幼少期 08話 パレードが行く。

 王都に到着、侯爵邸を訪れた早々におかんの妹である『ローランヌ』オバサンと一悶着。一悶着と言うか向こうから一方的に絡まれただけなんだけどね?

 マリべの許可が出たのでとりあえず嫌味返ししてやったら某新聞社の山岡さんみたいな捨て台詞を吐いて帰っていった。


「……ちょっとやりすぎたかな?」


「大丈夫です、あの程度ならまったく問題ありません。

 あの方は昔から自分の美貌を鼻にかけて厭味ったらしく他人を馬鹿にしたり、人を使って物を隠したり邪魔をしたりとネチネチ陰湿な嫌がらせをしてくる程度の小者でしたので、こちらに直接的な危害を加えることは無いでしょう。

 はぁ……どうしてあの様な性格の悪い女があれほど美しいのでしょうね……」


 面倒くさい構ってちゃんみたいなヤツだな。

 あと『美しい』に対したは一切の同意が出来ない異世界人の俺である。

 まぁそんな、オバサンのことはどうでもいいとして、侯爵家のご当主様というか婆様なのであるが、当然のように到着初日に呼び出しなどあろうはずもなく。

 おかんは先に来訪(帰宅?)の挨拶を終わらせていたみたいだから息子の俺は別に会わなくても問題はないんじゃね? などと思わなくもないが、今回直々に呼び出されたのはおかんじゃなくて俺だしなぁ……。


 翌日も同じ様にのんびりとフリーな時間を過ごし、結局面会が叶ったのは到着から二日後の翌々日。

 繰り返しになるが俺が婆様に会いたくて来たわけじゃないので、多忙を理由にそのまま俺達が帰るまでスルーしてくれてもよかったのにさ。

 午前中に本館の『取次部屋』に案内され、その場で待たされること……おおよそ二時間。


(いや、時間がかかるなら向こうの部屋で待たせろよ……)


(無駄なことですが、これも儀礼みたいなものなんですよ)


(ちなみに私達が通されたのは下級貴族の取次部屋だったわね)


 あー、江戸城でも大名家のランクによって待つ場所が決まってたみたいだもんね? てか、たかだか一貴族が将軍様の真似事とか何様のつもりかと。もちろんリュンヌ家dにそれだけの力が有るって事なんだろうけどさ。

 でも毎度毎度、度が過ぎる寄り子虐めとか相手に嫌われるだけで何も得るものは無いと思うんだけどねぇ? それが貴族の慣例だと言われれば言い返す言葉は見つからないんだけどさ。


 呼び出され、謁見室に通されてからもさらに二十分ほどその場で待たされ、やっと登場したのは護衛らしき騎士様とお付きのメイドさん、ローランヌオバサンとそれにとても良く似た親ゴリラ。いや、ノックくらいして入ってこいよ。

 一応は俺の婆様らしいんだけど……それほどの高齢には見えないな。

 良く言えば精悍な顔立ち(つまり凛々しいゴリラ)、ドレスの上からでも見て取れる、鍛えられた肉体をした三十代後半から四十代前半のまだまだこれからが働き盛りという感じのオバサン。


 てか俺、上位貴族に目通りとかしたこと無いんだけど? これ、一体どう対応するのが正解なんだ?

 横目でおかんとマリべの様子を窺うと……ああなるほど、普通に椅子から立ち上がって頭を下げればいいのか。

 そのへんは日本とそんなに変わりは無いんだな? 何にしても一度ちゃんとした礼儀作法も習っておかないと駄目かもしれない。


「腰をおろしてちょうだい」


 広いソファにおかんと二人並んで腰を下ろす俺。マリべ? 彼女は使用人という扱いなので公式の場では立ったまま後ろに控えている。

 数時間というか数日待たせたことへの謝意などはもちろんなく、そのまま向かいのソファに腰を下ろす推定婆様。


 おかんとは似ても似つかないその外見と、全身から滲み出している攻撃的な雰囲気から身内の親近感とまったくわかねぇや……。

 隣で腰を下ろしているオバサンとはそっくりなんだけどね?


「それで……そちらがあなたの産んだ子供……不出来なあなたが男児を産んだなどと報告を受けた時はまさかと、一笑に付そうかと思いましたが……本当に男の子なのですね」


 こいつらはあれか? うちのおかんを貶さないと会話できない人間なのか?

