを貰ってさっさと帰んな。 明日からキツいシノギが……」
たんと待っているとアナスタシアが伝えようとした矢先、割って入るようにホールに響いた呼び出し音が、彼女を一人の戦士から一勢力の長としての立場に引き戻した。
「立て込んでいるところ申し訳ないボス、今そこの坊やを借りてよろしいですかな?」
「駄目だって言ってもお前は勝手に自分の話を押し通そうとするだろテスラ。 今のお前には
「ご冗談を、体裁などに固執していては手に届く物も届きません故」
「たまには外聞も気にしろハゲ」
壁面のモニターに映り込んだ学者然とした壮年のツラを、アナスタシアは心底面倒臭そうな顔をして睨む。
「冗談は兎も角、事態はそこそこ大きいのです。 先日採用試験にて回収されたレリックに関するアクシデントでしてな。 下手すればこの要塞が墜ちるかもしれないのですから」
「はい?」
「おいおい今月に入って何度目の危機だいい加減にしてくれ」
「嘆かわしいことに科学の発展には犠牲は付き物です」
「……あぁそうかい」
これ以上狂人の戯言に付き合ってやっても無駄だとアナスタシアは会話を打ちきると、呆然とその場に立ち尽くすミサゴにさっさと行けと言わんばかりに手を払ってみせる。
「金なら弾むから行ってヤツを黙らせてこい。 必要以上の面倒は起こすなよ“ピルグリム”」
「了解ですボス」
クロウラーとしての名を呼ばれ、ミサゴは気持ちを瞬時に切り替えると、命令のままに音も無くメモリアルホールから飛び立った。
中堅どころのクロウラー達が大勢付近にいる状況にも関わらず、何故わざわざ自分が呼び出されたのかと、心の中で強い疑念を覚えながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます