十二天支の宝玉
エトを袈裟切りにしたヒノヤビはその手応えに違和感を覚えていた。肉を切った感触は無く、肉が焼ける匂いも音もない。それでも彼女の軍刀は確かに何かを切り裂いた。
その証拠にエトの体には大きな亀裂のような傷が出来ている。血を溢すこともないその断面は暗く深い闇に鎖されて目視することは叶わない。
だが、ヒノヤビはその中に何者かの目を見出した。目玉を見たわけではない。ただ、いくつもの視線と殺意が向けられているのを感じ取ったのだ。ただ、その感覚もエトが開いた口を無理矢理閉じるように傷口を抑えたことで消え失せる。
だがしかし、傷口が完全に閉じられるその前に、私怨の籠った十二の泡が吐き出された。
まるでシャボン玉のように回転する極彩色の小さな球体。その表面に写る景色が歪むのと同じように周囲の空間が歪み引き寄せられていく。
一体その中に何が詰め込まれているというのか。
ヒノヤビに分かるのは器の中で超高密度に圧縮された属性エネルギーたちが混ざり合って反応を起こしているということ。その影響は測り知れないが、周囲にある全てを泡沫と帰すような破壊がもたらされることは分かる。
回転が遅くなりヒビが入り始めた十二の球体を、火鼠たちを総動員して作成した火鼠の衣がまとめて包み込む。さらに己の火鼠の衣をエトへ纏わせた。
刹那、動き出したエトから抱き締められるように庇われる。そして、辺り一面を鮮烈な光が覆い尽くした。
至近距離からの叫び声でヒノヤビは目を覚ます。辺りは煙に覆われており、爆発に巻き込まれてから然程時間は経っていないようだ。
「先生!」
「……声がでかい」
「すんません、つい」
ヒノヤビは融合召喚を解いたエトの腕の中にいた。一先ず生徒が無事だったことに彼女は安堵する。
「私よりお前の傷はどうなんだ?」
「この通り平気です。あの爆発も俺には無害というか、逆に回復するんで」
エトは服こそ袈裟切りにされているがその先にあった傷は痕も残さず塞がっている。それを指でなぞり、中身が普通の人体に戻っていることを確認したヒノヤビは腕の中から離れて己の体を確認した。いくら火鼠の衣で包み庇われたとはいえ、あれほどの爆発を受けて傷一つないのはおかしい。
「ふむ、私を治したのもお前か。腕を上げたな」
「ま、まぁ、致命傷ってほどじゃなかったですし」
素肌を指でなぞられたこともあり、ヒノヤビを腕に抱いていたことが恥ずかしくなったエトは顔を背けた。しかし、頭の中で大騒ぎする十二支たちを叱りつけていると一瞬で真顔に戻る。
「なんか前より情緒不安定になってないか?」
「そ、そんなことないっすよ。気のせいです」
「まあいい。今回は私が浅慮だった。手間をかけさせたな」
追い込んでみれば何か分かるだろうと安易に考えていたが、爆弾に火を点ける結果になってしまったとヒノヤビは猛省した。もっとも爆弾の有無を知れただけ収穫ではある。
「ん? どういうことです?」
「負けを認めるということだ。お前の中にいる召喚獣かどうかも疑わしい存在に関しても何も聞かん」
「えっ、あー、そうしてくれると有難いです」
あんなことになったらさすがに不審に思われるよなとエトは納得した。
『それよりお前らって召喚獣じゃないのか?』
『そんなことあり得ません! 酷い言いがかりです! 私たちは正真正銘主様の召喚獣ですよ!』
『だよな』
「とはいえ、お前が扱う獣化について私が知っていることを少し話しておこう」
「獣化ですか?」
エトにとっては初めて聞く単語である。
「お前が融合召喚と呼んでいるあれだ」
「一応、獣装みたいな正式名称があったのか」
「詳しいことは分かっていないが、その使い手も古い記録上にしかいなかった。だが、最近になって非道な方法でその研究をしている輩がいるらしくてな。その件にはお前たちも先日関わったと聞いたが?」
「もしかしてヤツフサさんが召喚獣と合体してた事件ですか?」
エトの答えにヒノヤビは頷いた。
