幼少期 06話 敵地(実家)潜入(到着)!

「てかヴェルツ子爵家領……ディーレンとか言うちょっとおしゃれな名前のくせにただの貧村で人口数百人の、未開の沼地で村人がその日暮らししてる村という言うのもおこがましい辺境とは違いそれなりに普通の服装をした(異世界)人がいっぱい居たから変なテンションになっちゃったけど、街の中に入ってみたら思ったよりも地味な光景が広がっているだけだった。

 路地は狭いし生活臭というかアンモニア臭だか、ここで暮らしてる人間独特の体臭だかで街全体が妙に臭いし」


「ボーゼル様、生まれ育った町……村を沼地とか言うの良くないと思いますよ? 確かにそのとおりではありますけれども。

 というか王都は王国でも二番目に大きな都市なのですが……これで地味とか、ボーゼル様は一体どれほどの場所をご想像されてたんでしょう?

 あと、臭いは確かに……こちらで暮らしていた時はそれほど気にはなりませんでしたが、沼地とはまた別方向の臭さが鼻につきますね」


「あなたも沼地って言ってしまっているじゃない……

 このあたりは平民街でもかなりの下町、公衆浴場などの施設も無いからどうしても……ね」


 ディーレン――沼地は沼地で場所によってはガスっぽい臭いがするらしいからなぁ。てかこの世界、公衆浴場なんて言うハイカラってかカラカラな施設があるのか?

 もしかして俺が想像してたよりも文化が進んでる……いや、銭湯なんて地球ではローマ時代から普通にあった物だもんな。


 銭湯も温泉も大好きだったけど、それでなくとも道路とか舗装されてる場所の方が少なくて人が歩いてるだけでも土埃が酷いし……にごり湯かと思ったらただ湯が汚なかっただけとかありそうだし、機会があっても行こうとも思わないな。間違いなく湯船の底とか砂利でジャリジャリしてるだろうし。


「だって一応は王都なんて偉そうに名乗ってるんだからねぇ?

 ほら、高い外壁で覆われてて鉄壁の防御を誇ってるとか、険しい山の上に巨大な城がそびえ立ってるとか、神秘的な湖の上に浮かんでるとか、遥か上空を飛んでるとか? そのくらいはしてもらってもバチはあたらないと思うんだよ」


「超大国であるロマーリアの帝都ですらお城が空を飛んだりはしないですよ……

 あっ、でも北方よりの蛮族の侵入を防ぐために国境沿いに長大な防壁は築かれてはいるらしいですけど」


 基本的に俺の知識にある異世界風のお城の光景なんて風光明媚なヨーロッパの(ネットで見たことのある)観光地みたいな場所だし? あとは天空の城くらいしかイメージ出来ないんだよな。

 もちろんこの国は欧州では無いし、異世界だって事は理解してるんだけどね?

 てかここで暮らしてる人間からして千差万別多種多様、色々な国の血が混じってそうだしさ。


 島国だから交通の要所ってわけでも無いだろうに……もしかして海運が物凄く盛んで地域交易の拠点だったりするのだろうか?

 俺の回りだけでも、おかんは西欧系美人だしマリべは北欧系美少女、当の俺は黒髪黒目のオリエンタルな見た目の子供で、メイドさんには中近東やアジア、アフリカに中米南米的な顔立ちの女の子も居るし。


 てか今更の話になるけどこの世界に来てから早五年、冬らしい冬は今だに体験してないんだけど。

 かといって雨季ってほどに雨が続く季節があるわけでもないし、夏以外は南国ってほど暑いわけでもないから赤道付近ってわけでも無さそうだし。

 もしかしたら沖縄くらいの緯度に位置しているのだろうか?


「ボーゼルちゃんがガッカリするのも仕方の無いことではあるのだけれどね? 先の戦争の前はここは王都ではなく、ただの地方都市の一つだっただけなのだもの。

 本来は港街カンセル――ディーレンから見れば数日の距離で北にある港湾都市が王都だったのよ。

 それがイスカリア騒乱により大きな戦火に巻き込まれ、壊滅的な状態になってしまった上に国が三国に分裂までしてしまったから。さすがに他国との国境近くに王都を置いておくなどということは出来なかったのよ。

 だから、この地の防衛面が劣っているのはある意味仕方がないことね」


 また出たよ先の戦争……お前らは某府民のみなさんか! いつまで応仁の乱擦り続けるつもりだよ! てかよく聞く『ぶぶ漬けでもどうどすか』って本当にリアルに存在するのか? てかおかんの妹からの手紙での嫌味の言い回し。どこかで見たことと言うか聞いたことがある内容だと思ったら完全に某府民みなさんの嫌味と一致するんだけど? さすがお貴族様、(自称)二千七百年の歴史がある日本のお公家様と通じるモノがあるんだな!