 思わず睨みつけそうになるが、隣に座るおかんに手をギュッと握られて顔を引き攣らせるだけでグッと我慢。


「はい、間違いなく私の息子です。

 ボーゼル、リュンヌ侯爵閣下にご挨拶を」


 いつもとは違い俺のことを名前で呼び捨てるおかん。てか必要最低限の返事しかしないその態度と婆様をお母様ともお祖母様とも呼ばないその姿勢にかなりの隔意を感じる。

 んーこれ、俺はどう名乗るのが正解なんだ?

 子供らしく可愛らしく名乗る? それともおかんと同じ様に最低限の名乗りだけで済ませる? もちろん必要以上にフレンドリーな対応をするつもりなんてこれっぽっちもないんだけどさ。


「はい、母様」


 ……今回はオバサンに対応した時と同じ、慇懃な態度で行くか。

 その場で立ち上がり、胸に手を当てて九十度に腰を曲げる。

 いや、この国の挨拶に胸に手を当てるのがあるのかどうかは知らないんだけど何となく? やっぱり貴族と言えばこれじゃん?


「まずはこのような若輩者に閣下とのご拝謁の栄誉を賜りましたこと、恐悦至極にぞんじます。

 私はリディアーネ・フォン・ヴェルツの子、名をボーゼルと申します。

 お恥ずかしながら鄙の地より出たりましたことこれまでございませず、閣下のようなお方……貴人とまみえる機会もございませんでしたので何かと無作法もあるかと思いますが、どうか広いお心でのご寛容たわまりますようお願いいたします」


 こちらを値踏みするように見ていた婆様の表情に少しだけ驚きの色が浮かぶ。


「ほう……これはこれは。

 ローランヌよりその年齢にはそぐわぬ程に小生意気……いえ、聡明であるとは聞き及んでおりましたがまさかこれほどとは……

 私はマレグレータ・フォン・リュンヌ。そちらにいるリディアーネの母であなたの祖母にあたります。

 それにしてもリディアーネ、ボーゼルが五歳になるまで報告もしてこないなんて……まぁその件に関しましてはここまでの教育を施したあなたの手腕に免じて問いただすのは止めておきましょう。

 そしてボーゼル、あなたは私にとっての初孫です。

 閣下などとは呼ばず……そうね、気軽にお祖母様と呼びなさいな?」


 えっ? そもそも婆様の事を身内だとは思ってないから普通に嫌なんだけど?


「……そのような勿体ないことを……誠に有り難いお言葉ではございますが、そもそも閣下はお祖母様とお呼びするようなお年ではございませんし……

 もしもお許し頂けるならば、人のない所でだけマレグレータ様とお呼びする事をお許し頂ければ望外の喜びでございます」


「ふふっ、ふふふっ……そう、そうね。確かに私にはまだお祖母様は早いかもしれないわね?

 それにしても……可愛気のない誰かと違いあなたはとてもいい子なのね?

 いいでしょう、あなたの思う通りになさいな。

 リディアーネ、ボーゼルの五歳式の準備はこちらで取り仕切りますのでそのつもりで。

 ボーゼル、今年の式には王家のミリアヌス王女殿下が『祝福者』として参加されるとのこと。

 ……私の言いたいこと、あなたなら分かりますね?」


 何だろうこれ……自分で喋っててなんだけど、体中が痒くなりそう!

 てかいい子……ねぇ? 俺よりむしろ、いまだに婆様を身内だと考えてるおかんのほうがよほど情に厚いいい子だと思うんだけど?

 てか五歳児に『分かりますね?』って何だよ。分かるわけねぇだろうが! ……まぁ言いたいことは何となく俺(オッサン)は理解できるけれども!


「はっ! 殿下とお会いする機会などそうそう得られるものではございませんので……少しでもお家のお役に立てますように、尊きお方と良い縁を結ばせて頂ければと思います」


 『お家』とはもちろんヴェルツ子爵家のことであってリュンヌ侯爵家のことではないんだけどな?


「ふ、ふふっ、あはははっ! ……あなたは本当にいい子ね?

