幼少期 16話 俺に集まる大量の肉食獣の視線……。
この一週間ほどで生まれてからの五年分以上の、いろいろな成長を遂げた俺(精神的成長はあまりしていない)。
放置ゲーの放置ゲーたる所以(ゆえん)――何もしなくともアイテムや経験値が溜まってゆくと言う、とんでも性能で異世界で旨い飯が食えそうである!
ほら、正直に言うけどさ。うちって貴族様ではあるけど……食事の中心は豆とか草(山菜)じゃないですか?
あれだぞ? 野菜いっぱい食ってれば健康的だとか思ってたら大きな間違いだぞ?
そもそも飽食の世界、それも食に対するこだわりが世界有数の日本で暮らしてた、毎日何らかの肉を食ってた人間が三食豆生活とかちょっとした拷問だからな?
もしも俺が日本人じゃなくアメリカ人だったら帰国後に何らかの裁判を起こしてるからな?
もちろん異世界から帰る手段なんて無いし、帰りたいなんてマイクロファイバーの先っちょほども思ったことはないけど。
「というわけで朝からガッツリと肉が食いたいので来ました」
「えっ? あっ、はい、いらっしゃいませ……
いえ、でもボーゼル様は昨日お出しした猪肉をほとんどお召し上がりにならなかったと伺っておりますが」
そんな俺が朝から早起きしてやってきたのは屋敷の厨房。
食堂のおばちゃん……と言うほどの年齢ではないな、お弁当屋さんの看板娘のようなシェフのお姉さんの元を訪れていた。
何のためかは……言わなくとも分かるよな?
「うん、あれは……駄目だ。その血肉を分け与えてくれた牙猪には悪いけど処理が悪すぎてとても食えたもんじゃ……
いやいやいや! 別にお姉さんの事を責めてるとかじゃないから! だからそんな泣きそうな顔をするのは止めて?
ほら、お姉さんは絶対に笑顔のほうが可愛いから!
あの肉は遠い所から持って帰って貰ってる時点で食材としても素材としてもかなり問題があったからね? お料理の腕前どうこう以前のモノだったからね? だから責任を感じる必要なんて一切無いんだよ?」
「お、お、お、お姉さん!? 今、私のことをお姉さんと呼ばれましたか!?
……お姉さん……お姉さん……お姉さん……殿方から、それもこんなに愛らしい方から姉と呼ばれることの何という心地よさ……好き……結婚したい……」
「なんでやねん」
「……申し訳ございません、少々天に召されかけ意識を手放しておりました……ではなくてですね。
料理の腕のフォローをしていただいたところ大変申し訳無いのですが……現状ではお肉といえば昨日の猪肉、それも昨日お召し上がりいただいたモノの残り物……ぶっちゃけますとボーゼル様にお出し出来るような代物ではございませず」
「フフッ、そんなことは百も承知!
これから朝ご飯の用意で忙しいのにもうしわけないけど……そうだな、まずは部位ごとの味の違いを一通り試してみたいし……そこのテーブルの上にお皿を並べてもらってもいいかな?」
「??? はい、ご命令とあらばお皿くらい百枚でも二百枚でもお屋敷にあるだけかき集めて並べさせていただきますが」
さすが貴族家に仕えている人間、『このクソ忙しいのに皿なんて並べてどうするんだよ……』と思っているであろうにそれを口にすることはなく、近くで朝食が出来るのを待っていたメイドさんや騎士団員なども総動員して机の上に次々と皿を広げてゆく。
……いや、五枚くらいで十分なんだけど……。
何が楽しいのかみんなで鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌に、まるで火事場のバケツリレーのようにお皿(陶器製ではなく木皿)を受け渡しして……アッ! という間に机一面皿の海である。
そんな大型犬みたいな顔で褒めて欲しそうにこっちを見れれても……。
これ、もしも俺が皿を五つくらいしか使わなかったら絶対に全員で悲しそうな顔するよな?
幸いにも? 俺のインベントリ内には一晩で数百キロの肉が溜まってるから全部の皿を埋めてしまうことなんて造作もないことなんだけどさ。
でも無駄に並べてもお肉が痛んじゃうだけだし? とりあえずは味見をしてからってことで、牙猪……豚の上ロース、上バラ、上ヒレと……これ、百グラム単位とかで取り出しは……あ、インベントリ内でキロ表示だったのがグラム表示に小分けにされた……とりあえず百グラムずつ取り出す。
使ったお皿? もちろん一枚だけだである。
「とりあえずスライスして焼いてもらってもいいかな?