「それでも、手前の家々で隠れてることからも分かるようにそれほどの高さは無いけれど……城と高位貴族の屋敷を囲むように内壁が建てられてはいるし、この無軌道に広がった街自体が防壁代わりにもなるのだからここを攻め落とそうとすると中々に面倒な作りになってはいるのよ?」


「確かに大勢の兵士で一気呵成に攻め立てても、建物の中や細い路地から散発的に反撃されたら結構な被害を出してしまいそうではあるけど……いやでも外壁が無いんだし、ひと当てして一度全員中に押し込んでしまえばそれで何の身動きも取れなくなるんじゃないかな?

 姫将軍、このまま軍で街を囲んだまま、逆にこちらから外堀を掘り十重二十重に馬防柵で囲んでしまえば……後は間断なく投石機で油でも投げ込み、四方八方から三日三晩火矢を打ち込み続けるだけで殲滅が可能なのでは無いか?」


「私の王子様、いくらなんでもそれは認められないわ。

 それでは関係のない民まで殺し尽くすことになってしまうじゃない。

 もしもここを落とせたとして、そこで暮らす人間が居なくなった街など占領して、それに一体何の意味があるというのかしら?」


「姫将軍、あいつらと一緒に立てこもる人間が果たして本当に支配者に従順な無辜の民だと言えるのか? 奴らは報奨金の小金欲しさに、我々の兵が頭上無防備に進軍すればこれ幸いと物を投げ落としてくるような腐った連中なのだぞ?」


「あなたたち親子はどうしていきなり分けの分からない小芝居を初めたのですか。その姫将軍とか王子様とか言う設定は一体何なんですか。そこに私の割って入る隙間はあるのでしょうか。出来れば王子様の恋人役だと嬉しいのですが」


「残念ながら王子と姫は親子で幼馴染で許嫁だからあなたの入ってくる場所はないのだけれど?」


「何ですかそのガバガバ設定は?

 と言うか親子で幼馴染とか意味が分からな過ぎで何言ってんだこのカマトト女と思いましたが、親子(乳母)で幼馴染というのはボーゼル様と私の今の関係と完全に一致するので何の問題もありませんでした。

 あと、小芝居の内容が『自国の王都をどう攻めるか』と言うのはさすがに物騒過ぎるのではないでしょうか?」


「あなたとボーゼルちゃんは昔馴染ではあっても幼馴染ではないわよ? だってマリーは既にそこそこの年齢……どうしてでしょう、私にまでダメージが……

 えっ? 城や街があれば……どう攻めるかを想像するのは当然のことではないかしら? そこに地図があればそれを自分の勢力の色に塗り潰したくなるのは、それはもう人としての自然の摂理でしょう?」


「完全に同意」


「何なんですかその二人は解り合ってます感……

 これだから軍師などという特殊性癖を持った天職の親子は……」


 馬車の中でガッチリと握手をする俺とおかん、それを見てプクッと頬を膨らませるマリべだった。



 そんな感じで初めてのお使い……じゃなく、王都への帰郷というか旅行を何事もなく無事に果たした俺達一行。それなりの数の護衛に守られた馬車の一団、それも貴族の旗をはためかせているような連中を好き好んで襲うような盗賊も居ないからね?


 王都にこれと言って見るような場所や観光地になりそうな目立った建造物などは無くとも、初めて見る外国――じゃなくて自国だな。いや、そもそも異世界だからどっちも正解では無さそうだけれど物珍しいことに変わりはないので、馬車の中からあっちキョロキョロ、こっちキョロキョロと見回している間におかんの言っていた内壁、王城と上位貴族の屋敷を囲む防壁にポッカリと口を開いた、こじんまりした門の前まで到着する。


