第10話 パニーノと学生

 パニーノ――パンに具材を挟んだもの。平たく言うと、サンドイッチだ。

 日本ではパニーニと呼ばれるホットサンドが有名だが、パニーノとパニーニの違いは単数形か複数形か。

 一個だけならパニーノ、二個以上ならパニーニ。

 ホットサンドは半分にカットして二個の状態で提供されるのでパニーニ、らしい。


「腹も満たされたし、パニーノ作り始めるか」

「はい!」


 朝食の後片付けをして、俺たちは調理にとりかかる。

 まずはフォカッチャをバットからカッティングボードの上に移し、食べやすい長方形に切り分けていく。

 そして切り分けたフォカッチャに、更に上下に分かれるように切り込みを入れた。


「何か手伝えることありますか?」

「そうだな、こんな感じにクリームチーズを塗ってくれるか?」


 見本に一つ、フォカッチャの間にクリームチーズを塗って見せる。

 ずっとチーズの味を楽しめるよう、縦に三段の波になるように塗り広げていく。


「こうですか?」

「そうそう。全部に頼む」

「わかりました!」


 俺の見本と同じように、ラディルがフォカッチャにクリームチーズを塗る。

 一回見せただけとは思えないほど、ラディルは綺麗に仕上げてくれた。


「ラディルは本当に物覚えが早いなぁ。昨日もあっという間に、ピザを伸ばせるようになっちゃったし」

「そんなそんな。店長の教え方が、上手いんですよ」

「いやぁ、謙遜するなって」


 おしゃべりしながらラディルにチーズを塗ってもらってる間に、俺は具材をスライスする。

 定番はハムかスモークサーモンだけど……合鴨スモークも良いな。

 フォカッチャの分厚さに負けない、合鴨とスモークサーモンの二種類にしよう。


「チーズ、塗り終わりました!」

「ありがとう。それじゃ、具材を挟んでいこう」


 クリームチーズの大波に乗る、合鴨とスモークサーモン。

 具材を乗せた上にグリーンレタスを乗せ、バジルドレッシングをかけて挟む。

 合鴨パニーノとサーモンパニーノの完成。

 二色の具材の鮮やかな波模様が、とても美味しそう。


「写真も撮っておこう」


 それぞれ七個ずつ、合計十四個のパニーノが出来上がった。

 パニーノを綺麗に並べ、具材が良く見える角度からスマホで写真を撮る。

 プリンターも使えるから、外に売り場を作るときに使おう。


「あとはどうすれば良いですか?」

「オイルペーパーで包んで、ラッピングしよう」


 テイクアウト用のオイルペーパーで、パニーノを包んでいく。

 最後に麻紐で、蝶結びの飾りをつける。中身を間違えないように、色違いの麻紐をつけた。


「昼には少し早いけど、さっそく売りに出てみようか」

「はい!」


 先ほど撮ったパニーノの写真を、プリンターでプリントしてメニュー表を用意。

 折り畳みのテーブルを外に出し、テーブルクロスを敷き、パニーノを並べていく。

 簡易的にしては、小綺麗な売り場ができたと思う。


「値段は……六〇〇マジカで売ってみるか」


 価格設定は、昨日食べたソーセージの串焼きを参考にした。

 かなり大きなパニーノだし、具材の豪華さも引けをとらないと思う。

 とりあえ、これで勝負だ!


「いらっしゃいませー! 美味しいパンのパニーノ、いかがですかー!」

「本当に美味しいですよー!」


 早速、呼び込みを始める。

 昼時だからか、人通りはそれなりにあった。

 見知らぬ店の店頭販売に、遠巻きに見ている人が多い。


「おや、お店始められたのですか?」

「ウルさん!」


 最初に声をかけてくれたのは、ウルさんだった。

 外回りの営業の時間だったのかな?

