ヴォイドクロウラー ~星海より来たる迷宮にて~

南蛮蜥蜴

クロウラー採用試験

 一寸先すら窺えない暗黒の中を、樽のようにずんぐりとした形状をした一台の機械が落下と見紛う勢いで疾駆していく。 機体下部に搭載されたレーザードリルによって岩盤を温めたバターのように引き裂き、轟音を立てながら潜行していく探査ポッド。


 その内部には武装した多くの人員が乗り込み、ポッドの出入り口が解放される瞬間を今か今かと待ち構えていた。


 壁一面に設置されたシートへ武器を片手に着座した彼らは、皆一様にしてただの人間ではない。 ある者は大量のケーブルを身体から生やし、ある者は機械化した目を妖しく輝かせ、またある者は金属製の拳の開閉を入念に繰り返す。


 この世界において流通される“アンプ”と呼ばれる生体強化素子を体内に埋め込んで生体機能の強化を図った人々。 そして、彼らの視線の先に掲げられた大型モニターに映り込む人間もまた、一目で普通の人間ではないと分かるほどの肉体改造が施されていた。


「“クロウラーズハイヴ”採用試験への参加ありがとう諸君。 この任務を達成すれば、君達は晴れて我が組織の芋虫クロウラーとして登録される」


 カメラの前で胸を張り、己の異様を見せ付ける試験官。 彼は荒くれ者達が今からでも馬鹿をやり始めないか入念に目を光らせながらも、ただ朗々と語り続ける。


「君達が如何なる理由でここにいるかは敢えて聞くまい。 分かっているのは富と栄誉、より強いサイボーグとして生きるに必要な社会信用コストを稼ぐ為、迷わず命を種銭に出来る馬鹿揃いってことだけだ」


 何の根拠も無い品位の欠けた言い草に、受験者達の中でもイライラが募り始めるが、言葉どころか態度に表す迂闊な者はいない。 試験官にへつらうのも当然だが、アンプを多数埋め込んだ人間の機嫌を無闇に損ねて、得なことなどないからだ。


「そんな間抜け共のために、改めて試験内容を告知する。 今回の試験はここ、大陸級資源隕石“フラクタス”開拓層にて新たに採掘されたレリックの回収である。 ……ただが荷物運びだからとなめるな。 現地では凶暴なエイリアン共が我が物顔で闊歩しているだろう。 机が友達のアホ共は“イルミティ”などという洒落た名で呼んで我々に調査協力を要請してくるがどうだっていい。 死にたくなかったら見つけ次第ぶっ殺せ。 以上だ」


 一人でも多くの帰還を期待すると、最後に社交辞令を宣いつつ消えようとする試験官だが、突如響いた溌剌とした声がそれを引き留める。


「試験官殿、折り入って一つ質問が御座います」

「……急にどうした優等生」

「一人だけ物々しく拘束されている彼は何者です?」


 他人になめられないようド派手に着飾った荒くれ者共が多い中、一人だけ無骨な強化外骨格を着込んでいた中性的で美麗な兵士が指差す先で佇むのは、ボロボロになった防弾コートと長いマフラーで着飾った、多少あどけなさを感じる顔に大きな十字傷を刻む若者。


 彼は全身を白銀の端子によって貫かれ昏々と眠っているが、敢えてそれに手出しをする輩はいない。 命知らずの荒くれ者を怯む程の存在感を見せ付けていたのは、人など軽くくびき殺せるだろう四肢そのものの形状をしたアンプ。


 特に目を引く非対称の両腕は、外観からは秘められた機能を察することも出来なかった。


「彼が接続しているアンプはどのカタログにも存在していない。 彼は一体……」

「安全装置だ。 探査ポッドのAIが異常事態を検知次第、そいつが解放されてクソ共を薙ぎ倒す」

「おいおい、こんなケツの青いガキが本当に役立つのかよ?」

「吐いた唾飲めねぇことを覚えとけよチンピラ。 ……そろそろ通信限界に到達する。 後の世話はAIに一任するが、各員横着せず死力を尽くすように」


 試験官のアナウンスが終わると同時、一際大きな衝撃が探査ポッドを襲うがそれに怯むものは誰一人としていない。 それどころか、各々が体内に搭載したアンプから異常供給されるアドレナリンの衝動のままに叫び狂う者がほとんど。


『作戦エリアに到達。 ポッド外に多数の生体反応検知。 座席及び試験用火器ロック解除。 セキュリティドア解放します』

「行くぞオラアアアアアアアア!!」

「イイヤアアアアアッハッハッハ!!!」

「殺せ!殺せ!殺せ!」


 周囲の状況を丁寧にサーチしたAIが相手からの奇襲を警告するが、暴力と金に目が眩んだ

 輩には当然届かず、代わりに響くのは荒くれ者達の知性があるのか疑わしい叫び声のみ。


 彼らは雪崩を打ってポットから飛び出すと、手にした馬鹿デカい銃を一斉にぶっ放して、迂闊にも一直線に走ってきた虫のような化け物共をまとめて吹っ飛ばした。 餓えた雄のグリズリーすら赤子のように扱える危険生物であろうと、流石に重金属弾を雨あられと食らってはひとたまりも無い。