素材の味を確認したいから味付けは塩胡椒だけでお願い」
「……えっ? いえいえいえ……
えっ? ええっ!? ボーゼル様、お手には何も持ってらっしゃいませんでしたよね!?
そのお肉……お肉……でいいんでしょうか?
こんな、艶めかしいまでのピンク色をした赤身のお肉なんて今まで見たことも無いんですけど……」
「話せば長くなるから詳しい説明は省略するけど、俺の天職の一部だと思ってくれればいいよ」
「えっ? リリアからボーゼル様の天職は天下無双の弓使いであると聞いたのですが……
あと、うちには胡椒などという超高級品はございませんので臭い消しはおろしニンニクを使わせていただきますね?
とはいえ、まったく血のまわっていない、新鮮なこのお肉に臭い消しが必要だとも思えませんが」
頭の上にはてなマークをいっぱい並べながらも手際よく、五ミリくらいの厚さに肉を切り分けて熱したフライパンの上に並べてゆく。
もうね、肉の脂の溶け出した匂いに焼いたニンニクの強烈な匂いが合わさって……。
毒見というか味見というか、焼き加減の確認のために肉のかけらを口にするお姉さん。
「なっ!? 何ですこれ!? 確かにお肉は美味しいものですけれども!
脂の甘み、そして噛まなくとも赤身から溢れ出すお肉本来の肉汁の旨味……ああ、ボーゼル様のお肉……ボーゼル様のお汁……
こちらはほとんど脂が無く赤身だけなんですね……切り分ける時から筋などはまったく包丁にあたりませんでしたが……脂身のほとんど無い赤身がこんなに柔らかいの!? それぞれに個性のある三つの部位がそれぞれに違った味で楽しませてくれるとか……凄い……ボーゼル様のお肉……凄いです……」
「猟奇的な発言止めろや!
それは俺の肉ではなく牙猪の……高級な豚肉だからな?
てか俺が味見する前に全部食っちゃってるじゃん!」
三種類の肉を百グラムずつ出してあったのに全部食いやがったぞこいつ……。
「えっ? あれ? いつの間にかお肉が無くなって……
はっ!? も、申し訳ございません!!
主の食事、それもあれだけの高級食材であるお肉を一欠片残さず盗み食いしてしまいました!
なんたる不祥事……なんたる不始末……
この場で皺腹十文字にかっさばき、死んでお詫びさせていただきます!!」
「そういうのいいからとっと俺の分も焼いて欲しいんだけどね? とりあえず味は大丈夫そうだから……
そっちでお皿並べを手伝ってくれてたみんなも一緒に……いや、いつの間にかいっぱい増えてるな!? よかったらみんなも食べて」
「「「「「もちろんいただきます!!」」」」」
「お、おう。まだ寝てる人がいたら何事かと飛び起きちゃうから静かにね?」
うちで寝起きしてる使用人ってたしか全部で五十人くらいだったよな?
朝食だし一人百グラム……いつもはおっとりとした雰囲気のメイドさんの目が血走ってる……一人三百グラム……五百グラム……流石に一キロはいらないと思うけど……昼の分と夜の分の含めて百キロ……足りないと暴動が起こりそうな雰囲気だし余裕を持って二百キロほど出しておくか。
いつもならおかんとマリべと奥の私室で三人での食事となるのだが、厨房に来たついでもあるので焼き立ての肉を使用人のみんなと一緒に、朝から凄まじいまでのパワーモーニングを堪能した俺。全員お腹ポッコリしてるんだけど、それはこの後の仕事は大丈夫なのか?
もちろん食後に、おかんの執務室にお呼ばれすることになったわけだが。
……まぁいつもと同じように運ばれてきた朝ご飯に、いつもとは違う見たことも食べたこともないような肉が並べられてたらその出所を詳しく聞くのは当然だろうからな。
そしてそれが俺が出したもの、それも何も無い所から肉を取り出したとか聞かされたら意味が分からなすぎて説明くらいは求められて当然だわな。
ああ、豚肉に関してはもちろん美味かった。いやマジでさ、美味い肉って豚さんでも牛さんでも脂の旨味が凄いんだよ。
ぜひとも昼飯はポークチャップ……ケチャップなんて有るはずないか。
プレーンなオムレツっぽいのとか山菜と卵の炒め物は食卓に上がった事があるから多少の卵はあるみたいだしピカタなら可能?
晩飯はもちろんとんかつ! それも一口カツじゃなくて棒ヒレのとんかつが食いたい……ラードの取り方って豚の脂身を少しの水で煮立たせるで合ってるのかな?
