幼少期 07話 五歳児と口喧嘩するオバサン(なおオバサンが負けたものとする)
「……言わない! 俺は絶対にソレを言わないっ!」
……一体何を一人で騒いでるんだって話なんだけどさ。
旅の疲れからかベッドに倒れ込んだまま寝入っていたらしく、目を覚ますともちろんそこには『例のアレ(みしらぬてんじょう)』。
もっとも、俺の隣ではいつの間にかマリべが添い寝してて、こちらもぐっすりと
「ヒィッ!? ……真顔で人の顔をジッと見つめるのとか止めろや!!
顔が整ってから表情が無いと良く出来た人形みたいでむっちゃ怖えぇんだよっ!!
もちろんニヤニヤしてたらそれはそれで怖いんだけどなっ!!」
「ならどうしろと言うのですか……クスッ、隣で寝るなと仰らない所に私に対する愛情を感じます。ついでですしこのままいたしますか?」
「いたさないけどね?」
寝てなかった。俺のことを瞬きすらせずにじっと見つめてた。
「てか体が物凄い重い……馬車の旅だったから体が凝ってるのか、それとも筋肉痛か……」
「ああ、それでしたら私が最初はボーゼル様のお腹に顔を埋めて匂いを嗅いでいたからかと」
「何してくれてんだこいつ……てかいい年してるんだから幼児の腹の臭い嗅ぐのとか止めろや!」
俺もワンコとかニャンコのお腹に顔を埋めるの大好きだったけれども!
ねこカフェでヤッて『お客様、過度の接触はねこちゃんのストレスになってしまいますので……』とか叱られたけれども!
「違いますよ? 私はお腹ではなく股間の匂いを嗅いでいたので」
「なお悪いわ……」
寝起きで変態の相手とかドッと疲れるから勘弁してもらいたいものである。
さて、言うまでもないことだがここは俺ん家……ではなくおかんの元実家。
王国でも最高位の貴族である侯爵様――婆様に呼び出されたので仕方なく、本当に仕方なく出向いてきた俺達は来客用の館でダラダラの真っ最中。
いや、そっちから呼び出したんだからとっとと要件を済ませろよ! と思わなくもないが、現役の侯爵家当主がそれほど暇なわけもなく。
昼過ぎに到着してひと眠り、うちの屋敷の窓にはめられているようなB級品の透明度の低いガラスではない、ちゃんと向こう側が見渡せるガラス窓から見上げる空はすでにオレンジ色をしていた。
「チッ、ガラスの質がどうであろうと真っ昼間か夕方がくらいの区別は付くけどな!」
「ボーゼル様は一体何と戦っておられるのでしょうか?」
「んー……世の中に蔓延る全ての理不尽とか金持ち?」
「つまりただの妬み嫉みであると。
平民から見ればボーゼル様も十二分に恵まれた境遇なのですけどね?」
それは分かってるんだけどさ。もし俺が貴族でなくとも、おかんとマリべの二人が近くに居てくれるってだけでも恵まれすぎた生活だもん。
寝たことで疲労は多少抜けて入るがこのまま夜まで、むしろ明日の朝まで寝てしまいたいと言う気持ちも大いにあるのだが、個室で変態と二人きりというのも……いや、そもそも五年間一緒の部屋で寝起きしてるんだから今更なんだけどな。
もしもこのまま寝てたらここでは晩飯も出してもらえないかもしれなないしね?
もちろん起きていたからと言って食事が出るとは限らないのだが。
「このまま部屋でジッとしてるのも退屈だし、この館の中を家探し粗探し……
じゃなくて、散策とかしたいんだけど出歩いても大丈夫かな?」
「何ですかその盗賊の小舅みたいな行動は……
屋敷の人間からこれと言って止められはしておりませんし、一応は、かろうじてですが我々の身分はこちらの身内となっておりますので平気だと思いますよ?」
義理のとかじゃなくガッツリと孫なのにかろうじて身内扱いなのかよ! まぁ俺も相手のことを快くも思ってないからおあいこなんだけどさ。
「てかさ、母様って本音では実家のこと、両親のことをどう思ってるんだろう?
