罪深い夜食ほど美味い
「たしかにこの辺りだ。どことなく覚えがある」
一行はヤツフサがもつ人よりでかい犬のような召喚獣に先導されて山道を歩く。その上空をサイバネの機械竜が飛行していた。
「本当に無理しないでくださいね?」
「本来は大事をとるべきだ」
「おうよ。嬢ちゃんのおかげか、いつもより調子が良いくらいだ」
「次言ったら、いくらナルカミの知り合いでもぶっ飛ばすからな」
「おっと悪い悪い」
あの後、ナルカミとサイバネは依然として町へ帰還してヤツフサの療養と国へ捜査を依頼することを提案した。
しかし、エトの手で医者に診せる必要もないほど回復したヤツフサはそれに反対。己のように生半可な実力の持ち主が大半の国軍の召喚士では新たな犠牲者になると訴え、己の召喚獣による追跡の護衛を三人に依頼した。
ヤツフサの健康状態についてはエトが保証したものの、相手の規模が不明な以上不安は残る。そこで折衷案として運転手のタジマには先に町へと戻って応援を呼んでもらい、自分たちの足で先行調査を行うことにした。
ヤツフサがもつ召喚獣の追跡能力は優秀で嗅覚に優れるだけでなく、地磁気に基づいた位置情報を常に記録しており、自分たちが捕まっていた場所もしっかりと記録していた。
だが、拠点があった思われる場所には爆発が起きたような痕跡とその残骸しか残されておらず、詳しい調査は応援にやってきた国軍に引き継ぐ他なかった。
「ふぅ、人が来る前に戻れて助かったぜ」
その頃にはエトの性別も戻っており、大勢の前でその姿を晒す事態にはならずに済んだ彼は平らになった胸を撫で下ろした。
「本当に嬢ちゃんじゃなくて坊ちゃんだったんだな」
「……本気で殴られたいのかおっさん」
「まあまあ、落ち着いて」
「そこまで気にすることではないと思うが?」
「俺は気にするんだよ!」
「確かに他人が口を出すことではないか。済まなかった」
「俺も悪かった。命の恩人に対して失礼だったな。詫びに最高のジビエを食わしてやるからよ。腹空かせといてくれ」
ヤツフサは帰り道の途中、ついでとばかりに猪に似た魔獣と鹿のような魔獣を仕留めていた。その手際は常日頃から魔獣を狩るエトも感心するほどのもの。特に仕留めた後の処理については学ぶことが多かった。
「もうずっと腹ペコだぜ」
「そういえばそんなこと言ってたね」
「本来の趣旨に戻ったというわけだ」
そして、ヤツフサの店に戻った一行は、既に事情を聞いていた奥さんのフセと抱き合い口付けを交わすヤツフサを見て気まずくなったり、役人らしき人から聞き取り調査を受けたりとしながらもようやく食事にありつくことが出来た。
「今日は世話になったな。じゃんじゃん作るから遠慮せず好きなだけ食ってくれ」
「今日は貸し切りだし、ゆっくりしていってね。よければ二階の宿に泊まっていってくださいな」
日が暮れて久しく、夕食というより夜食に近くなってしまったが、ヤツフサとフセ夫妻の魔獣ジビエ料理はどれも絶品だった。
王道のグリルやローストからもつ煮に揚げ物、鍋にしゃぶしゃぶ、さらに新鮮な生肉のタルタルなどバラエティー豊か。さらに地域特産の野菜を使った付け合わせが肉を引き立てつつ、食べ応えもプラスしてくれる。
三人も長々と待った甲斐があるというもの。
「やべえよこれ、俺がいつも食ってる魔獣肉はサンダルだったのかってぐらい全然違うわ」
「何その例え。君の普段の食生活が心配になってきたよ」
「であれば、定期的にこういった催しを開くというのはどうだろう?」
「マジで!? あっ、でも俺金ないぜ。今回は奢りだから良かったけど、さすがに毎度奢ってもらうのはなー」
「私は構わないが、それで納得するものでもないか」
「でも今回ってお金払ったの朝食ぐらいだし、次の機会までなら奢りでもよくない?」
サイバネとナルカミの言葉を受け、エトは良心と食欲の間で揺れた。
「それは、そう、なのか? そうかもな」
しかし、揺れていた時間はわずかであっさりと心の天秤が傾いた。そもそも彼は誘惑に弱い方である。
その夜、三人は次の機会を約束して店の二階にある宿に泊まった。
四人まで泊まれる部屋であり、十二支以外と同じ部屋で過ごすのはエトにとって初めての経験であった。ナルカミとサイバネも友人と同じ部屋に泊まった経験はない。