胡麻ダレかポン酢があれば豚しゃぶ……鍋の持ち運びが無理なら冷しゃぶでもオッケーだし、酢はあるから酢豚も出来そう?
くっ、一人暮らしがそれなりに長かったから多少の料理くらいは出来る……などと思われるかもしれないが、家では電子レンジを使う(冷凍、レトルト、スーパーの惣菜)かお湯で茹でる(乾麺、レトルト)くらいしかしたことないからなぁ。ご飯も炊飯器じゃなくレンジのご飯だったしさ。
俺、機械化弓兵をマスターしたら次は料理系の職ににクラスチェンジ……いや、そもそも機械化弓兵のレベル自体まだゼロのままなんだよな? なら今から料理人にクラスチェンジしても何のデメリットも無くね?
『たしかにその通りですが……あなたは一体何を目指してるのでしょうか?』
……そうだった。俺の目標はおかんにあれだけのことをのたまったローランヌゴリラに仕返しをすること。
そして現状で面倒くさい嫌がらせをしてくるリュンヌ家の婆様をギャフンと言わせること。
……それでもほら、英気を養うためにも? 美味しい食事は大事だと思うんだよ。
田舎貴族にしては広いとは言えそこまで屋敷内の移動に時間が掛かるほどでもなく。
考え事をしているうちにおかんの執務室の前まで到着する。
軽く扉を『コンコン』と二度ほど叩き、『母様、ボーゼルです』と中に声を掛けると中から返事の声とともにマリべが扉を開いてくれる。
無いとは思うけど、いきなり扉を開けたら二人が全裸だったとか洒落にならないからな?
「いらっしゃいボーゼルちゃん! 朝ご飯美味しくいただいたわ」
「そうですね、私もあれほど美味しいお肉は初めていただきました」
普段通り、機嫌の良さそうな二人……なのだがその表情から『さて、どう話を切り出そう……』というような色が見て取れる。
「それで……その、いきなりなんだけど、ボーゼルちゃんの天職は弓使い系統の能力、それもおそらくは狩人系の天職で合ってたわよね?」
「んー、三割くらい正解……かな?
そもそも俺が持っているのは、神様から授けていただいたのは天職ではなくギフト――祝福ですので」
そう告げた途端にシンと静まり返る室内。
「ボーゼル様……今、ボーゼル様が授けられたのは天職ではなくギフト……ギフトと言われましたか!?」
「なっ……ギフト……ギフトですって……」
あれ? 俺の予想では『あら? ギフトって何なのかしら?』って反応を想像してたんだけど……もしかしてまた何かやらかして
「……それでその、ギフトと言うのは一体何なのかしら?」
あっ、やっぱり合ってたんだ……てか最初からややこしい反応するの止めて?
あと自分自身でもまったく理解できていないし使いこなせてもいない能力だから、それを説明しろって言われても答えようが無いという……もちろんユウちゃんに質問すれば詳しく教えてくれるんだけど、『何を質問すれば良いのか?』から考えないといけないんだよな。だから多少いきあたりばったりではあるが、その場その場で質問するほうが効率が良いという。
「んー、なんと言えばいいか……
そうですね、何者でもないけど何者にでもなれる力……ですかね?」
なので、とりあえずは意味深な事を言ってごまかしておくことに。
「何者にでもなれる……ですか。それはつまり、私の旦那様にも」
「それは無いって口が酸っぱくなるほど言ってるよね?」
「どうしてですか!?」
だから身近な女性すぎてお嫁さんじゃなくお姉ちゃん的存在になってるからだと何度も言って……いや、そう言えば口に出した事は一度も無かったな。
「まぁそんなことよりですね、今回豚肉……牙猪の肉が出せるようになったのはマリべと騎士団のみんなが牙猪を生け捕りしてきてくれたからなんですよ。
それで、肉の他にもこんな感じのモノも出すことが出来るんですけど」
「私の幸せな結婚生活を『そんなこと』の一言で流してしまうとはなんたるオニチク……でもそれでこそボーゼル様……」
「そうね、ボーゼルちゃんのお嫁さんはお母ちゃまですものね? それで、まさかとは思いますがあの泥棒猫に手紙のお返事を出したりはしていないわよね?」
などとのたまうマリべの事は放置――もちろんおかんの事も放置して二人の前に牙猪のなめし革、毛皮、牙、角を並べる。あと姫様に手紙の返事はしたためたんだけどそれを王都に送る手段が無いという。ライラは手紙を受け取ったらすぐに帰っちゃったしさ。
睾丸は出さないのかって? いや、そんな臭そうなもの触りたくもないから出さないからね?
