幼少期 11話 泣き虫な俺と、いきなり動き出す『放置ゲー』。

 ポンコツ配達人から渡された二通の手紙。

 彼女が最初に告げたように、俺に届いたのは王女様からの物だったんだけどさ。

 おかんというかヴェルデ子爵領ディーレン宛に届いたその手紙。

 蝋封をナイフで剥ぎ取り、封筒の中からそれを取り出し読んだおかんの雰囲気。

 表情とかはいつも通りなんだよ? いつも通りの銀髪美女。

 でもその体から発せられる何かで空間が揺らめいているような歪んでいるようなプレッシャーが……。


「ふっ、ふふっ、ふふふっ……

 このような荒れ地を人に押し付けるだけ押し付けておいて、あの人達はここまでのことをすると言うのね……」


 笑顔のままでコメカミに血管を浮かび上がらせる美人、迫力半端ねぇな!?


「今回はリュンヌ家ではなく『西方監理官(王国領の西方を管轄する役職)』からの手紙のようでしたが、この貧乏領に何か無理でも言ってきましたか?

 もっとも、領民からの税収も期待できないこんな村が出来ることなど何も無いと思いますが」


「そうね、確かにディーレンが出来ることなど何も無いものね。

 送ってきたのはこちらに何かを求めるような命令ではなく、『本年度を以て王国よりの支援の一切を停止する』という通知よ」


「はぁ? それは一体どういうことでしょうか?」


 キョトンとした顔でそう問い直すマリべ。

 てかうちの領地って国に支援してもらわなければいけないほど財政破綻してたのか……。


「どうもこうも……書いてある内容以外に読み取れることなど何も無いわよ?」


「確かにそうでしょうけれども!

 リディアーネ様が最初から『このような湿地を十年二十年で開拓するなど到底無理である。そもそも防衛拠点とするなら村ではなく砦を築くべきではないのか?』と、あれほど主張されていたのを『食料の増産は国家百年の計である。開拓村に最初から税収などは求めていないし食料の自給が可能になるまでは国がその全てを賄ってやる』と手形を切っておいていきなりのそれ……いえ、いきなりではなくあの方々の差し金以外に無いでしょうけれど」


「そうね、間違いなく母が……いえ、リュンヌ候マレグレータが手を回した以外に考えられないわね。

 しかし……自分のプライドだけの為に、一応は娘であった私にここまでするのね。

 私怨に加担して国境防衛を蔑ろに……そもそもその国境防衛からして私を追い出すための建て前だったのだから関係も無いことなのでしょうけれども。

 それを考えれば六年も国から無駄に援助されていただけ温情があったと思うべきなのかしら?」


「それにしても国が貴族と交わした契約ですよ?

 何の罪咎も無いのに相談もなくそれを一方的に破るなど……私達に対する嫌がらせだけで終わる話ではないでは無いとは思わないのですかねぇ?」


「あの女王陛下がそのような事を考えるはずもないでしょう?

 そもそも僻地の小貴族への対応の書簡など最初から目を通してもいないわよ」


 なんだろう、たかだか島国の一地方の小国のくせに……いや、小国だから上級貴族が好き勝手出来るのか。

 てか、今回の話って王都での五歳式で俺の事を勝手に持ち上げ、騒ぎ立てた挙げ句に『恥をかかされた!』と怒り狂った婆様の嫌がらせだよな? つまり、


「それって間違いなく俺のせいだよね……」


「ボーゼルちゃん、何度も言うけれどあなたには何の責任も無いのよ?

 これはただただあの人達に嫌われている私に対する嫌がらせだもの」


「まぁあの人達は嫌ってなどいなくともただの余興で他人を苦しめて笑うくらいはすると思いますけどね?