三人は夜が更けていくことも忘れて色んなことを話した。特に意味のある会話ではなく、寝て起きればほとんど覚えていないようなとりとめのない会話ばかり。それだけのことがとても新鮮で眠りに落ちるのが惜しいと思うほど。
「へぇ、その先生がエトの初恋だったんだ」
「そうだよ。悪いかよ」
「いいや、人に好意を抱くことが悪いはずもない」
「止めろや。照れるだろ」
「でも失恋しちゃったんでしょ?」
「表出ろや!」
「いいね! 夜通しでも付き合うよ」
「それは近所迷惑ではないか?」
気づけば夜が明け、新しい朝を迎えていた。
「「「眠い」」」
三人は揃って欠伸が出そうになる口を押えた。
「おはようさん。なんだ眠れなかったのか?」
「枕が合わなかったのかしら?」
「いえ、ただ、思いのほか話が弾んでしまい」
サイバネは自分自身の行動に戸惑っている様子であった。
「そうだね。ここまで楽しい夜は久々だったよ。兄さんと夜通し戦った時以来かな」
「なんだそりゃ。俺は頼まれてもそんなことしないからな」
「次だけじゃなく、その次も奢るって言ったら?」
エトはちょっと迷った。
「はっはっは! 親睦を深められたようでなにより」
「男友達三人で語り明かすなんて素敵ね。朝ごはんを用意するから座って待ってて頂戴」
フセに案内された三人はゆったりと席に着く。
「友か」とサイバネは神妙に呟いた。
「よくよく考えたら僕たちって知り会って三日目だよね」
「昨日が長かったからな。つーか、寝てないから終わった気がしねえ」
「私は、二人を友と呼んでもいいのだろうか?」
「「えっ」」
「こういった経験には乏しくてな。判断基準が分からない」
「俺は良いと思うぜ。その代わり俺もお前のことをダチと呼ばせてもらうけどな」
「僕も構わないよ。むしろ、こちらからお願いしたいぐらいだ。年と実力の近い友人が全然いなくて退屈してたんだよね」
「それはたぶん実力の比重がでかいからじゃね」
「やっぱりそう思う?」
「二人共、ありがとう」
笑みを浮かべるサイバネに対し、二人も笑顔を返した。
その後、朝食を終えた三人は屋形車の中でうたた寝をしながら学園の寮へと戻ってきた。
また明日と別れてふらふら自室に戻ったエト。そんな彼を待ち受けていたのは薬天未ヨウであった。ふわふわとした羊毛の塊のような布で胸回りと腰回りだけを隠し、その上に透け透けの薄い寝巻を着た彼女はもたれかかるようにエトへ抱き着いてくる。
「あーあ、約束したのにさー。随分と焦らしてくれちゃってもー。不眠不休で頑張れるお薬もあるしー、今日は寝かさないよー。ねーどうやって飲むー? 口移しー? それともやっぱりおっ、ぷぎゃっ!?」
「悪い。マジで眠いんだ」
「えー、ちょっとー」
エトはヨウごと布団の上に倒れ込むと、そのまま彼女を抱き枕にして眠り始めた。
「はー、しょうがないなー主殿は。まー夢の中で好きにすればいーか。お休み主殿。良い夢見せてあげるからねー」
そう言ってヨウは目を閉じると、エトを抱き締め口づけた。
「被害届から三日で今度は感謝状とは。若人は忙しないな」
国軍から報告を受けたミズカガミは己の認識が正しかったことを再確認した。
あの三人は学園に収まるような器ではないと。
しかし、だからといって匙を投げることは教育者としての沽券に関わる。
今回の件は三人が動いたことで行方不明者となるはずだった一人が救われ、他に被害が出ることもなかった。さらに最近の連続失踪事件に関わる組織の手がかりまで発見されている。
だが、次からも上手くいくという保証はない。
もしも仮に三人が件の組織に捕まり、今回の被害者のように魔獣化されてしまうようなことがあれば、その能力の高さ故に未曾有の被害を引き起こす可能性もある。
今後もそのような事態に陥らせないためにも、彼らを教え導くための環境と人員の確保は急務であった。
「早急に計画を進めねばなるまい」
幸いにも召喚士を用いた工事は順調であり、人材の目星も既についている。
ミズカガミの机の上には一人の男性ともう一人。エトが通っていた初等部で教師を務める元軍人の女性に関する資料が広げられていた。
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