何も無い所からいきなり現れたそれらの品物に二人揃ってしばしの放心状態。
すぐに立ち直ったマリべが毛皮を、おかんがなめし革をその手に取って隅々まで、まさに舐め回すように確認する。
『その姿、新妻の掃除に粗が無いか確認する鬼姑と小姑の如く』
……確かにちょっとだけ思ったけれども。
「……これほどの大きさの、これほど完全な状態の牙猪の毛皮など今まで見たことがありません。
もしも大貴族の屋敷に持ち込めば、これ一枚に一体どれほどの値が付くやら……」
「こちらのなめし革も何の瑕疵も無い、斑(むら)なく磨き上げられた完璧な一枚皮ね。
牙猪の皮革は鎧の素材として一級品、これほどの一品であれば剣帯、馬具、腰帯などの身につける装飾としても引っ張りだこになること間違いないわ」
「牙は切り出してアクセサリーに、角は薬の材料として……ああ……もしもここに睾丸があれば、今すぐにでもボーゼル様に煎じて差し上げますのに」
「あら、睾丸はカラカラになるまで陰干ししてからすり潰すのではなかったかしら?」
キン○マを煎じて飲ませるとかどんな拷問だよ!? もちろん粉状になっていたとしても飲まないけどな!
「これらと朝食で食べた肉で……今回の王国から支援を反故にされたことをどうにか賄えないでしょうか?」
二人が顔を上げ、こちらをジッと見つめる。
「そうね、可能か不可能かで言うならば……可能だけど不可能……かしら?」
何その哲学的な返事……。
「ええと、つまり……どういうことでしょう?」
「それはもちろんボーゼル様が危険にさらされてしまうからですよ。
そもそも牙猪のお肉は昨晩食べたお味、固くて臭くて革靴の底みたいなモノが普通なんです。
それがあのような上級貴族の食卓にも並ばないようなお味のお肉を領民に配ったら……一体どうなると思います?」
「どうなる……嬉し涙を流しながら食べる?」
「ボーゼルちゃん、人というのはそれほど単純な生き物ではないのよ。
確かに最初の数日は喜んで食べるでしょうね」
「そしてその次に考えるのは『これって高く売れそうだな?』という事です。
領民が近隣の村に居る知人に売りさばき、それを食べた近隣の人間がさらに離れた村の知人に売りさばく」
「そうね。ここは王国の外れも外れ、領内で消費されているうちは何の問題もないのだけれど……もしもそんなお肉の話が王都まで、いえ、王都まで行かなくとも大きな街を納める大貴族の耳に入ればどうなると思うかしら?」
「……なるほど。詳しく肉の出所を探られるわけですか……」
「そのとおりです。おそらく最初は大狼の森で獲物を狩り、それで領民を養っていると思われるでしょう。
お味のほうもまぁ……何か特別な方法で捌いているとでも考えるでしょうか?
でも、それが数日ならともかく、毎日数百人の人間を食べさせられるだけの量を確保しているとなれば話は変わってまいります。
安定して牙猪を狩ることなど子爵家が養う騎士団程度では不可能であるとすぐに思い当たるでしょうからね」
「マルテ家、ジュール家、サターナ家、そして王家。もちろん話が伝わればリュンヌ家からも密偵が来るでしょうね。
そしてそれを用意しているのがボーゼルちゃん、あなただと知られてしまえば……良くて軟禁、普通なら暗殺ね」
「えっ? 数百人を養える程度の肉を用意出来るってだけで暗殺されるの!?」
「ボーゼル様は貴族の欲という物を軽く考えすぎではないかと。
他では出せないような美食、そしてこれだけの毛皮やなめし革、牙に角はそれなりの力になります。
そしてそれを縁を切った娘が、馬鹿にしたその息子が取り仕切っているとなれば……あの連中はどう思いどう反応するでしょうか?」
あのオバサンの事だから、きっと睨むだけで人を殺せそうな顔で歯ぎしりをしながら悔しがるだろう。
そしてその後、仕方なくこちらに頭を下げて取引きを求めてくる……なんて事は絶対にないな。
もちろんオバサンだけでなく、あの婆様がそのまま事を流すようなはずも無いだろうし。
あれ? せっかく売れそうな物が用意できたはずなのにそれを売る事が出来ないとか、これもう完全に詰んでるんじゃね?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます