第11話 マッチョおじいちゃんの大盛シーフード海苔パスタ

 イサナ王国に転移して、三日目の朝。

 ラディルは俺が店から離れないとわかると、体が訛るからと外に走りに行ってしまった。

 俺は朝から、ご飯を炊いちゃったりして。

 店の一階が一緒に転移したおかげで、米がフル補充された米びつと炊飯器もあったのだ。


「とりあえず、掃除でもするか」


 朝の日課として、店と店先の掃除をする。

 昨日はゴミが散乱して大変だったが、今日はあっさり終わってしまった。

 裏路地で荒れてただけで、意外と散らかす人は少ないのかな。

 思いのほか早く終わって、店内に戻る。


「食材、何が残ってたっけ……」


 手持無沙汰で、なんとなく冷蔵庫の在庫確認をしていく。

 この世界に転移した当日、冷蔵庫の中には仕込み済みの食材も結構あった。

 三日目ともなれば、食べ切らなくてはいけないものも出てくる。


「海鮮系、早く使わないとな……」


 イタリアンではペスカトーレをはじめ、魚介系のパスタや料理も多い。

 すぐに料理が出来上がるように、あらかじめ解凍や下茹でをして用意しておく食材があるのだ。

 エビ、アサリ、ムール貝、小柱、イカ……この辺は、使い切りたいな。


「今日はメニューを日替わりに絞って、ペスカトーレでも出そうかな?」


 キッチンを一人で……いや、接客やお会計を含めて、一人でやることになるかもしれない。

 プレオープン中でお客さんは少ないだろうけど、念のためメニュー数は減らしておこう。


「とりあえず、準備の前に一息入れるか」


 先日ウエスフィルド商会で買ったコーヒーを淹れ、チョコレートを小皿に盛る。

 それらを個室卓に運び、席に着いた。

 甘いチョコレートを口に入れ、ゆっくりコーヒーを啜る。

 なんとも平和な朝。


「もう二日もゆっくり休んで……不思議な感じだ」


 実際には異世界に来て外を歩き回ったり、ちょっとパンを外で売ったりはしたんだけど……。

 それでも現実で朝から晩まで働いていたのに比べたら、部屋のベッドで十分に寝られるのだ。

 ブラック飲食に勤めていた俺にしたら、ほぼ休日と言っても過言ではない。


「このぐらいのんびり働けるなら、飲食、好きなんだけどなぁ……」


 正直飲食は、勤務時間が長く、給料は少なくて、労務的な常識は皆無。

 自分が勤めていた会社も、漏れなくその一端であった。


「まぁ多少辛くても、なんだかんだ結局続けちゃうんだけど」


 小皿のチョコレートが、最後の一つになってる。

 ボーっとしてると、あっという間に食べ過ぎちゃうな。


≪カランカラーン≫

 

 最後の甘みを堪能していると、ドアベルが鳴り響いた。


「新しい店が出来たと聞いてきたのだが……」


 入店してきたのは、こんがり日焼けしたおじいちゃん――すごい、マッチョな。

 とても大きな体躯で、入り口をくぐるように入ってきた。

 重たそうな大きな袋を背負っていて、雰囲気は漁師さんという感じ。


「いらっしゃいませ。こんな格好ですみません」

「まだ準備中だったか。すまない」

「いえいえ、もう少しで開けようと思ってたので。こちらの席、どうぞ」


 口調はぶっきらぼうだが、こちらを気遣ってくれるおじいちゃん。

 そんな彼をテーブル席に案内して、俺は水とおしぼりを差し出した。


「ご来店いただき、ありがとうございます」

「ああ。ウエスフィルド商会のウルから、面白い店が出来たと聞いてな」

「ウルさんの紹介なんですね!」


 まさかウルさん、店の事を他の人にも紹介してくれてるなんて。

 取引相手だからというのもあるんだろうけど、ありがたいなぁ。

 ウルさんに感謝しながら写真入りのメニューを引っ張り出して、おじいちゃんに持っていく。

 ペスカトーレは日替わりでもたまに出すので、ラミネートしたメニューのストックがあるのだ。


「本日は日替わりメニューで、海鮮たっぷりのペスカトーレをご用意しています」

「ふむ……」


 メニューを見たおじいちゃんは、ちょっと悩んでいる。

 そしてメニューの裏面の白紙も確認すると、困った顔をしてこちらに質問してきた。


「あまりトマトが得意ではなくてな。他のメニューはないだろうか?」

「そうですね……」


 定番人気だからと安易にペスカトーレにしてしまったけど、他の味も併記しといた方が良かったか。

 別の味付けも色々出来るけど、あまり羅列しすぎると返って困るかな?

 トマト以外で人気の、シーフードに合いそうなソース……。


「ハーブを使ったバジリコというソースや、海苔を使ったソースのパスタもご用意できます。いかがでしょうか?」

「ほう、海苔を使ったメニューがあるのか。では海苔のソースのものをお願いしよう」

「かしこまりました」


 オーダーを受け、キッチンの戻る。

 まずは前菜の、サラダとスープを用意。

 スープの温めをしながら、パスタに必要な食材を調理台の上に、どんどん出していく。

 固ゆでのパスタ、海鮮セット、昆布茶、醤油、そしてごはんです……海苔の佃煮!

 意外かもしれないが、海苔の佃煮は出汁の旨味が豊富で、パスタにも合うのだ。


「店主。カウンター席に移動しても、良いだろうか?」

「もちろん、大丈夫ですよ」


 カウンターを見ながらの方が、好みだったのだな。

 おじいちゃんはグラスとおしぼりを持って、カウンター席に移動してきた。

 彼が移動した先のカウンター席に、サラダとスープを持っていく。


「そうだ、大盛にしてもらうことはできるか?」

「できますよ」

「では、大盛で頼む」

「かしこまりました!」


 再びキッチンに戻り、俺はパスタを作り始めた。

 フライパンにレードル二杯のお湯を沸かし、昆布茶・醤油・海苔の佃煮を溶かしていく。

 旨味たっぷりの海苔スープができたら、ここに直接パスタを入れ茹でる。

 麺にも味をしみこませるのだ。


「海苔の、良い香りだな」

「ありがとうございます」


 フライパンに海鮮をどんどん入れていく様子を、おじいさんはサラダを食べながらジッと見ている。

 ちょっと緊張するなぁ……。俺は緊張をほぐすように、手元のフライパンに意識を集中する

 スープで煮込まれたパスタから旨味が溶けだし、ソースはトロミを帯びていく。

 味見用スプーンの先端をパスタの中に差し込み、すくったソースを口に含む。


「うん、美味しい」


 口の中に広がる、海苔の風味。意外とお手軽なんだけど、本格的な味になるんだよな。

 出来上がったパスタを大皿に盛り、もみ海苔と白ごまをトッピングして、大盛シーフード海苔パスタの完成だ。

 海苔の旨味を楽しんでもらうために、スープが多めの仕上がりにしている。


「お待たせいたしました」

「ああ」


 おじいちゃんの座るカウンターのテーブルに、海苔のパスタを置く。

 彼はテーブルの上のフォークを手にして、パスタを一口食べる。


「うまい」


 短く感想を言うと、すぐにこちらを見て質問してきた。


「店主、これは大盛の量だろうか?」

「? はい、大盛でございます」

「そうか」


 彼は一度皿に目を落とし、少しだけ考え込む。

 そしてすぐにこちらを向いて、衝撃的な言葉を続けた。


「同じものを、あと三ついただこう。あ、一つの皿にまとめて盛ってくれて構わない」

「!? か、かしこまりました」


 そんなにたくさん食べるの!? うちの大盛、結構多い方なのに。

 追加オーダーを済ませたおじいちゃんは、満足そうにパスタを食べ始める。

 食べてる間に、追加を作ってくれってことか。

 俺は急いで、追加のパスタを作り始めた。


「追加の大盛シーフード海苔パスタ、お待たせしました!」

「うむ。ありがとう」


 大盛三人前のパスタは、店で一番大きい皿でもこぼれそうなほどの量。

 今日は海鮮の具も多いから、余計だな。

 カウンターに運ぶと、おじいちゃんはすごい勢いで追加も平らげていく。


「店主、ライスはあるか?」

「はい、ございます」

「大盛で一つ頼む」

「かしこまりました」


 まかない用に、炊いといてよかった~。この世界の人、ライス食べるんだな。

 サンキュー、ジャパンRPG設定!

 大盛ライスを出すと、おじいちゃんはパスタソースにライスを入れて食べ始めた。

 海苔のパスタのスープ、ご飯とも合うんだよなぁ。

 堪能してもらえて、嬉しい。


「ふう。うまかった。店主、無理を言ってすまなかったな」

「いえ、たくさん注文して下さって、ありがとうございます」


 満足気なおじいちゃんは、すぐにお会計をして支払いを済ませる。

 そして俺の様子を確認して、話を始めた。


「店主、実は折り入って頼みごとがあるんだが」

「? なんでしょう?」


 お持ち帰りも作るのかな?

 ぐらいに思っていたら、かなり真面目な顔つきでおじいちゃんは話す。


「俺はポセ。漁師をしていてな」

「そうなんですね」

「まぁ、ほぼ隠居して、運動を兼ねて趣味程度になんだが」


 ポセさんは持ってきていた袋を開ける。

 中は氷水で満たされていて、新鮮そうな魚が入っていた。カタクチイワシと、真鯛かな?

 なんでも朝に獲った魚を、漁村から毎日売りに来ているらしい。

 すごいアクティブな人だ。どうりでたくさん食べるわけだよ。


「有体に言えば、魚を買ってくれないだろうか」


 なんでも、ある程度まとまった量が無いと学園や騎士団では買い取ってくれないらしい。

 冒険者ギルドだと魚介類はいまいち不評、小売りでは思うようにさばけず売れ残ってしまう。

 それで、そこそこの量を購入してくれそうなウチに目を付けたと。


「本格的に仕入れるのは、お店を本にオープンしてからになりますが、よろしいですか?」

「ああ、もちろんだ」

「わかりました。ぜひ、仕入れさせていただきます」

「ありがとう、助かる」


 商談が終わると、ポセさんは笑顔で帰っていった。

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