「死ねぇー! 化け物共ー!」

「だぁーっはっはっはっはっは! 何が危険だ! ただの鴨撃ちじゃねぇか! 脅かしやがって!」

「おいこら暇人共! さっさと目的のモンをポッドに積め! 大物がちょっかいかけに来る前にさっさとずらかんぞ!」

「分かってるから焦らすなよアホ共。 テメーラこそ虫共をこっちにやるなよな」


 銃撃と合わせて迸る閃光と轟音に紛れ、自立的に回収班として動き始めた受験者達が、速やかに掘り出されたレリックの元へと向かう。


 まるで旧いSFに登場するような、培養槽染みた形状のカプセルのそばに。


 荒くれ者達のカバーのおかげでレリックにたかる化け物は一匹としておらず、作業は極めて順調だった。


 だが世の中はそう甘くは無い。 特にこの過酷な世界では。


「目標物確認よし!トラップ解除よし!固定器具分離よし! 後はこいつを運び出せれば……」

『ちょっとアンタ! うちの冷蔵庫どうする気なの!?』

「……は?」


 ハイヴに雇われた後どう遊んで生きようかと、ニヤニヤしながら作業をしていた受験者の前に突如ゆらりと、音も無く一人の狂人がまろびでる。


 紳士用、婦人用、子供用、そして幼児用の服をパッチワークにして造ったドレスと、イルミティ共の緑の血潮で彩られた男の姿は吐き気を催すほど醜悪であるが、真に恐るべき点はそこではない。


 規格の合わない大量のアンプを無理に体内へねじ込んでいるのか、その身体は異様に膨れ上がり、はち切れんばかりの筋肉からは己の存在を隠匿する電波を耐えず発信している。 さらに混濁し異常分裂した精神は男の肉体を奪い、完全に異常な存在へと造り替えていた。

 

 一つの身体に大家族の精神を宿す、まごう事なきサイコパスへと。


 巨大な培養槽の影で座り込み、妄想の中で家族ごっこを楽しんでいた彼は、自分ちの家具だと思い込んでいた培養槽を持ち去られようとした事実に激昂すると、恐るべき異常興奮を開始する。


『クソカス共が!俺の家から出て行きやがれ!』

「コ……“コズミックファナティック”だ!!!」

「サイコ野郎を殺せ!早く!被害が出る前に撃て!!!」


 コズミックファナティック。 通称コズモファンズ。

 地下に埋蔵されたレリックから強烈な働きかけを受け、搭載されたアンプを狂わされることにより発生すると推測される元人間の殺戮マシン。 それは自らに向けて発砲した受験者の首を軽く摘まむと、まるで若枝をもぐようにねじ切りって投げ捨て、目にも留まらぬ速度で周りの生き物を殺し始めた。


「え……は?」

『ママ見て!春休みに植えてたトマトが潰れちゃった!』

「う……うわああああ!!!」


 自分が誰かを殺しているとも自覚できない狂人の乱入により、今まで上向いていた受験者達の士気は一気に瓦解し、今まで押し込まれていたイルミティ共がお返しとばかりに憎き敵を食らっていく。


 その間に虫共もコズモファンズにくびき殺されていくが、数だけは多い彼らにとっては些細なことでしかない。


 一人、または一匹が肉の塊へ還っていく中、運良く乱戦から逃れたメンバーが出来ることは、遮二無二寄ってくる化け物共の頭を密かにぶち抜きながらポッドに向けて転進することだけ。

 この状況でレリックを回収するなど誰もが夢にも思わなかった。


「駄目だな、この人数差では虫共と反社野郎をまとめて押し退けるなんて到底出来ない」

「はっ! だったらどうする? 媚びへつらって命乞いでもやるか? 言葉の通じない連中相手によ」

「そんな無謀な真似はしないさ。 この試験を主催している組織がまともな集団なら助けを寄越してくれるだろう。 あの“安全装置”とやらを寄越して」

「おいおい、本当にアテになんのか?」

「なぁに、動く気が無いのならこっちから叩き起こしてやろうじゃないか」

「……あぁ、なるほど」


 優等生にチンピラと、それぞれ試験官に名指しされた受験者は、互いに無駄口を叩き合いつつも自分達が生き残るために何をするべきかを察すると、支給されていたグレネードを未だ助け船を出さないポッドの中へ投げ込んだ。


 ドォン、ドォンと、セキュリティドアの奧から爆音が鳴り、小綺麗だったモニターや座席の残骸が飛び出してくる。 下手すれば弁償どころか即失格の判断を下されるだろうが、強力なアンプの装備が法的に認められていない以上、受験者達が生き残る可能性は一つしかない。


