人狼退治はディナーの前に
一行はエトと十二支たちがやらかした地の上空に来ていた。
屋形車の屋根に登った三人の眼下には12平方キロメートルに及ぶ荒野が広がっており、中心部には巨大なクレーターが形成されている。
「圧巻というべきか。湖でもここまでの大きさのものは滅多に無い」
「一体何やったらこうなるのさ」
「正直に言うと、あの時は俺も意識が朦朧としてたからよく分かってなくて」
『そういや、こんな風にしたのは誰がやったんだ?』
『チウさんがやりました』『スイさんですね』『ハナがやった』『ふ、フウさんだと思います』『ミミであろう』『ママの仕業に違いありません』『ヨウちゃんですよね~』『エンじゃないのー』『ユウに決まってるでしょ!』『真犯人はヒヨちゃんでしょう』『ボンがやった!』『ネネじゃないかな?』
『一周してんじゃねえか』
十二支たちは揃って隣の者を指差していた。
『別に怒っちゃいねえよ。助けられたわけだし、そこは感謝してる』
十二支たちは指先を己に向けて自分がやりましたと自白した。
我ながら現金な奴らだとエトは思う。
「二人共、何か来る。警戒を」
機械竜によるレーダー役を担っていたサイバネの警告と共に遠吠えのような獣の咆哮が響き渡り、目指していた山の一角が崩れ落ちる。さらに木々をなぎ倒し、土煙を上げながらこちらへ向かってくる存在を遠目からでも確認出来た。
「魔獣かな? 相当速いね」
「俺が前に相手したキメラの仲間かもな」
「補足した。迎撃する」
驚異的なスピードで森林地帯を駆け抜け荒野まで到達した人型の狼のような魔獣を機械竜のミサイルが襲う。人狼はその速さを活かして躱そうとするも、加速したミサイルも同等以上に速い上に数が多く追尾する。
度重なる爆炎が人狼を覆い尽くした。
だが、咆哮による衝撃波が煙を晴らし、追撃のミサイルを撃墜しながらサイバネたちに迫る。
その眼前にエトが躍り出た。
『憑依召喚
『お姉さんの出番ね』『殿に勝利を』『共に参りましょう』『よーし、見ててくださいね!』
『三会四局 秋』『二支対衝 土無』
展開された岩が衝撃で砕かれると、その内から真空に近い空間が広がり咆哮による空気の振動を遮断する。さらに砕けた欠片が硬く鋭い刃に変化し、電磁力によって高速で射出された。
人狼は本能による直観から一瞬で被弾が最小限になるルートを選択。降り注ぐ弾丸の雨を潜り抜けた。
だが、その先は雷槍に姿を変えた雷狼三体による囲いの中であった。
『雷鳴陣』
三本の雷槍で築かれた結界の中を強烈な電撃が駆け巡る。その最中にあっても尚、人狼は意識を失うことなく、倒れることもなかった。だが、その肉体は感電し、結界から抜け出すことは叶わない。
ようやく結界が解け、焦げた肉体から煙を上げる人狼の前には既に巨大な雷槍を構えたナルカミが待機していた。
「耐え切るなんて中々やるね。でも、動きが止まってるよ」
人狼は迫る死の予感から必死に抗おうとするも感電した肉体は思うように動かず、ただ死に体を晒すことしか出来ない。
槍が振りかぶられたその刹那、ナルカミの耳にエトの叫びが届く。
「待った! そいつ人間だ!」
ナルカミの動きが止まる。微かな猶予を得て自由を取り戻した人狼による爪牙が迫り、ナルカミは上空へと退避した。
「支援する」
入れ替わるようにミサイルが断続的に降り注ぎ、ナルカミも二体の雷狼をその援護に回し、もう一体の力を借りてエトの元へ向かった。
「今言ったのは本当かい? 言われてみれば、確かにヤツフサさんの召喚獣と似ているような気もするけど、もっと可愛らしい犬だったような」
「俺はヤツフサさんを知らねえからその人かどうかは分からねえけど、元人間なのは間違いない」
『そうだよー。君らと違ってボクの目に狂いはないからさー』
その情報は
