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 近未来的な機器に囲まれた部屋の中央に召喚陣が描かれ、中から片腕のないくたびれた白衣の男が現れる。


「はぁ、技術力の低い国の組織は何をするにも手間と時間がかかって困る」

『お帰りなさいませ』


 白衣の男が荷物を下ろすと女性的な機械音声が部屋に響いた。


「シズメは部屋に戻っているか? 確認したいことがある」

『シズメ様は現在葦原地方東葦原地区東葦原中等召喚士官学校内……』

「長い。無駄は省いて回線を繋げろ」

『かしこまりました。映像通話を開始します』

「映像はいらん。音声だけでいい」

『かしこまりました』


 空中に画面が投影され、すぐに消えた。


『うっひゃあ!?』


 少し経って少女の悲鳴と大きな水飛沫が上がる音が部屋に響き渡り、白衣の男は耳を抑えた。しかし、手が片方しかないことに溜息を吐く。


「通知はどうした?」

『無駄を省きました』

「このポンコツが。下手に技術力が高いのも問題だな」

『お風呂に入ってる時に電話してくるなんて何考えてるんですか!?』

「音声通話のはずだが? 何を焦る?」

『えっ? でもこっちには先生が映ってますよ?』

『シズメ様からの通信は音声のみとなっております』

『なーんだ。いやー私のサービスショットが見れなくて残念でしたね先生? 私も羽化した蝶の如く成長した姿を見せられなくて残念です』

『かしこまりました。映像を出力します』

『えっ?』


 次の瞬間、湯船に浸かるシズメの映像が白衣の男の部屋に投影された。画面越しに二人の目が合い、再びシズメの悲鳴が部屋に響く。

 白衣の男は一週間前と大して変わらないなと思った。





『ええ、はい。確かにナルカミ君とサイバネ君は同じクラスです。それにもう一人も同じクラスのエト君で間違いないと思います。あんなのは二人もいないでしょうし。三人とも今は謹慎中です』


 しばらくしてシズメが落ち着いた所でようやく音声通話による情報交換がなされた。


「謹慎? こちらとは謹慎の定義が異なるのか? まぁいい。三人の情報をまとめて送れ。特にエトというガキは念入りにな。ただし、変に探りを入れるような真似はしなくていい」

『ん、りょーかいです。あっ、宿題が終わってからでもいいですか?』

「構わん。特に急ぎでもない」

『後、ごめんなさい。もう一度先生の映像を見せてもらっていいですか? 先生の方の映像だけ!』

『かしこまりました。映像通話に切り替えます』

「返答前に動くなポンコツ」


 シズメは再び表示された映像を凝視する。そうして彼女は違和感の正体に気づいた。


『あー! 腕が片っぽないじゃないですか! どうしたんですか!?』

「今更か。さっき言った三人から逃げるために切り離した」

『演習の時も強いなぁとは思ってましたけど、あの三人ってそんなに強いんですか?』

「まともに戦ったわけではないが、三人一度に相手するとなると一人か二人と相打ちが限界だろうな」

『うわぁ、人の尊厳捨ててる先生相手に素でそれとか、ちょっと引きます』

「勝手に尊厳を捨てたことにするな」

『えっ、ひょっとしてまだ残してるつもりだったんですか?』

「……切るぞ」

『あはは、今のはちょっとした冗』

『通話を終了しました』

「さて、大分時間を無駄にしたな」


 シズメからの着信を無視した白衣の男はふと、彼女を拾い上げた時のことを思い出す。


「人形めいていたガキが随分と感情豊かになったものだ」


 その後、白衣の男が片手での作業を面倒に思いながら音声も交えて機器を操作していると、勝手に扉が開かれ一人の女性が部屋に入ってきた。


『スピカ様がお見えになられました』

「扉を開ける前に言ってくれ」

「あら? お邪魔だったかしら?」

「そうだと言えば帰ってくれるのか?」

「仮にも師に対して随分な言い草ね」

「はぁ、ポンコツ。椅子とお茶を用意しろ」

『ポンコツはライブラリに登録されていません』

「いいからやれ」

「駄目じゃない。ちゃんとメディって呼んであげないと」

『お茶の用意が出来ました』

「あら、ありがと」


 ロボットアームが用意した椅子にスピカが腰を下ろすと、小さなテーブルも置かれてお茶が運ばれてくる。己の分のコーヒーを頼んだ白衣の男は椅子を回転させて彼女の方へ向き直った。