 程なくして、その賭けに勝ったことを知らせるアラームが地下空洞に鳴り響く。


『重大インシデント発生。 保安要員の出撃承認。 暫定芋虫階位“ピルグリム”様、アンプの使用を許可します』


 突然攻撃に晒されたことで露骨に不機嫌になった試験監視AIが、今まで頑なに閉じていた出撃用ハッチを展開すると、そこから一筋の閃光が飛び出した。


 赤黒く無骨な左腕と、青白く鋭い右腕から色違いの炎の噴き出し、一直線に飛翔する“巡礼者“と称されたそれは、今まで好き放題暴れていた狂人の横腹を殴りつけ、易々と地下空洞の端まで吹っ飛ばす。


 アンプの性能を十全に引き出したからこそ可能な超加速を目で追えるものは、今この場で誰一人としていない。


『グバッ!? 何だお前は!ここは私が買った家だぞ!一体何を……』

「黙れ。 今からテメェを始末する。 それが俺に任じられた仕事だ」


 腹の底から凍るようなゾッとする声で処刑宣告を囁いたそれは、壁に激突する前に空中で狂人に追いつくと、無骨な左腕で狂人の膨らんだ腹部を貫き、そのまま重要部品を掴み出した。


 心臓付近に埋め込まれていた違法アンプのコアパーツを。


『ウガァーッ!?』

「テメェが狂ってない人間であるのなら、己のエゴの証たる名を名乗れ」

『助けてパパ! 強盗よ! 殺される!』

「……人の話すら理解できないなら、ここで終わりだ」


 最後通牒たる簡単な問いかけにも答えられず、狂人はただふがふがと妄言を吐くばかり。


 末路は決まった。


「あばよ」


 ピルグリムは一言、慰めのように別れの言葉を紡ぐと易々とコアパーツを握り潰すと、勢いそのままに狂人の頭蓋を殴り砕いた。


『バワッ!?』


 奇怪な断末魔が響くと同時、狂人の体内に搭載されていたアンプが連鎖的に異常動作を起こし、遺された死体を水風船よろしく破裂させて汚い臓物をぶちまける。 これで空洞に残った敵は、銃器で処理できる程度のイルミティ共のみ。


「コズモファンズ“ブラックワンボックス”の排除完了。 これでノルマは達成したはずだ」

『ご苦労様でしたピルグリム。 これで貴方のマイナス超過していた社会信用コストは清算されました。 ハイヴへの登録も正式に認可され、晴れて採掘都市での文明的な生活が許されるでしょう』

「御託はいいからさっさと皆を回収しろ。 俺がヤツを仕留めている間にも他の連中だってやるべき仕事をやっている」


 通信用アンプ越しに聞こえてくる試験監視AIの生意気な物言いを一蹴しつつ、ピルグリムは踵を返してポッドに向かって飛ぶ。 その道中に見えたのはレリックや傷病者を急いでポッドに格納する兵士と、散らばった死体やスクラップからめぼしい資源をめざとく回収していくチンピラの姿。


 彼らを守るようにピルグリムは空中をぐるりと旋回し、生存者全員がポッドに避難したのを確認すると、己もその中に飛び込んだ。


 その瞬間、レーザードリルの膨大な熱量を爆発的な推進力へと変換し、探査ポッドは勢いよく上昇を始める。


 化け物共の血潮で汚く染め上げられたそれは、自ら掘り進んだ坑道を一気に駆け上がると、眩い陽の光溢れる外へと飛び出した。


 天を貫くいくつもの摩天楼、空を飛び交う無数のフローティングキャリアー、そしてここが隕石の上とは思えぬほどに広大な草原が広がる豊かな土地。 地獄のような地下の環境とは相反する光景が、焦げ痕だらけのモニター内に映り込む。


『……通信復旧、おかえり受験者の諸君。 レリックの回収は上手く行ったようだな。 具体的な論功行賞は後ほどとなるが、とりあえず今回生きて帰ってきた連中は全員合格だ。 改めて“パンドラシティ”へようこそ余所者の諸君。 我々は君達を歓迎する』


 誰もが生きた心地がしない様子で黙り込む中、空気を読めない試験官のアナウンスがポッド内に響き始めるが、それに応対する者は誰もいない。 もっとも、その反応を試験官も予想していたようで、適当に言いたいことを喋り倒すとまた勝手に通信を切ってしまった。


 今、ポッドの中に響くのはゴウンゴウンという機械の無機質な振動音だけであり、行きがけの元気を保ったまま雑談に興じられる者などおらず、ほとんどの受験者が放心したように座り込んでる。


 その中で一人、無傷のまま壁に寄りかかって立っていたピルグリムは、モニターに映し出された目まぐるしく変わる外の風景を見つめながら独り言ちた。


「……やっと辿り着いたぞ兄貴。 アンタが巡った旅路の一歩に」


 今の瞬間まで固い表情を貫いていた青年は、ふと寂しげに笑い、握り込んでいた拳を力無く解く。


 その脳裏には、懐かしい光景が過っていた。


 歳の離れた兄が伝説としてこの街に名を刻まれる以前、仲間と共に意気揚々と去って行く在りし日の背中が。

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