 ウルさんはじっくりと、売り場の様子を観察する。


「ちょっと訳ありで、試験的に販売を始めたんです」

「そうですか。それにしても、素敵な売り場ですね。この本物みたいな絵、店長さんが描かれたのですか?」

「ええっと……そんなところです」

「それはそれは……すごいですね」


 ほんのり鋭い、ウルさんの視線が痛い。

 俺がまごまごしている間に、ウルさんは商品に目を移す。


「このパニーノ? 二種類あるのですね。一つずついただけますか?」

「ありがとうございます!」


 無事に、一人目のお客さんにパニーノが売れた。パニーノを二つ紙袋にいれ、彼に手渡す。

 ウルさんの場合、営業とお祝いを兼ねてかもしれないが……それでも嬉しい。

 美味しく食べてもらえるといいな。


「それでは、頑張ってください」

「はい!」


 足早に去っていくウルさんを、見送る。

 彼が買ってくれたおかげか、遠巻きに見てた人が二人ほど、立て続けにパニーノを買ってくれた。


「結構、幸先良いんじゃないか?」


 そう思ったのも、つかの間。

 客足はパッタリと途絶え、なんなら人通りも無くなってきた。

 パニーノが全く売れないまま、日がどんどん傾いていく。


「全然お客さん来ないですね……」

「そうだな……」


 宣伝もしてないし、開店直後はこんなものだけど……。

 本オープンのときは、もっと宣伝も頑張らないといけないな。

 そんなことを考えていると、ガラガラと台車を引いた女性が近づいてきた。


「あらぁ、お店、始めてるじゃぁない」

「ニルギさん!」


 仕事帰りのニルギさんが、声をかけてくれたのだ。

 彼女は物珍しそうに、パニーニを眺める。


「せっかくだぁし、一つずついただくわぁ」

「ありがとうございます!」


 俺が接客している間に、ラディルがパニーノを紙袋に入れ準備してくれた。

 お会計を済ませてニルギさんに手渡すと、彼女はとびきりの笑顔をこちらに返す。


「がんばってぇね」

「はい!!」


 また、応援してもらっちゃったな。

 ガラガラと台車を引いて帰っていくニルギさんを見送る。

 どうか、美味しく食べてもらえますように。


「それにしても、もう売れそうにないなぁ」

「残念です。すごく美味しいのに……」

「仕方ない、片付けよう」


 どんなに美味しくても、売れるか売れないかは商売だからな。

 それにしても、八個――半分以上残ってしまうとは。

 俺は少し肩を落としながら、片づけを始める。


「おじさん、もう販売やめちゃうの?」

「ん?」


 片づけをしていると、背後から声をかけられた。

 振り向いた先には、すごい小柄な男の子。

 大きな帽子に、ダボダボのローブ。魔法使いのような恰好をしている。

 魔導学園の、学生さんだろうか?


「もう売れそうにないからね」

「ふぅん」


 男の子は顎に手をあて、こちらを見上げた。

 そして、交渉を持ちかける。


「ねぇ、おじさん。このパン、二個で一〇〇〇マジカで売ってくれない?」

「え? うーん……」


 このまま売れ残っても、仕方ないし。

 それに学生さんだったら、お金が無いのかも。

 だったら値引きして、売ってしまってもいいか。


「まぁ、良いか。二個で一〇〇〇マジカにしよう」

「ありがとう! じゃぁ、全部ちょうだい!」

「えぇ!? 全部!?」

「ダメ?」

「いや、いいけど……」


 別にお金が無いわけじゃないのか。

 そう思いながら、残りのパニーノを袋に詰めていく。

 男の子は四〇〇〇マジカを支払うと、ニコニコしながらパニーノの入った大きな袋を抱えた。


「ありがとう、おじさん!」


 袋を抱えた男の子は、魔導学園の方へテクテクと歩き出す。

 その後姿を見送りながら、ラディルがこちらに話しかけてくる。


「あの子、あんなにたくさん買って、ちゃんと食べきれるんですかね?」

「さぁ……学生さんみたいだし、意外と食べちゃうんじゃないか?」


 二人でそんなことを話しながら、店の片づけを始めた。

 とりあえず、あのパニーノたちが美味しく食べてもらえますように。

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