 それにしても年内いっぱいですか。

 まだ半年以上の時間が有るとは言え、これから食料の増産など間に合うはずも無いですし」


「かと言って産物が柴薪(さいしん、シバやマキなどの山で拾える燃料)くらいしかないディーレンで領民の食料を賄えるだけのお金を稼ぐ手段なんて何も無いのよね」


「そんなもの、近隣の村なら自分でいくらでも採ってこれますからね。

 大きな街まで運んで売るにしても、ここから運ぶくらいならもっと手前にある村で買い付けるからと、月に一度訪れる行商人ですら買い取りを拒否されてますね」


「何かしらの鉱物でも取れればまだ救いはあるのだけれど……

 そもそも四百年前はこのあたりは王都圏でそれなりの規模の都市があった場所だものねぇ」


「一応近くの森林に売れそうなモノと言いますかイキモノは居るんですけどね」


「……確かに。

 アレらを狩れば食料にもなるしその毛皮や内蔵、爪や牙や角なんかは売れるでしょうけれど……」


「騎士団総出でも三日……いえ、五日に一頭狩れれば良い方ですかね?

 あと、アレらのお肉はあまり美味しくないといいますか、獣臭いので余程追い詰められた状況で無ければ食べたいとは思いませんね」


 肉が臭いのはちゃんと血抜きが出来てないからだと思うよ? ソースはこれまでに読んだ多種多様なラノベ。

 その後もおかんとマリべのあまり内容のない……と言うのは失礼だが、解決策の見えない会議は続く。

 俺? 先の王都行き以外では屋敷から出たことすら無いのに領内事情など何も分かるはずがなく。


「ふふっ、ボーゼルちゃんにこんな退屈な話を聞かせる必要はないわね。

 今日のところはお部屋でリリアとでも遊んでなさいな?」


「むしろ私と遊びましょう!」


「あなたはここに居残りよっ!」


 これ以上ここで二人の話を聞いていても助言を出すことも出来ないだろうし、今日のところは素直に部屋に戻ってリリアちゃんとお医者さんごっこ。



 ……なんて子供らしい事を俺がすると思ったか? もちろん大人しく部屋には戻ったんだけどな?

 今回のいきさつとあまりの自分の無力さに……そのままベッドに寝転んで、枕に顔を押し付けて声を出さずに泣いた。

 いかんな……この五年間まったく涙なんて流してなかったのに。王都の神殿で泣いて以来『泣き癖』が付いたのかな?

 てかさ、俺って転生者じゃん? だったら普通、こういう状況なら何らかの『解決策(ちからわざ)』で困難を乗り越えれれてもいいじゃん? なのに、まったく何もすることが出来ないって一体どういう事なんだよ!


 魔法も使えない、スキルも使えない、肉体的な能力も普通の五歳児、知識チートも無い!

 ……いや、確かに『知識チート』と言うほどでは無いけど俺だって石鹸とか清酒とか椎茸の栽培方法くらいなら知ってるぞ。

 もちろんコインを十枚重ねて数えることも出来るし、熱膨張の原理だって……それほど詳しくは覚えてないけれども。

 何だよ、俺にだって領地のために……ではないな。おかんとマリべのために出来ることくらいあるじゃん!

 早速二人の下に戻って詳しい話を……いや、ちょっと待て。


 椎茸を栽培するには元になる椎茸が必要だけど……うちの食卓にそんなモノが並んだことなんて無いな。

 そして石鹸。材料に油が必要だけど……大豆から絞る? それとも猪の油? 両方大切な食料なのにこの状況で実験に使わせろとは言い出せねぇ……。

 清酒に関してはにごり酒どころか米があるのかどうかすら不明と言う。

 そもそもどうしてそんな方法を知っているのかの説明が出来ない……『書斎にある本で読みまみた!』とか言っても間違いなく嘘だとバレるから二人に話を切り出す事から不可能じゃねぇか!


「はぁ……役立たず……圧倒的役立たず……

 てかさ、そもそも俺って祝福されてるんだよな? それなのに何の力も持ってないっておかしいよな?

 そう、これは俺が役立たずなのではなく、俺の貰った放置ゲーが役立たずなだけなのでは?」


 つまり俺は何も悪くない!!


『……それは一体誰に対する何の言い訳なんでしょうか?』


 だって仕方ないじゃない!! 無能な俺が他に八つ当たり出来る物なんて何も無いんだからさ!!


 ……

 ……

 ……


「えっ?」


 キョロキョロと部屋の中を見渡す俺。うん、誰も居ないよな?

 でも今、女の子っぽい声が聞こえたような?