強い人だけどあれで寂しがりやさんなところもあるから仲違いしていることを心苦しく思ってたりするのかな?」
「それは……まったくないとも言い切れませんね。屋敷を出られる前はよく『自分に至らないところがあるから』とか『自分が我慢すれば丸く収まるから』などと口にしておられましたので。もちろん、リディアーネ様にお悪い所など全く有りませんでしたけどね?
ちなみに私は『自分が我慢すれば』と言うときのリディアーネ様の寂しそうなお顔が大嫌いでした。そして……そんな彼女に何もしてあげられない自分も大嫌いでした」
悔しそうに顔をしかめるマリーベル。
……彼女にこんな表情をさせるこの家。
俺がこの屋敷で暮らす連中を好きになることなど、もう一度生まれ変わっても無いだろうな。
「でも今はリディアーネ様と私にはボーゼル様がいますからね!
そう、今の私達のすべてはあなたのために存在しているのです」
「……ありがとう。
いつか、その期待に答えられるような男に」
「そうですね! いつか直接体内に子種を頂ければ!」
それは諦めろん……。
マリべと二人で部屋から出てみたはいいものの、最初からこれと言った目的のある行動では無かったわけで。
さて、どうしよう? 温泉旅館みたいに入口付近にゲームコーナーとかお土産売り場でもあればいいんだけど……とりあえず中庭にでも行ってみようか?
「うちの家とは違って何をしているのかよく分からないメイドさんたちがいっぱいいるな。いや、うちにも俺の部屋に不審なメイドが一人いるんだけどさ。
あとみんなゴツい、超ゴツい。威圧感半端ない、ツライ」
「ボーゼル様の部屋に不審者!?
……もしかせずともそれはリリアですね? 今度叱っておきます。
うちは他所の高位貴族では務まらない外見の子たちが最後に流れてくる場所だと思われていますからねぇ。
もちろん高位貴族でもマルテ侯爵家のような、見た目ではなく個人の能力を優先して採用する完全実力主義な例外もありますが、普通はまず見た目からですので。
ちなみにリュンヌ家とマルテ家は建国の頃より熊と鮫のような関係なので屋敷の中で名前を出すだけで、『あちらからこちらを監視しているメイドのように』嫌な顔をされてしまいます」
「リリアちゃんは違う……いや、あの子はあの子で時々挙動不審ではあるから完全否定も出来ないんだけどさ。
とりあえず俺、お母様の子で、あの屋敷の子で良かったよ……
てかマルテ家ってちょくちょく名前が出てくる……いや、嫌な顔されるのが分かっててどうして名前をだしたんだよ!」
「もちろん小さな嫌がらせですが何か?」
「小さな親切運動みたいなノリで他所様に嫌がらせするの止めろや」
もちろん止めろというのは建て前で俺に害がないなら止めはしないけどさ。
しかし、もしも俺が他所で生まれていたとしたら。
そしてゴリゴリの女の子に囲まれていたとしたら。
女性嫌いになっていたのか、それともこの世界の嗜好に合わせて性癖がひん曲がっていたのか少しだけ気になる所ではあるな。
しかしマルテ侯爵家ねぇ。
貴族なのに考え方が柔軟そうと言うか前例主義で凝り固まっていなさそうでちょっとだけ興味が湧いてきたんだけど?
少なくともこの屋敷にいる間は一度見てみたいとか口には出さないけどさ。
「てかさ、五歳式って『式』って言うくらいだから他所の貴族家の子女も集まる……いやそうとも限らないのかな?」
俺の七五三の時はどうだったか……おそらく参加してないだろうな。
そもそも俺、日本では物心ついてからそういう行事に参加した記憶とか一切無いんだよな。かろうじて成人式には出てるんだけどさ。
自分の写真ですら卒業アルバム以外では見たことが無いくらいにはそういうのと無縁の子供時代だった。
……あっ、でも誰かに分けて貰った千歳飴の味の記憶はあるかも! 何かこう、不○家のミル○ーみたいな味がしたと思う!
そして、俺に飴をくれたその子……晴れ着姿の女の子だったような……その子が母親に『あの子に構っちゃ駄目!』って怒られていた記憶が……。
優しい女の子、今更だけど俺のせいでゴメンよ?