 リディアーネ、式が無事に終わったらこちらに戻って……

 いえ、まずは恙無く式を終えることだけに集中したほうがいいわね。

 そうね、午後にはそちらに仕立て屋を向かわせます。

 ボーゼルだけでなくあなたも侯爵家の人間として恥ずかしくない装いを用意しなさい」


「はい、ありがとうございます」


 部屋に入ってきた時とは違い、笑顔も見える上機嫌で部屋を出てゆく婆様と、憎悪の塊のような顔でこちらを睨みつけながら去ってゆく娘ゴリラ。その後ろ姿はゴ○ラと対峙したキングコングの如く。ゴリラって心優しい生き物だって聞いてたのになぁ……。

 俺はおかんとマリべと一緒にその場で立ち上がり、婆様の背中に頭を下げて見送る。


 言いたいことは山程あるが……さすがに敵地の本丸でそれを口にしないくらいの常識はあるので黙って与えられた部屋、西館までのんびりと戻ることに。

 婆様に会うだけなのに無駄に疲れたわ……具体的な話は何もしてないし。

 きっとまたおかんだけ呼び出されて話を詰めるんだろう。気苦労ばかり掛けて申し訳ない……。


 そしてその日から、侯爵家での俺達の扱い――特に俺に対する使用人や小さいオバサン(ローランヌじゃない二人)の態度が劇的に変化する。

 もちろん嫌がらせが増えたわけではなく、良い扱いに変わったんだけどね?

 まぁ、今までは追い出された娘とその家族だったのが、当主たる婆様が態度を軟化させたことで正式なお客様……もしかしたら侯爵家の娘と孫に出戻るかもしれなくなったんだから、当たり前っちゃ当たり前の態度なんだけどさ。


 侯爵家の孫とか我が世の春を謳歌できそうだって?

 残念ながら婆様のおかんに対する態度は以降もそれほど変わってないからねぇ……。

 俺、嫌いな人間の威を借るような真似が出来るほど人間器用に出来てないんだよな。

 そんな、せっかく対応が良くなったにも関わらず、反対にこちらも気を使わなくちゃならない分生活がし辛くなった今日このごろ。

 式の日までは大人しく、当たり障りなく過ごすことにしておくか。


 もちろんタダメシを食ってただけじゃなく、婆様の主催する晩餐に参加させられたり、その場に侯爵家傘下の他の貴族が参加していたりとクソ面倒なことこの上ないサービス残業のような時間を過ごしてたりもしたんだけどさ。

 ああ! そういえば晩餐の時に初めて爺様にも会ったよ!

 ……爺様ってだけではなくおとんでもあるらしいから、俺の心の中で物凄い微妙な感情が巻き起こったけどな!


 その爺様なんだけど何かこう、野心でギラついた『如何にも貴族家の当主様!』 と言う雰囲気を漂わせている婆様と比較すると……物凄い普通のオッサンって感じでさ。

 文鳥を肩に乗せてる某佐○木さんみたいな? 物静かな、穏やかそうな雰囲気で少なくとも侯爵家に婿入りを望むような覇気のある人間には見えなかった。

 政略結婚で嫁いできた深窓の令嬢みたいな感じ? オッサンだけど。


 てか知らない貴族様からお茶会に誘われたり、屋敷の(この世界基準での)美形メイドさんにやたらと媚を売られるようになったりと、マジで碌なことがない日々を過ごすことおおよそ二週間。

 やっと、やっと五歳式の当日である。

 その日の俺の服装はもちろん婆様が呼び出した仕立て屋に仕立ててもらった一張羅。


 支払いは侯爵家持ちだからと、これでもかと(悪)趣味全開で注文して縫い上げてもらった俺の衣装。

 上半身は襟元や袖口がフリフリとした純白のドレッシーなシャツ、その上着には金糸銀糸で飾り立てられたワインレッドのフロックコート、下半身は長め純白の半ズボンに、こちらも真っ白なタイツという。


 鏡に写ったその姿、まるで『髭◯爵(ヒゲダン)』のヒ◯チくんのコスプレの如く。なんだろう? もっとこう、若かりし頃の銀河帝国皇帝みたいな姿を妄想してたんだけど……。


「ボーゼル様……なんと、なんという破廉恥なお姿……いえ、雄型!

 なんなのですかその白い半ズボン! そして白タイツは!

 ああ……下着を脱がせて生タイツにしたあとでオ○ン○ンを顔でスリスリしたい……」


「俺の今日の服装に破廉恥要素皆無だわ!

