第一章 高天原存亡記
新聞の一面を狙う者達
「やっと、終わったぜぇ~」
教師が教室を出てすぐにエトは机へ突っ伏した。
「お疲れ様。いや、僕も受けてたけど」
「あれだけの体力を有していながらそこまで疲労するとは。空腹か?」
「長いんだよ! 8時から18時は長いって! 土曜も授業あるしよ!」
「一週間の遅れを一週間で取り戻そうとすれば致し方あるまい。むしろ付き合わせてしまっている教師陣に感謝すべきだろう」
「そりゃ、そうなんだけどさぁー」
「それよりさっさと学食行かない? 早くしないと閉まっちゃうよ」
ナルカミに急かされたエトはゆらりと立ち上がった。
教室を出て、特別練を後にした三人は本校舎を目指して足を進める。辺りは既に暗くなり始めていた。
「学食も購買も遠いんだよなぁ」
基本的に三人しかいない特別練には食堂も購買部もない。そのため、それらの施設を利用するには離れた本校舎まで移動しなければならなかった。
「走るかい? 僕らなら召喚獣を呼べば一瞬だよ」
「能筋め」
「料理人を呼ぶか? 食材も手配しよう」
「ブルジョワめ」
あっという間に着くことはなくとも、下らない話を続けていればいずれ目的地に着くというもの。
三人は話が尽きぬ内に食券機の前までたどり着いた。
「俺はカツ丼と親子丼と牛丼にするけどお前らは?」
「天ぷらそば。それにしても相変わらずよく食べるね」
「カレーライスの辛口に挑戦しようと思う」
「カレー食ったことないのか?」
「それはある。だが、刺激の強い食べ物には縁がなかった」
「あーそれは分かる」
「わかんねぇ」
人もまばらな食堂の中、食事を受け取った三人は席を探す苦労もなく四人席に着いて食事を終えると、どこからかやってきたシズメが自然な動作で残った椅子に座ってきた。
「相席失礼! 久しぶりだね!」
「おう、久しぶり!」
「こんにちは、シズメさん」
「ふむ、確かにその名前の生徒が以前のクラスにいたと記憶している」
「名前覚えてくれたんだ! 嬉しいな~。サイバネくんとちゃんと話すのは初めてかな?初めまして!」
「こちらこそ初めまして」
「それじゃあ、挨拶も済んだ所でインタビューさせてもらってもいいかな?」
「「「インタビュー?」」」
「実は私ね、新聞部に入ることにしたんだ。それで今一番ホットな話題の謎に包まれた特別クラスのことを三人に直接聞いてみたかったの」
「なるほどね」
ナルカミは良くも悪くも印象通りだなと素直に思った。
「へぇ、そういや中等部からは部活動なんてのがあったな」
「我々は現在部活動への参加を禁じられている。失念するのも無理はない」
「えっ、そうなの?」
「今は謹慎明けの補修三昧だからなぁ」
「あ~なるほどね。それで特別クラスって実際どうなの?」
いつの間にやらメモとペンを取り出していたシズメが問いかける。
「とりあえず学食が遠い。購買もないし」
「飲み物を売る自販機はあるね」
「一番の差異はやはり人数だろう。学年毎に存在するわけでもなく、ただ一つしかないクラスに三人のみというのはいささか寂しさを覚える」
「ふむふむ、建物が立派な割に人数が少なくて意外と不便と」
「建物も立派というかゴツイというか」
「監獄みたいな作りだよね。あるいは実験場。爆発物とかの」
「エトが爆発する以上間違ってはいないな」
「えっ、エト君って爆発するの!?」
「それはもうクレーターが出来るくらいに」
「結構な怪我しなきゃしねえよ!」
「どうだか。転んで頭打ったら爆発しない?」
「しないって!」
『しないよな?』
『『『『『『『『『『『『……』』』』』』』』』』』』
『なんか言えや』
『し、しないと思いますよ。たぶん』
『たぶん?』
『きっと大丈夫よ』
『きっと?』
なんだか不安になったエトは帰り道でつまずかないように気を付けて歩こうと思った。
「う~ん、逆に良い所とかは?」
「寮の部屋が広くなったこと。後、トイレ洗面所風呂が分かれてるとか?」
「何それ羨ましい!」
通常の寮では広さの都合で浴室内に洗面台とトイレが収まっているのだ。もっとも一人暮らしのような生活をする以上、こちらの方が掃除などをする上で効率的といえるかもしれない。
「後は特別課外活動で国軍の部隊まで研修を受けに行くとかかな」
「それって良い所か?」
「少なくとも学園の趣旨には沿っている」
「一応、士官学校だからね。もっとも、本来ならそっちの道に進むと決めた人が高等部でやるような内容だけど」
「あれ? 高等部って強制だっけ?」
「任意だよ。試験もあるし」