『あれはー薬と術で内外から無理矢理自分の召喚獣と融合させられてるねー』
『戻せるか?』
『うーん。今の段階ならネネとボンで術の効果を打ち消しつつ召喚獣を還してー。ボクとハナで薬を取り除いてから回復すればいけるかなー。ちなみにボクたちを出すかー、もしくは融合召喚必須でーす』
『じゃあ、融合召喚だな。分かった。ありがとな』
『後でご褒美よろしくねー』
『……あいよ』
『憑依召喚
『三会四局 春』『北方二合 光闇』
「俺が絶対元に戻すから、二人はなんとかあいつの動きをしばらく止めてくれ! 十秒くらい! 後、俺が触れても大丈夫なように!」
「その条件だと感電させ続けるのは駄目か。隙を作るぐらい?」
「ならばその隙に私が拘束しよう」
「よし、決まりだな」
『融合召喚 薬天未』
両拳を打ち鳴らしたエトの頭から羊のような耳と角が生えてきた。ここからは色んな意味で時間との闘いである。
『あっ、ま、マスター様。術者も近くにいます。えっと、一キロぐらい先の森の中です。なんだかマスター様のことが気になるみたいですよ』
「……黒幕らしき奴が北の方の森にいるみたいだ。大体一キロ先」
エトの言葉を受けて、サイバネは相手に気取られぬよう気を付けながら言われた方角へ探知を集中させた。
「確認した。どうやら一人のようだ。探知範囲内にそれ以外の人影は見当たらない」
「なんかめっちゃきもい気配を感じるんだが」
「君の力は珍しいもんね。どうする? 横槍を入れられたら面倒だよ」
「俺に注目してるってことは、治す時にはもっと観察に集中するってことだろ? そこを二人がこっそり叩くってのはどうだ?」
「ふむ、妥当な判断だ」
「いいね。そうしようか」
「よし、今度こそやるぜ」
『あー、言い忘れてたけど融合召喚の場合、次の段階に入らないと無理だよー』
『嘘だろ!?』
エトは心の中で叫んだ。
融合召喚の次の段階である陰陽反転。それ即ち女体化である。しかも、一度使用すればしばらく戻れない。
エトとしては可能な限り使用を避けたい所。だが、既に賽は投げられており、他二人は行動を開始していた。そして、なにより人命がかかっている。
エトは一時的に男を捨てる覚悟を決めた。
そんなことを知る由もない雷轟夜叉状態のナルカミが雷鳴と共に地上へ被雷する。
「さて、もう十分溜まったみたいだね」
ミサイルの爆撃と雷狼の執拗な電撃が止み、ナルカミの姿を確認した人狼は全力で逃げ出した。
「それはもう遅いんだよね」
刹那、人狼の体から稲妻が発生してナルカミの元へと伸びた。
「逃げるなら雷が溜まる前に逃げるべきだったね」
体の芯から感電して動きを止めた人狼に機械竜の尻尾が巻き付き、さらに尻尾から展開されたアームとワイヤーが四肢と口を縛り上げた。
「存外、楽な仕事だったな」
そして、人狼の前に羊の角と大きく成長した胸を携えたエトが着地する。
『融合召喚 深度弐 陰陽反転』
予想だにしなかったその姿にナルカミとサイバネは目を見開いた。
「「はっ?」」
「うるせえ! 集中したいから今は何も言うな!」
エトは羞恥やら怒りやら悔しさを堪えながら人狼の腹へ叩きつけるように掌を当てる。
『無明厄種』
掌を当てた人狼の腹から光が漏れ、一本の植物が生えてくる。
その植物が成長するに従って、人狼の肉体は吸い取られるようにしぼんでいき、花を咲かせる頃には人狼から一人の男性へと姿を変えていた。やがて花が散り、植物は一つの実を残して枯れ落ちると、エトは手に入れた実を男の口へ放り込んだ。すると枯れ木のようだった男の肉体が見る見るうちに瑞々しさを取り戻していく。
その様子を遠方から観察していたくたびれた白衣の男は予期せぬ事態の連続に驚愕していた。
町を襲わせるはずの実験体が早々に見つかり、子供相手に手も足も出ず一方的にやられてばかりなのも驚いたが、複数の属性を扱う獣化の使い手が現れ、さらには不可逆のはずの魔獣化を解いてみせたのだから。