 てかそれマリべが白タイツフェチなだけだろ!」


 ちなみに俺は白でも黒でも網でもどんとこいである。


 そんな、服に着られてる感半端ない俺が、こちらは本物のお姫様にしか見えないドレスに身を包んだ美しいおかんに抱きかかえられて馬車に乗り込む。

 ちなみにヒゲダンと髭◯爵が別物だってことくらいはさすがの俺でも知ってるのでツッコミはいらない。


 立派な馬車に乗り、侯爵家の正門より威風堂々と出発する俺御一行。

 先導するのはもちろん我がヴェルツ家の騎士団長! ではなく、リュンヌ家お抱えの騎士団と王国近衛騎士団。

 後々聞いた所によるとうちの騎士団は馬糞拾いをさせられていたらしい。俺のせいでマジごめんよ。


 ……いやいやいや、ちょっと待って!

 近衛騎士団を動員するとか意味がわからないんだけど?

 一体どういう理屈をこねくり回してお城から招集してきたの?

 いくら大貴族とは言え、さすがに近衛兵を連れてくるのは職権の乱用では無いだろうか?


 てかさ、今日の式って俺にとってはたかだか七五三なんだけど?

 それなのに大名行列レベルの人手を携え侯爵家総出で付いてくるとかどんな罰ゲームなんだよ!

 誇らしいとか言う気持ちは一切なくただただ恥ずかしいわ!

 もしかしなくてもこれ、親切に見せかけた嫌がらせだろ!


「ボーゼル様、卑しくも集まってきた王都の愚民どもにお手でも振って差し上げればいかがですか?」


「マリべってそんなキャラじゃなかっただろ……

 てかそんなさらし者になるだけの行動なんて絶対にしないけどね?」


 賑やかな行列、日本人の俺からするとかなり豪華なちんどん屋みたいな御一行が無駄に参勤交代のような状態で王都内を練り歩き……いや、馬車に乗ってるから歩いてるのはお馬さんとか従者の人たちなんだけどさ。

 到着した神殿は――


(えっと、ここが神殿なんだよね?)


(そうですね、こちらが王国一の格式を誇るマイラ様の神殿――毎年、王都で暮らす貴族の五歳式が開催される『マイラ本神殿』となっております。

 もちろん貴族とは言え我々のような地方で暮らしている人間ですと、普通は近くの大きな街にある分神殿で略式の五歳式で済ませることがほとんどなのですがね?

 よほどの見栄張り……体面を気にする方以外がわざわざ王都まで来ることなどございませんので。ボーゼル様にとっても一生のいい思い出になる……と良いですね?)


(そこはなるって言い切って欲しかったよ!

 てか、既にここに来るまでの道中で見世物にされてそこそこの精神的ダメージを負ってるんだけどな!)


(普段ならこのような派手な行列を仕立てたりなどしないのですけどね?

 あのお目通りで余程気に入られたのか、リュンヌ家がボーゼル様は自分の派閥の所有物であると喧伝しておりますので。

 見栄を張るため……ごほん、信仰心を示すために侯爵家から大枚のお布施をはずんでいるはずですので、おそらくボーゼル様のお告げに出てくるのは神殿長様。直々に『天職』を伝えて頂けるなんてめったに無いことですよ?)


(田舎者が目立って良いことなんて何も無いし勘弁してもらいたいんだけどなぁ。

 いい思い出どころか、軽い黒歴史にしかならなそうな説明をどうもありがとう!)


 てか神殿で天職ねぇ……それもうほとんどダ○マ神殿じゃないか?

 ちなみに購入金額……じゃなくて、出したお布施の額により天職を伝えてくれる人間が『助祭→司祭→司教→大司教→神殿長』と、ランクアップしていく課金システム。日本にある『戒名』ビジネスと同じ様なモノか?

 何にしても日本人からすれば、天意とか天啓とか神殿長とか宗教関連の単語には神聖さではなく胡散臭さしか感じないんだよな。


 ちなみに一番胡散臭いのは枢機卿と教皇。おそらく星座の鎧を着て殴り合うマンガの影響である。うん? 一番なのに二つある? 稀によくあることだから気にしてはいけない。

 そして本神殿とか言われると何となくパルテノン的な、丘の上に建つ白亜の神殿を思い浮かべそうになるけど、眼の前に現れたのは……確かに形はそれっぽいんだけどね?


 色味はアジアンな感じで極彩色という……いや、パルテノンも塗装が剥げて白くなる前はこんな感じだったんだっけか?

 個人的には『白! 黒! 金! 銀!』みたいな? サイケデリックな色合いよりも単色の方が荘厳さが醸し出されて良いと思うんだけど……俺が個人で神殿とか神社とか寺とか建てることは一生ないだろうからどうでもいい話である。

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