「それで何の用だ?」

「末席とはいえ幹部としての初仕事でしょう? 心配で様子を見に来たのだけれど、杞憂では済まなかったようね」


 スピカは白衣の男の足りない腕を睨む。目の奥に怒りが滲む視線の先には不甲斐ない男だけではなく、腕を落とした下手人まで見据えようとしていた。

 面倒な相手に目を付けられたものだと男は溜息をつく。


「他の連中も来ているのか?」

「盟主様からの招集もないのに集まるわけないじゃない。今ここにいる物好きは私と盟主様ぐらいなものよ」

「朗報だな。無駄な時間が減る」

「それで結局仕事はどうだったの? あなたがそんな調子だと推薦した私の評価まで下がるじゃないの」

「最低限の成果はある。それに興味深いものも見つかった。後でまとめて報告するさ」

「そう。ならいいけど」


 スピカは徐に立ち上がると白衣の男の前まで近づいた。


「ほら、なくした方の肩を出しなさい」

「しばらくすれば生えてくるが?」

「いいから。この後、盟主様に謁見するんでしょ? そんな成りであの御方の前に立たせるわけにはいかないわ」

「はいはい、好きにすればいいさ」


 白衣の男が肩を晒すと、スピカは傷口に指を突き刺し動かした。止まっていた血が溢れ出すことを気にも留めず、何かを引きずり出すように指を引き抜くと同時に新しい腕が生えてくる。


「うん、完璧ね」

「相変わらず目に悪い再生術だ。床も汚れた」


 新しい白衣を纏った男はメディに指示を出して血だまりを掃除させた。


「こういう時はまずお礼を言うべきよ」

「腕を治して下さりありがとうございました」

「よろしい。じゃあ、やることもやったしお暇させてもらおうかしら」

「どうぞどうぞ」

「そう言われると居座りたくなるわね」


 そう言いながらもスピカは背を向けて部屋を去っていく。出されたお茶はほとんど残されたままだった。白衣の男は一息で飲み干したコーヒーと一緒にそれも片付けさせる。


「まったく、よく分からん女だ」


 そう言って白衣の男は椅子を回して再び作業を始めた。





 一方、白衣の男から情報収集を命じられたシズメは次の日、眠気をこらえながら登校していた。情報を資料にまとめるのに夜遅くまでかかってしまったのだ。急ぎではないと言われたものの、シズメとしてはなるべく早く仕事を済ませたかった。己が有能であることをアピールしたかったのだ。


「(自力でもなんとかなったとはいえ、エト君には一度助けられた恩があるし、何も言われてなかったから今までなにも報告しなかった。でも、先生に直接頼まれたら仕方ないよね。いっぱい褒めてもらうためにも頑張らないと)」


 探りは入れなくていいと言われたことも忘れて静かにやる気を漲らせるシズメ。そんな彼女をよそに朝礼が始まる。


「え~、まずは皆さんにお知らせがあります。クラスメイトのサイバネ君、ナルカミ君、エト君の三人は急遽新設された特別クラスへ移動になりました。寮も特別寮へ引っ越しになります」

「(うそでしょ~!?)」


 担任から告げられた通達にシズメは驚愕を隠せなかった。





 召喚士たちの手を借りて僅か一週間足らずで敷地内に新設された特別棟。その中にある特別寮の一室で、エトは十二支たちの手を借りながら引っ越し作業を行っていた。


「マスター! 布団は敷き終わりましたよ! 一勝負しませんか!」

「しない」

 