「爆破された拠点を調べた所、僅かにその獣化に関する記録が見つかったらしい。お前が獣化によってその事件の被害者のように暴走してしまわないか、私にはそれを確かめる必要があった」
「うえっ!? じゃあ今回のって結構不味いんじゃ」
「確かにあの爆発がお前の意図したものでないならば危険ではあるだろう。街中で頭を撃ち抜かれようものなら大惨事は免れない」
「……ですよね」
ひょっとしてまた別の場所に隔離だろうかとエトは悲観した。
『そうなったらご主人様と私達だけでひっそりと暮らすべき』
『それはちょっとなー』
だが、そんなエトをよそにヒノヤビは言葉を続ける。
「だが、お前は我を失ったわけではない。暴走した召喚獣は魔獣と大差ないが、意思が残っているのであれば、その力をコントロールする術を学べばいい。元来召喚士官学校はそのためにある」
ヒノヤビは立ち上がり、エトの手を引っ張って立ち上がらせた。
「今回のような真似は二度としないと誓うが、それはそれとして厳しく鍛えてやるから覚悟しておくんだな」
「お、押忍! またよろしくお願いします!」
「よろしい! しかしまあ、腑抜けたとは言ったが、学友と楽しくやれているようで安心したよ。初等部でのお前はいつもどこか苦しそうにしていたからな。私個人としても今のお前の方が好ましい」
そう言ってヒノヤビは快活に笑った。エトが大好きだった笑顔だ。
「先生……」
『『『『『『『『『『『『ケッ』』』』』』』』』』』』
『お前らいい加減にしろよ』
「さて、フジも落ちたようだし、演習は終いだ」
ヒノヤビが軍刀の一振りで周囲の煙が切り払うと、フジが落ちてくるのが見えた。彼は地面に激突することなく透明な網にかかったかのように静止する。
「情けない奴め」
「だから、戦うのは苦手と言ったじゃないですか。そちらこそどうなりましたか?」
「私の負けだな」
「(なんで偉そうなんだこの人)」
フジはぐったりと脱力した。
そこへ上空からナルカミとサイバネが降りてくる。
「なんか凄い爆発があったけど君の仕業かい?」
「一先ず息災なようで安心した」
「いやーちょっとピンチになったから自爆しちゃって」
「何その機能。危なすぎでしょ」
「此度は小規模だったが、あの事件と同規模の被害もあり得るのであれば隔離もやむを得まい」
辺りを見渡せばエトとヒノヤビがいた場所にはクレーターが形成され、焼け焦げた地面からは煙が上がっていた。演習場が野原でなければ再び立て直しになる所である。
「つーか、そっちはどうだったんだ?」
「一対一であれば決着はつかなかっただろう。それほど堅い守りだった」
「もっと精進しないとって感じだよね」
「俺としては今回のことでやっぱり追い込み過ぎるのも良くないって感じたけどな」
ふとヒノヤビが手を鳴らし、三人はそちらへ向き直る。
「傾聴! 模擬戦は我々教師陣の不甲斐ない結果に終わってしまったが、お前たちの大まかな実力は把握した。これを踏まえて三人とも特別課外活動への参加を許可する」
「「「特別課外活動?」」」
「うむ、実力はあるが知識と経験が足りないお前たちに経験を積ませるための方策だ。もっともその前に謹慎処分中の授業の遅れを連日の補修で補うことになるがな」
エトは嫌そうな顔をし、ナルカミは苦笑い、サイバネは当然といった面持ちである。
「私から補足させてもらいますと、皆様には様々な現場で活躍される召喚士の方々の下で研修を受けてもらいます。研修先についてはこちらから選択肢を提示させて頂きますので三人で行先を調べ話し合って決めてください。その過程も学習に含まれます」
「もっとも初回は一択だがな! まずは勉学の遅れを取り戻すことに集中するように」
「「「はい!」」」と三人は頷いた。
「よろしい! ちなみに初回の特別課外活動は私の古巣でもある国軍部隊だ。どうだ楽しそうだろう?」
あまり楽しくなさそうな行先に三人は微妙な表情を浮かべた。
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