 なんだかんだで町の中に入ってからだけでも二時間くらい掛かってるんだけど……。

 もちろん子爵家の家紋の入った馬車、それも侯爵家の家人が王国に仕えている門衛に粗雑な扱いなどされるはずもなく。

 ヴェルツ家騎士団長、バーバラネキが簡単に手続きを済ませただけで門の内側へとご案内。


「内壁の中に入ってもお城らしきものが見えない……」


「ボーゼル様、ほら、あそこにある細長い尖塔。あれがお城の一部……なのではないでしょうか?」


「どうして疑問形なんだよ……」


 門をくぐってからさらに半時間。

 やっと今回の旅の目的地、俺達を呼び出した張本人が暮らす屋敷でもあるおかんの元実家、『リュンヌ侯爵家』まで到着。

 現代人からすると物凄い時間を浪費した長旅もやっと終わりを告げた……いや、帰るまでが遠足ならぬ帰るまでが帰省旅行だからな。帰路にも同じ行程で移動しないとならないと考えただけで心の底からげんなりである。


 てか、おかんはこちらの屋敷ではあまり良く思われていなかったらしいので、


「『追い出された小娘が今更この屋敷に何用か? ふんっ、貴様らが侯爵家の正門を潜ろうなど片腹痛いわ! どうしても入りたいならば人目に付かぬように裏に回るがよかろう!』みたいな対応をされるのかと思ってたのに……普通に中に通されたね?」


「ボーゼルちゃんはお母ちゃまのことを一体何だと思っているのでしょうね……

 こちらで暮らしていた時も母上……と、父上と祖母と曾祖母と妹が三人とその取り巻きの使用人とその知り合い以外からは至って普通の対応しか受けていませんでしたからね?」


「お、おう」


 それってどう考えても敵対率八割超えてるよね? 完全に村八分ならぬ屋敷八分だよね? 果たしてそれを普通の対応と言っても良いものなのだろうか?

 プクッと頬を膨らませると言う、いつもとは少し雰囲気の違う態度を見せるおかんがとても可愛い……。


「もしも何かあっても……ぼくがおかあちゃまを守ってあげるからねっ!」


「ボーゼルちゃん……なんて、なんて可愛くて頼りになる私の愛し子……さぁ、あなたのことをこの母に抱きしめさせてちょうだいな?」


「おかあちゃま……」「ボーゼルちゃん……」


「……」「……」


「何でしょうか、この旅を通して深まった親子の絆は?

 というかボーゼル様はたまに子供のふりをされますけどそれはとても愛らしいので私と二人の時だけに……いえ、二人の時のボーゼル様は子供ではなく一人の男ですもんね?」


 相変わらず拗ね気味のマリべを無視して屋敷の門をくぐって二分、そこはもうリュンヌ侯爵邸の玄関口。

 もちろんそれなりのスペースの庭はあるけど『門から玄関まで一時間!』みたいな感じでは無いらしい。

 いや、もちろんそれでも十分に広いんだけどね? 門の内側だけでも庶民なら数百人単位で住めそうだし。

 馬車を降り、さっそく屋敷の中に案内――


「……最初から予想していたことですが、やはり本館ではなく西館に通されましたか」


「今の私達は身内では無く客、それも本来なら招きたくもない客ですからね」


 何だその大型の温泉旅館みたいな本館とか西館とかいうシステム。

 てか西って付いてるならそっちの方が新しい建物っぽいし、普通は嬉しいもんじゃないの?

 いや、見た感じ全然新しくも見えないんだけどね? 西館。


「てかそれって古くはあってもそれなりに一生懸命、成金が頑張って飾り立てたようなこの建物の他にも敷地内には何棟か建物が建ってるってこと?」


「ぶふっ……そうね、確かにマルテ家の王都屋敷やカンセルの城などと比べれば多少趣味の悪い内装の、来客を威圧する為に無意味に飾り立てられただけのこの建物――西館以外にもリュンヌ家の家族が暮らす本館、親しい者が訪れた際に使われる南館、使用人が使う東館があるわね」


 内情を知ってる娘(元娘?)を威圧する意味っ!

 ……ああ、もしかしておかんじゃなくて俺のことを圧倒したいのか?

 でもほら、俺って地球人じゃないですか? 自分では行ったことはないけど旅動画とかで世界中の高級ホテルくらい観たことがあるじゃないですか?


