第12話 魚の仕込みと王国騎士
「お客さん、全然来ませんでしたねぇ」
「そうだなぁ」
夕方になって、ラディルが残念そうなため息をこぼす。
昼食時にはラディルと一緒に外に出て呼び込みもしたが、お客さんは一人も入らなかった。
おかげでポセさんから買った大量の魚の仕込みが、すっかり終わろうとしている。
「お魚、すごい量ですね。何のお魚なんですか?」
「ああ、これはカタクチイワシだな」
ポセさんのカタクチイワシは、刺身で食べられるくらいの鮮度。
五十匹ほど持ってきていたものを、全て買い取らせてもらったのだ。
「しかも、そんなヒモみたいなもので料理するんですね」
「ああ。これが結構便利なんだよ、PPバンド」
梱包用のPPバンドを、半分にして輪っかを作り根元をホチキスで止めたもの。
小ぶりで柔らかいカタクチイワシの内臓を取るのに、これがとても便利なんだ。
「こうやってイワシの内臓部分にPPバンドを当てて、肛門まで一気に引き抜くと……一発で内臓を取り除けるんだ」
「おお!!」
ラディルの反応の良さに俺は気を良くして、仕込みをずんずん進めた。
内臓を取ったカタクチイワシを、どんどん氷水の中に入れていく。
そして腹側に残った血を丁寧に洗って、今度は手で身を開き始める。
「魚を開くのも、包丁使わないんですか?」
「カタクチイワシは身が柔らかいからな。こうやって手で身を開いて、骨も取れるんだ。ほら」
「本当だ! スゴイです!」
中骨と背びれ・尾を取り除いたカタクチイワシの身を、キッチンペーパーの上に並べていく。
全部の身をキッチンペーパーの上に並べ終わったら、上からもペーパーを乗せて水分をふき取る。
水分を切った半身を、今度は大量の塩の中に入れた。
「そんなに塩入れるんですか……」
「漬物みたいなもんだからな」
満遍なく塩をまぶしたカタクチイワシを、透明な耐熱ガラスの容器に並べていく。
余った塩とローズマリーを上に乗せ、ラップをピッチリ被せて、フタをした。
「今夜は、そのイワシを食べるんですか?」
「いや、これが仕上がるのは一・二ヶ月後だな」
「ええ!? そんなにかかるの!? 一体、何を作ってたんですか?」
「これは自家製の、アンチョビだよ」
自家製のアンチョビは、発酵と熟成を経て味わい深くなる。
おつまみにも、ピザやサラダのトッピングにしても美味しい。
手間ではあるが、良いイワシが手に入ったときは作るようにしているのだ。
仕込みが終わったカタクチイワシを冷蔵庫に入れ、代わりに真鯛を取り出す。
「今夜のメインはこいつ、真鯛のアクアパッツァだ」
取り出した真鯛を深めのバットの中に入れ、尾側の皮の表面にしゃもじを当てる。
そして頭に向かって、皮目をなぞった。
ボロボロと、大量の鱗がバットの中に飛び散っていく。
「うわっ、魚の鱗、すごい量!!」
「そうそう。包丁よりしゃもじの方が、面が広いから一気に出るんだよ」
鱗をキレイに取ったら、内臓も取り出して流水で洗い流す。
キッチンペーパーで水気を取って、軽く塩をしたら真鯛の下処理終わり。
刻みニンニクのオイル漬けや残り物の海鮮、ミニトマトやハーブを調理台に出していく。
「今日は具沢山の贅沢アクアパッツァだ」
フライパンにオリーブオイルと刻みニンニクを入れ、火にかける。
ついでに横で、ソースパンに揚げ油を用意。こっちは、イワシの骨を揚げる用。
「ふっふ~、ニンニクが薫ってきたー」
しっかりとオイルにニンニクの香りがついてきたら、真鯛をフライパンに入れる。
魚の身が崩れないように、手早く両面の皮に焼き色を付けていく。
良い焼き色になってきたら、フライパンの余白に他の具材やハーブを入れ、たっぷり白ワインで浸す。
バチバチと白ワインの煮えたぎるフライパンにフタをして、蒸し焼きにする。
「揚げ油も良いかな」
真鯛を蒸し焼きにしている間に、イワシの骨も揚げていく。
小さなカタクチイワシの骨は揚げ油に入れると、一瞬バチバチと大きく気泡が立つ。
骨の水分が抜けて気泡がおさまったら、骨せんべいの完成だ。
バットあげて軽く塩をふり、一つつまみ食……味見をする。
「うん、カリカリだ。ほら、ラディルもどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
カウンター越しに骨せんべいバットを、ラディルに差し出す。
骨せんべいを口にしたラディルから、ポリポリと小気味よい咀嚼音が聞こえる。
「美味しい! これ、止まらなくなりますね」
「だよなー」
俺たちは二つ目三つ目と、どんどん骨せんべいに手を伸ばす。
ポリポリ食べつつフライパンの様子を見て、スプーンで煮汁を真鯛の身にかける。
蒸し焼きにされた真鯛は、ふっくらと美味しそう。
「もうすぐ完成するから、テーブル拭いといてくれ」
「了解です!」
ラディルにテーブルセットを任せ、俺はサラダの盛り付けを始めた。
アクアパッツァも大皿に盛り、仕上げる。
残り物の海鮮とは言え、貝やらイカやら盛りだくさんで、すごい豪華に仕上がったな。
「お待たせー! さぁ、メシだメシだー!」
「はーい!」
≪カランカラーン≫
俺たちが席について食事を始めようとしたとき、ドアベルが鳴る。
入ってきたのは、鎧を纏った王国騎士だった。
「夜分遅くに失礼します。マリカ様からの伝令で参りました!」
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