「召喚士に限れば初等部の六年と中等部の六年を合わせた十二年で義務教育を終える」
「つまり、三人は今の時点でそっち方面の道へ進むことを望まれてるってことかな?」
「それはありそうだね。エトを野に放つのはちょっと怖いし」
「おい、お前らも大概だろ」
「ふむ、同じクラスということはそういう扱いなのだろう」
「なるほど、なるほど。よ~し、なんだか良い記事が書けそう! 三人ともありがとね! 何かあったらまたインタビューさせてもらえると嬉しいな! それじゃ~またね~!」
シズメは嵐のような勢いで走り去っていた。
しばし呆気にとられた三人は食器を片付けて自分たちも帰ることにする。外はすっかり暗くなり、街灯と月明りだけが辺りを照らしていた。
『とかいう話があったんですよ、先生』
「そうか、よくやった」
『えへへ、こんなの朝飯前ですから。な~んて実際は夕食後ですけど』
その夜、白衣の男の下にシズメから通信が届いた。丁度、他の情報網からもエト達に関する情報が送られてきた所なので都合が良かった。
「ただ、別口からの情報では特別課外活動とやらの行先は北葦原の牧場となっていた。どちらかはガセだろう」
「えっ、そうなんですか? でも嘘を言ってるとは思えませんでしたよ」
「生徒が相手なら直前で予定が変更になったとでも言えばいいからな。あるいは行先で揉めているのかもしれん。あれだけの力があれば面倒事の種には困らないだろう」
「なるほど。じゃあ、どうするんですか?」
「別になにも」
「えぇ、それって大丈夫ですか? レジスタンスの人達がなんかやるんですよね?」
「レジスタンスの作戦が成功しようが失敗しようがどうでもいい。こちらに被害が及ばないようにだけ気を配るさ」
「たしかにそれもそうですね。それじゃあ、私は明日も早いのでそろそろ失礼します。おやすみなさい先生」
「ああ、おやすみ」
『通話を終了しました』
シズメとの通話を終えた後、白衣の男は改めてレジスタンスが画策する『国主暗殺計画』について考える。
国主は読んで字のごとく葦原の国を治める主である。だが、現在の国主の役割は象徴的なものに留まり、国を直接動かしているのは大社などの別の家の集まりだ。さらに当代の国主は先代の死から表に出てきていない。即位した時ですら公の場には現れなかった。
国民は信じ切っているようだが、彼からすれば実在すら怪しい。それを暗殺しようというのだからどうやってその成功を証明するというのか。
そして、成否に関わらずその報復は大きく過激なものになるだろう。
「証拠隠滅もろくに出来ないような奴らだ。今の内にこちらで手を切る準備をしておくか」
もっとも先の拠点での証拠隠滅が雑に爆破しただけだったのは白衣の男がレジスタンスを見下し、指示や指導を疎かにしたせいでもある。現在対応中の仕事はそうやって自分の手で種をまいて増やしたもの。つまりは自業自得である。
改めて方針を固めた白衣の男は溜息を吐きながら休暇中の残業に勤しんだ。
補修地獄を終えたことでいよいよ特別課外活動の実施が近づいてきたある日。ヒノヤビがこんなことを言い出した。
「非常に残念ながら特別課外活動の行先が変更になった。より優先すべき依頼が来たため、私の古巣への案内はまた今度ということになる」
残念と言われたがそれを惜しむ声は三人から上がらない。エトなどあからさまにラッキーと言いたげな顔をしていた。
「記念すべき最初の特別課外活動でお前たちには国主様に謁見してもらう」
「「はい?」」
エトとナルカミは驚きの声を上げた。一方でサイバネは静かに目を瞑った。
「今回は国からの依頼でもあるが、サイバネが持ってきた話でもある」
「「えっ」」
「突然で済まない。だが、彼女から直接頼まれては私も断れなかった」
「彼女ってまさか」
「今ここで明言は出来ないが、おそらくナルカミの想定通りの人物と思ってもらって構わない」
「うわぁ、なんかマジっぽい」
「うむ、大マジというやつだ」
「何はともあれ今回の特別課外活動にはお前たち三人とフジの四人で行ってもらう」
「精一杯サポートさせて頂きます」
「あれ? 先生は?」
「私は私で別の仕事がある。それよりお前たちには失礼のないよう最低限のマナーを身に着けてもらう。もっとも、エト以外は特に問題ないだろうが」
ヒノヤビに目を向けられたエトはうめき声を上げる。
そうして、主にエトだけを対象とした地獄のマナー講座が幕を上げた。
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