「い、いきなり表情が沈まれてますけどどうかなさいましたか?」
「いやね、昔の黒歴史的なモノがね」
「黒歴史……何ですかその悪魔が空を飛び交ってそうな禍々しい響きは……。
仰るとおり、今回ボーゼル様がご参加されるのは王都の神殿での式ですのでかなり大勢の下級貴族の子弟が参加いたしますね」
「マジカヨ……他の貴族の子女もいっぱい参加するとしたら……俺、他所の貴族様の家名どころかこの国の女王陛下の名前すら知らないんだけど大丈夫かな?
ほら、貴族って家紋とか紋章とか旗印を見ただけで『どこのドイツだ? オランダ!』出来ないと殺し合いが始まるんだろ?
派閥関係なんかも……うちの母様はどこにも所属していなさそうだからそっちは別にどうでもいいか」
「たまに垣間見えるボーゼル様の貴族に対するギスギスした一触触発的な思い込みは一体どこからきているのでしょうか?
さすがに初対面の人間同士でしたらまずは挨拶と自己紹介から始めますのでそこまで問題になることはございませんよ?
もちろん一度会ったことのある上位貴族の名を覚えてないのは失礼にあたるのは確かですが。
そしてリディアーネ様が一人ぼっちだという悪口は止めて差し上げてください。
一応世間的にはリュンヌ家派閥の筆頭格だと一目置かれておりますので」
まぁ式が終わればまた田舎に引きこもる予定だし? 王都の貴族様の事なんてどうでもいい……いや、最低限俺のせいでおかんが恥をかかないようにだけはしておかないといけないな。
既にこの館での態度が悪すぎる? ここはほら、ヴェルツ家一同が敵地だと認識してるから大丈夫! ……大丈夫要素皆無である。
「しかし、来る前から分かってたことだけど、あちらこちらから隠しもしない嫌な視線を向けられてるなぁ。
さすがに初見の幼児を睨みつけるっていい大人としてどうなんだ?」
「ボーゼル様を睨みつける? ああ……もしかしてメイドからの視線のことですか? それでしたら全部私に向けての敵意ですのでお気になさらず。
ボーゼル様のような、完全無欠の可愛いと手を繋いで歩いてることに対するただのやっかみですので。
ふふっ、他人からの嫉妬心がこれほど心地よいとは……ボーゼル様の手の感触との相乗効果で私、軽くイッてしまいそうです」
子どもと手を繋いでるのを微笑ましいと受け取らないで嫉妬を向けるって、むしろそっちの方が大人としてどうなんだろうな?
そして他人の屋敷の探索などしていても半時間も時間を潰せるはずもなく。自由に出入り出来る場所とかほとんど無いからね?
部屋に戻ろうかと廊下を引き返していると、反対方向から歩いてきたのはおかんと、
「放し飼いのゴリラ?」
可憐な紫のドレスを身に纏った霊長目ヒト科ゴリラ属に分類されそうな生物であった。
「ボーゼル様はたまにその単語を口にされますけどゴリラとは一体何なんでしょうか?」
不思議顔のマリべ。そして目を細めて警戒行動を取る、
「へぇ……『ソレ』が姉さんの息子なのかしら?
想像していたのとは違い、姉さんに似ずに外見だけはずいぶんと愛らしいのね?
いいわ、あなたに名乗ることを許してあげる」
このゴリラ……喋ったぞ!?
てかおかんの事を姉さんって呼んでるってことは、もしかしてこの『肌色ゴブリンの女王』みたいな外見をした生き物は俺の叔母さんなのか?
「これはこれは……ありがた(迷惑)くもご許可を頂きましたのでさっそくご挨拶させていただきます。
私の名はボーゼル、ボーゼル・フォン・ヴェルツと申します。
母のことを姉と呼ばれておりましたところから察しますに、もしやお嬢様は私の叔母上……いや、可憐なレディに叔母さんは失礼でしたかね?」
慇懃に、綺麗な所作で挨拶をする俺。
日本語に直すと『オバハン誰やねん?』って質問返ししただけどな。
「えっ? 何この子五歳なのよね? ずいぶんとハキハキとした挨拶を……
ま、まぁ姉さんも小さい頃から頭だけは良かったものね? 貴族として恥ずかしくない程度の礼儀作法や挨拶くらいは覚えさせていても不思議ではないのかしら?
ふん、私はローランヌ。不出来なあなたの母の……一応は妹ね。
それにしても……いくら辺境から出て来たばかりとは言えど、そのようなみすぼらしい姿で侯爵家の屋敷内をうろつくのは少々いただけないのではないかしら?