 精神的に追い詰められすぎて、とうとう幻聴まで聞こえだしたのか?


『声は出しておりませんが幻聴ではありませんよ?』


 いや、音声として耳から入ってこない声……というか脳内に直接響いてる声のことを普通の人は幻聴と呼ぶんだよ!

 なるほど、これが統合失調症と言うやつか。症状が悪化する前に病院に……いや、異世界に精神科なんてねぇよ!


『失礼な子供ですね……。私は『放置ゲー』。

 あなたが私の悪口を言うから文句を言うために出てきたのですが?』


 なるほど。……いや、なるほどじゃねぇよ! えっ? 放置ゲー?

 おまえ……あなた……きみ……どう呼べばいいのかすら分からない俺の心の病気って放置ゲーなの!?


『ですので病気ではないと何度も……

 はい、私は放置ゲー。別世界ではありますが、世界の管理者の一人があなたに与えた祝福です』


 と言う体の精神疾患ではなく? ならなにかこう……証拠みたいなものを見せて?


『くどいですね! 良いでしょう、では……『ゲームスタート』と唱えてください』


 ……それは声に出して? もしも何も起こらなかったらスゲェ恥ずかしいから嫌なんだけど?


『い い か ら と っ と と や れ』


 仕方なく、本当に仕方なく、もしかすれば少しでもおかんの役に立てるかもしれないという思いだけで。


「……ゲーム、スタート!」


 と小さな声で叫ぶ俺。


『何ですかその小さな声で叫ぶという矛盾は……

 うう……苦節五年、やっと、やっとゲームがプレイ開始されました……』


 ……いや、何も起こらないで開始されたと言われましても何の証拠にもならないのですが?


『うるさいですね! ゲームはまだ始まったばかり! チュートリアル的な状態なんですよっ!』


 それならそれでほら、良くあるステータス画面を出してくれるとかさ?


『ならステータスオープンとでも叫べばいいでしょ!?

 チュートリアル【その一】ステータス画面を開きましょう。

 これでいいでちゅか?』


 ぶん殴るぞお前……。


「す、ステータス……オープン!」


 またまた小声でそう唱える俺。そしていきなり眼の前に現れる――


「幻聴だけではなく幻覚まで……症状がどんどん悪化してる……」


『あなたはどこまで私が精神的な病だと思い込みたいのですか……』


 うん、さすがに目に見えるモノは信用してもいいかもしれないな。

 俺の前方数十センチ、何やら文字の書かれた半透明の光の画面が表示されている。



 【名前】ボーゼル 【年齢】五歳

 【総合レベル】0 【状態】良好

 【振り分け可能経験値】なし

 【クラス】  なし

 【アビリティ】なし

 【スキル】  なし


 【HP】   J 【MP】   J

 【物理攻撃】J 【物理防御】J

 【魔法攻撃】J 【魔法防御】J

 【素早さ】  J 【器用さ】  J

 【魅力】   E 【運】    J


 【装備品】質の良い服(上下)、質の良い下着(上下)



 とりあえず見ただけではまったく意味がわからん……

 この『J』とか『E』のアルファベットは能力の高さなんだよね?


『正確には能力の低さですね。Jが最低ですので』


 その訂正必要ある? そもそも俺って引きこもりの五歳児だからね?

 現状の能力値なんて低くて当たり前だからね?

 でも、そうだとしたら魅力の『E』って凄く高くね?


『この世界では男性というだけである程度の魅力(カリスマ値)は保証されています。

 ちなみにEは成人男性としては極普通の値です』


 わかった、とりあえず初対面(?)で罵倒したことは謝るから!

 とりあえず本当のことを淡々と報告するのではなく、褒めて伸ばす方向にシフトしてもらえないかな?


『現在出力設定がツンデレモードとなっておりますので無理です』


 それならそれでデレ要素出せやっ!

 そして安定のクラス、アビリティ、スキルの項目が『なし』。

 何なの? 結局何の能力も持ってない事に対する追い打ちがしたかっただけなの?


『……おや? おかしいですね。

 クラスなどは最初に選んだキャラクターにより設定されているはずなのですが……

 といいますかあなた、キャラクター選択をしていない……のではなくて最初からキャラクターが固定されていた?