「フッ、この程度の『宿』で俺のことをビックリさせようなど片腹痛いわ」


「昔からボーゼル様は物怖じしない方ですものね! 誰に似たのか話し方も子供らしくありませんし」


「そうね、いつからか……確か三歳くらいから年寄り臭い言い回しをするようになったのよねぇ」


「舌っ足らずで『まぃー』って呼んでくださっていた愛しき日々がとても懐かしいです……ああ、もう少し成長が緩やかなものであったならば……」


「今では甘えた喋り方をする時はなんらかの一物をお腹に抱えてるときだけですものね……」


「二人揃って失礼だな!?」


 いや、俺だって三歳までは赤ちゃんを堪能してたんだよ? でもほら、ふとした拍子に素に戻っちゃうこともあるじゃないですか? 二十九歳のオッサンとしての精神状態で、ノリノリで赤ちゃんプレイとかキツイじゃないですか?

 だから不自然に見えないように、少しずつこのような喋り方に……うん、今はどうでもいいことだな。


 おかんもマリべもこれと言って元実家におもねるつもりも無いようでこの屋敷の人間――うちにいる様な可愛い感じのメイドさんではなく体のゴツゴツした歴戦の傭兵のような、正しい意味での『戦闘メイド』の外見をしたメイドさんに廊下を先導されつつ、かと言ってそちらを特に気にする素振りも見せず少々毒を混ぜ込んだ会話をしながら部屋まで移動する。

 それでなくともゴルゴみたいな顔なのに、こちらの話を聞いて顔を引き攣らせるその姿はなかなか大迫力であった。マリべの話だとああいうタイプの女性がこの世界ではモッテモテなんだよな……。


 屋敷で勤めているのが心の癒やしにならないメイドさん、それって一体何の意味が……いや、メイドさんはただの住み込みの使用人であって、そんな心のオアシスのような存在では無いのだけれども!

 でもさ、家で一度だけリリアちゃんに『例のアレ(おいしくな~れ以下略)』をやってもらったんだけど……アレはとても良いものだった。心の奥底から穏やかな気持ちになれたもの。

 マリべ? こいつはほら、別物というか別口というか別腹というか……是非ともこれからも一人、頑張って生きていってもらいたいものである。


 そして、いくら嫌われていようがそこは貴族の屋敷、三人まとめて小さな部屋に押し込まれるなどということもなく全員別々の部屋……のハズなのにマリべが俺の部屋で自分の荷物の荷解きをしてるんだけど?


「私はボーゼル様の護衛も兼ねて馬車の中ではリディアーネ様とばかりイチャイチャしているのを見せつけられとても悔しかったので同じ部屋に居させてください」


「会話の出だしと後半が繋がってるようで繋がってないんだよなぁ」


 さて、そんな気分的には『敵地』と呼んでも差し支えのないこの屋敷、おかんの実家であるのだが。

 憧れはあったし乗りたいと思ったことはあっても、日本人にとっては乗り慣れない馬車という乗り物での長距離移動。当然のように体はヘトヘトでヘロヘロ。

 マリべが近くに居るがそこまで気にしている余裕もなく、靴どころか服まで全てその場で脱ぎ捨て、そのまま勢いよくベッドにダイブ! ……スプリングの効いていないベッドでそんなことをすると怪我をするかもしれないので、普通にゴロンと寝転がる。


 永遠の眠りにつけそうな柔らかいマットはもちろんのこと、スプリングの効いたマットすら存在しないこの世界……うちにあるベッドなんてすのこベッドに板を敷いただけって感じだしさ。

 もちろん綿の入ったおふとんらしきものはあるし、ゴワゴワした何の動物の物かわからない毛で織られた毛布もあるので板の上で寝てるみたいな寝心地ではないんだけどね?


「チッ……敷布団が三枚重ねになってるからうちで使ってるモノより数段寝心地が良くてちょっと悔しい……掛け布団も大量の羽毛が入っていて羽根布団のクセに重みがあっていい感じだし。この枕も絶対に殴ったら『ポフっ』って擬音がするよな?」


 そう言えば昔のフランスでは王様がベッドの上で政務に励んでいたとか聞いたことがあるんだけど……寝転んで何かするって普通に座ってる働くより疲れない? ソースは寝転んで本を読む俺。

 上向きでも仰向けでも横向きとゴロゴロしてても物凄い腕が疲れちゃうもん。

 そして、もしかしたら王都なら地球で言う所の電化製品的なモノ、魔法があるんだから『魔道具』的なモノが発達してたりして? などと、多少の夢と希望を持っていたんだけど……侯爵様の屋敷でも使ってる感じが無いから存在しないのかもしれないな。

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