あなたも腐ってもリュンヌ侯爵家の一員なのよ? まさかそのような、田舎で農作業をするような格好で王都を出歩こうなどとは思っていないでしょうね?
まったく……これだから田舎者は。見ているこちらが恥ずかしくなります」
何か色々と喋ってるけど名前のインパクトが強すぎて頭に何も入ってこないんだけど!? えっ? ローランヌ?
つまりこのオバサンは『ローランヌ・ゴリラ』……ってこと?
そしてその外見通り会話している相手はゴリラ。その性的なモノもあるのだろう、初対面の相手に対してマウンティングしてくるのは仕方がない事かもしれないけど……わし、一応客やぞ?
そもそも綺麗なべべ着てこい言うんやったら呼び出す時に服屋とか高級生地とか一緒に送ってこいっちゅうねん!
さて……どうしよう? 相手は腐ってもと言うか、付き合いが全く無くとも本家筋の人間。こちらからあまりにあまりな対応を取るわけにもいかない……などと思案していたら隣からマリべが
(ボーゼル様、そのお顔……リディアーネ様の事を悪く言われお腹立ちなのは分かりますが……どうせこっちは失うものも無い木っ端貴族ですのでここはガツンと行っちゃってください!)
(行っちゃっていいのか? 相手、ゴリラだけど侯爵家だろ?)
(ふふっ、口喧嘩で子供に負けたなどと噂が広がれば笑われるのは向こう様だけですから。こちらから先に暴力に訴えるようなことさえなければ大丈夫です)
確かに、どう見てもおかんより老けて見えるこいつが五歳児に言い負かされたとか他所様に聞かれたら……俺だったら恥ずかしくて五年は引きこもるな。
マリべからお許しが出たので、慇懃モードから慇懃無礼モードに変更することに。
「これはこれは……申し訳ございません。仰る通り私は辺境から旅をしてきた田舎者でして。
いえね? そもそもですね、普通なら旅のホコリも落とさずこの様な姿で高貴な方とお目もじすることは許されぬことですが……残念ながらこの宿では湯の用意もされてはおらず……
ああ、失礼。こちらは宿ではなくただの待合所、待機場でしたね。
しかし、母からはリュンヌ家とはとても素晴らしいお家、王都でも三指に入る大貴族様だと聞いて楽しみにしておりましたが……
いえいえ、もちろんリュンヌ家がどうこうなどとは心にもございませんよ? おそらく対応した使用人に何かしら手違いでもあったのでしょうし。
それにしてもこれは……うちのメイドはもっとしっかりと教育されているのですが……」
「クッ……そう……でしょうね。
まったく、気の利かない使用人たちですね。
後で私の方からこちらの館の管理者に一度確認しておきましょう」
(ふっ……ふふっ……確認も何も西館で接待を任されているのは昔からあなただったでしょうに)
俺とオバサンが話してるのを見ないように顔を背け、クックッと声を出さないように肩を震わせ笑うおかんとマリべ。
「でも……そうですね。もしもこれがこの屋敷での普通だと言うのなら……王都からの帰りに一度マルテ家にでもお邪魔して、同じ侯爵家としての接客対応の質の違いを比べてみるのも良いかもしれませんね?
もちろん私は口さがない田舎者、まだまだ分別のつかない幼子ですので。
何かの間違いがありまして、もしもあちらの扱いの方がよろしかったりしたら……こちらとの違い、それを旅の道中で見知らぬ何方様かに話してしまうかもしれませんね」
「なっ!? ……あっ、あなた! 言うに事欠いて歴史ある我がリュンヌ家とお金を撒き散らすことだけが取り柄の、成り上がり者のマルテ家と比べるですって!?
……よろしいでしょう、私がリュンヌ家の全てを掛けて本当の接待というものを見せてさしあげます。
誰か! 母屋からクリスリーとマリティンを呼んできて!」
もうね、ローランドゴリラ……じゃなかった、ローランヌが最初に来ちゃってるからクリスリーがクロスリバー、マリティンがマウンテンとしか思えねぇわ!
そして登場したその二人であるが、予想通り、いや、予想以上にゴリラだったと言う。もしかしてこいつらも進化の実とか食ったら美少女に変化するのかな?
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