「これはまた面倒なことになった。……が、興味深い」
覇気のなかった目が熱を帯び、自然と口角が上がる。その背後からナルカミの雷撃が白衣の男を貫いた。
「覗き見は感心しないな」
「(どういうことだ? 夜叉のガキは未だ向こうにいるというのに)」
白衣の男の目には一歩も動かずに己を貫いた雷撃を受け取るナルカミの姿が今も写っている。背後に軽く目をやれば木々を焦がす雷の通り道の先で雷を纏った牛の召喚獣が飛んでいくのが見えた。
そう運転手のタジマの召喚獣である。ナルカミは彼と協力し、雷属性であるその召喚獣の一匹に予め雷を付与して白衣の男の後方へ待機させていたのだ。
「(やられたな。完全に存在を失念していた)」
白衣の男は右手を前に出してバリアのような障壁を生成し、機械竜のミサイルを防ぎながら感心する。
「(固められたか。これは詰んだな)」
白衣の男は障壁を維持するためその場から動けず、その間にナルカミとサイバネは溜めを終えていた。
『雷轟大爪槍』
『滅尽波動砲』
ナルカミは雷で創られた巨大な三叉槍を振りかぶり、サイバネの機械竜は三つの首から光を溢れさせている。
「はぁ、またあいつらにぐちぐち言われる」
白衣の男は障壁を張っている右腕を左手で切り落とした。
だが、切り落とされた右腕は障壁を展開したまま宙に浮き、泡立つようにその面積を増大させて異形と化していく。
「因縁などごめん被るが、この借りはいずれ清算させてもらう」
そう言い残して白衣の男は爆炎と肉の壁に隠れながら虚空へ消える。
その数舜後、雷の槍が障壁を穿ち、光の波が異形の腕を跡形もなく消し飛ばした。
「やったと思う? 相手の電磁波は消えたけど」
「光の拡散を見る限り、何かしらを消し飛ばしたことは確かだ。加えてレーダーでは離脱した物体を確認出来ていない」
「じゃあ、一先ずやったってことでいいかな」
「だが、後方に別動隊がいる可能性も否定できない」
「それは確かに。そういうわけだからなるべく早くここを離れて町に戻りたいんだけど」
「待ってくれ。治療は終わったけど、この成りで町に戻りたくねえ」
いつもより高くなった声でエトは返事を返す。
「えーと、エトだよね?」
「そうだよ。なんか文句あるか」
拗ねたようにエトは言う。羊耳と角も相まって非常に可愛らしい。
「文句はない。むしろ、その働きを称えられるべきだ」
「僕とサイバネだけじゃ討伐してただろうしね」
「はぁ、悪かったよ。この姿は落ち着かないんだ。しばらく戻んないし」
『あーあ、素直にボクたちを喚べば良かったのにー』
『それは今よりもっと嫌だ』
毒気を抜かれたエトはこの二人と運転手の人の前だけで済んだのは幸運だったと思うことにした。そうでなければやってられなかったともいう。
「それはなんとも不思議だね」
「聞いたことのない話だ」
その時、うめき声を上げながらヤツフサが目を覚ました。
「げっ」
「いや、怪我人が起きて『げっ』は駄目でしょ」
「すまん、つい」
「しかし、凄まじい回復力だな」
「その分、めっちゃ疲れるけどな。あーもう腹減った」
「じゃあ、急いで町に戻らないとね」
「止めてくれ。男に戻るまで絶対に
騒がしい車内の中、体を起こしたヤツフサに顔見知りのナルカミがこれまでの経緯を説明する。
「そうか、そんなことが。俺も焼きが回ったもんだ。ナルカミ坊ちゃんとサイバネ坊ちゃんにエトの嬢ちゃんもありがとな。助かった。この恩は一生忘れねえ」
「俺は嬢ちゃんじゃねえ! 忘れてくれ!」
エトの心からの叫びにナルカミとサイバネは笑い声を上げた。
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