 エトは梵天亥ぼんてんがいボンの快活な誘いを素っ気なく断った。


「え~、いいじゃないですか~。勝負しましょうよ勝負」

「しないって。昨日も散々したじゃねえか」


 短パンビキニ姿で絡みついてくるボンに苛立ったエトは彼女の豊満な胸を揉みしだいた。すると、彼女は顔を真っ赤に染め、それまでの快活さが嘘のように大人しくなる。


「っ、ますたぁ……」

「しかし、結構スペースが余ったな」


 以前の部屋よりも広くなったことで十二支全員分の布団を敷けそうだとエトは思った。もっともエトの分は足りてないし、その他の家具が壁や空中に配置されているのは継続だが。


「旦那様~、ご飯が出来ましたよ~。一休みしましょうね~」

「おう、悪いな」


 下着エプロン姿の月天午ママが運んできた食事が宙に浮かぶ板の上に並べられる。だが、その中には飲み物がなかった。


「今しぼりたてを用意しますのでちょっと待っててくださいね~。ほら、チウさん。早く牛乳出してくれませんか~」

「えーと、さすがにお姉さんでもこれはちょっと」


 空のコップを渡された鋼天丑チウが戸惑いを見せると、ママは暗い笑みを浮かべた。


「今更何言ってるんですか~。昨晩は随分ノリノリでしたよね~。ママより少し大きくてお乳が出るからってママの座は渡しませんから」

「別にその座は狙ってないのだけど」

「おい、こっちは変なもの入ってないだろうな?」

「いえいえ、ちょっと精のつくものが入ってるくらいですよ~」

「はーい、こっち見てー」

「ん? んぐぅ!?」


 振り向いたエトに口づけた薬天未ヨウが何かを口移しで注ぎ込んだ。


「ぷはー、これで中和されるよー」

「それは助かったけど、次から別のやり方にしてくれ」

「えー、この方が楽だしー、コップに吐いたのを飲むよりいいでしょー?」

「それはそうだが」

「ヨウちゃ~ん。ママより小さいくせにお乳が出るからって邪魔するつもりですか~」

「なーにー? おままごとに夢中の馬鹿は意味不明で困っちゃうよー」

「へぇ~、そうですか~。賢いヨウちゃんはいい子いい子してあげますね~」

「あー! 角がー! おーれーるー!」

 

 ママに角を掴まれて持ち上げられたヨウは悲鳴を上げ、同時にインターホンの音が鳴る。

 エトが居間の結界を抜けるとヨウの悲鳴は聞こえなくなり、その一方通行な防音効果を確認出来た。


『こちらはエト君の部屋で間違いないでしょうか?』

「はい、そうです」


 インターホンから聞こえてきたのは聞きなれない男性の声だった。


『引っ越し作業中にすいません。私はこの度特別クラスの副担任を務めることになったフジと申します』

「えーと、エトです。ちょっと待ってて下さい。すぐ開けるんで」

『いえ、そのままで結構です。午後1時に特別練の101教室へ集まるようにと伝えに来ただけですから。自己紹介はその時に改めて』

「分かりました。わざわざすいません」

「いえいえ、それでは失礼します」


 プツリとインターホンが切れる。


「そういうわけで今日は登校することになったわ」

「「「「「「「「「「「「え~」」」」」」」」」」」」


 十二支たちは口を揃えて不満を漏らした。





 そして、約束の午後1時前。エトとナルカミ、サイバネの三人は三つしか席がない教室に集まって座っていた。


「三人だけの教室というのも寂しいものだな」

「そう? 僕としては気楽でいいね」

「悪かないが、十人ぐらいは欲しい気もするな」


 三人が話しているとスーツ姿のフジが教室に入って来る。


「お待たせしました」

「ほう、遅刻者は無しか」


 そして、フジの後ろから軍服を着て軍刀を携えた小柄な女性が現れる。その姿と声にエトは目を見開いた。


「お前たちの担任となったヒノヤビだ。サイバネとナルカミは初めまして。そして、久しぶりだなエト」


 不敵に笑う彼女こそエトの恩師であり初恋の先生本人。


『『『『『『『『『『『『チッ』』』』』』』』』』』』


 十二支たちは盛大に舌打ちをした。

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