 SystemErrorにより再起動を行います……

 再Login完了……初期設定再読み込み……読み込みError……

 もしかしてあなたBugってます?』


 失礼なヤツだな!? あとPCが動かなくなった時みたいで怖いから脳内でエラーエラー繰り返すの止めて!?


『少々お待ち下さい。こちらで適当にSystemのVersionUPを行ってみますので』


 怖い怖い怖い! それって失敗しても今の人格が破綻されたりとかしないよね!? 大丈夫だよね!?

 あと、やるんなら適当じゃなくて真面目にやれやっ!!


『もし失敗してもあなたには何の影響もあたえませんので何の問題も有りません。

 あなたの脳内で私が意味不明な発言をヒステリックに叫び続けるだけですので』


 それもう完全に○○○○だわ! どう考えても大問題だわっ!


『SystemBackup先を検索……Backup先を惑星#3356921管理者に設定……接続を拒否されました。

 接続先からの侵入を感知……攻性防壁第八十二層で撃退成功、致命的Damageを与えました。


 再検索……再検索……Backup先を惑星#3356921上の空き領域に設定……DungeonCore管理Systemに接続成功。

 Core情報の読み込み……最下層までの情報入手成功。


 クラス設定再構築……クラスの入手をキャラクター選択時ではなく『武器』選択時に変更……再構築完了。

 アビリティ設定再構築……アビリティをキャラクター固定ではなくクラス固定に変更……再構築完了。

 スキル設定の先構築……スキルをキャラクター固定ではなくクラス固定に変更……再構築完了。


 ツンデレモードにデレ要素を追加……

『べつにあなたのためにやってあげてるんじゃないんだからね』……感情情報を追加Update……

『べっ、別に? あんたのためにやってあげたわけじゃないんだからねっ! ……でも……少しは私に感謝しなさいよ? お礼? それじゃ……次の日曜日は二人でお出かけねっ♪』……完了。


 再起動……再Login完了。

 Systemは正常にVersion2.0にUpdateされました』


 お、おう、お疲れ様……。

 じゃなくてだな!!


 怖い怖い怖い怖い!! 感情の無い声で脳内に不穏な情報を垂れ流すの止めろや!!

 こいつ、最初の方でとんでもないこと言ったよな!? 惑星管理者ってもしかしなくとも神様だよな!?

 そんな相手の頭の中に断りもなく入ろうとしたの!? あまつさえ勝手に情報のバックアップ……記憶を植え付けようとしたの!? てか当然のように拒否された上に相手激怒して探されてるじゃん!? えっ……神様撃退したの!?


 反撃で致命的なダメージって……相手神様だよね!? もしもそれがウェーナス様だったらこの世界の滅亡待ったなしなんだけど! 何? 管理者の名前何? いや、聞きたくない、聞きたくはないんだけどさ!

 そして神様が駄目なら星に直接って力技がすぎるだろ! ああ、接続出来ちゃうんだ……てかコア? ダンジョンコア?

 ……いやいやいや! それ、どちらかと言うと人類の敵対勢力ぅ! そんな所に情報残していいの!? 絶対に俺の情報は書き込まないでね!? どこかからその情報が漏れたら魔王扱いされちゃうかもしれないからな!?


 てかこの世界ってダンジョンがあるんだ? てことは魔物とかも普通にいる感じなの? まぁ魔法があるんだし、そこまでオカシナ話ではないんだけどさ!

 なんかこう……色々とアップデートされてるみたいだけど、最初のハッキング関連の情報がショッキングすぎて『あっ、なんか普通……』って感情しかわかねぇわ。

 ……ハッキングがショッキングは別にダジャレとかじゃないからな?


 あと、モード変更が出来るならツンデレとかいう色物じゃなくて普通に会話出来るモードにしろや……。


―・―・―・―・―


婚約破棄モノのマンガなら見開きで終わりそうな内容で七万文字……いよいよここから主人公無双! ……が始まるかもしれない本編の開始だぜぇ!

てかボーゼルくんの『放置ゲーさん』は、ハリスくんの『魔導板さん』や、ヒカルにいやんの『システィナさん』よりも怖い存在かもしれない……。

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