第8話 ニルギおばあちゃんのハーブ
優しい日差しの中、目が覚める。
見慣れない天井に、ふわふわのベッド。まだ夢を見ているようだ。
ベッドから出て窓から外に目をやると、空をクジラが泳いでいる。
「夢じゃ、無いんだなぁ」
一日が経って、ようやく異世界に飛ばされた実感が湧いてきた――気がした。
元の世界に帰れるかどうかはわからないけど、とりあえず、ここで生きていかなくては。
俺はベッドに腰かけ、スマホを手にした。
「やっぱり、通信はできないよなぁ」
スマホで使える機能は、電卓やタイマー・アラームといった、オフラインで使えるアプリ。
あとはスマホ内にDLしておいた、電子書籍や動画や音楽。
電池に関しては、自動でフル充電されている。
どうやら店内の設備と同等に、俺の魔力を消費して充電されてるみたいだ。
「ステータスのアプリはっと……」
昨夜気づいたことなのだが、スマホ内に新しいアプリが自動インストールされていた。
ステータス画面が見れるアプリで、今は俺とラディル君が確認できる。
元のイサ国のステータス画面に準じていて、見てるだけで結構楽しい。
ラディル君は魔法も使えるバランス型の戦士タイプで、俺はMP高めの一般人……かな?
「寝起きなのに、俺のMPは完全回復してないんだ」
ちょっと思うところはあるが、心当たりはある。
多分、水道光熱費でMPを消費しているのだ。
俺はこれといって魔法を使えないけど、昨日の就寝前までにMPが三分の二に減少。きっと、調理や洗い物をしたためだろう。
そして今、寝起きにも関わらずMPを消費しているのは、冷蔵庫など常に稼働している電気製品があるからだと思われる。
「俺もレベルアップすれば、MPも増えるのかな? このままじゃ、満足に料理が提供できないかも……」
昨日は朝のまかないと、お礼のピザを焼いただけだもんなぁ。
居住スペースの電気や風呂の水道分を入れたとしても、MP消費が激しい。
でも戦えない俺が、レベルアップなんて出来るんだろうか?
「……悩んでいても、何も変わらないしな。とりあえず、店の前でも掃除するか」
こういう時は、体を動かすに限る。
店の前が綺麗になれば、気分もスッキリするしな。
そう思って、俺は着替えて外に出たのだが……
「ぐっ……ごみ、ゴミ、塵だらけだ……!!」
ゴミ袋と掃除用トングを持って外にでたものの、ゴミ袋はあっと言う間にパンパンになってしまった。
一夜にして、なんでこんなにゴミが散らかっているんだよ。
くらやみ祭の翌日か!? と、思わず叫んでしまいそうである。
「おやぁ、精が出ますねぇ」
掃除をしていると、大きな台車を引いたおばあちゃんに声をかけられた。
台車には、たくさんの野菜やハーブが積まれている。
これから市場に、売りに行くのだろう。
「おはようございます」
「おはぁよぅ。見ない顔ねぇ」
「はい、先日越してきまして。天地、洋と申します」
「あらあらぁ。私はニルギよぉ」
俺とニルギさんは自己紹介をしながら、お互いにペコペコ何度もお辞儀をする。
なんとも物腰の柔らかい、不思議で面白いおばあちゃんだ。
挨拶が済むと、彼女の興味は店の方に移っていく。
「お店でもやるのぉ?」
「はい。まだ準備中なんですけど、食堂を開こうかと思って」
「ふぅん、珍しいわねぇ」
「え?」
何気ない彼女の言葉に、ドキリとする。
もしかして、立地条件が良くなかったか?
「ほらぁ、東通りの方が活気があるじゃぁない? だから西にお店を出すの、変わってるなぁって」
「ははは……そ、そうなんですね……」
やっぱりそうなんだ! でも、転移場所が選べたわけじゃないし、仕方がない。
そういう場所なんだと念頭に入れて、営業計画を立てていこう。
「まぁ、変わり者はぁ、私もいっしょよぉ。よろしくねぇ。あと、何か買うかしらぁ?」
「ああ、ではお言葉に甘えて」
ニルギさんのご厚意で、店先で商品を買わせてもらった。
彼女の売り物はハーブの種類が豊富で、質もとても良い。そのままサラダで食べても、美味しいだろう。
俺はローズマリーやバジルなど、数種類のハーブを購入した。
「ありがとぉ。市場に行ったら、お店の事、お友達にも紹介するわねぇ」
「わぁ、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
市場に向かうニルギさんを見送って、俺は店の中に入る。
カウンターの方を見ると、キッチンでラディルが何かしていた。
「おはよう、ラディル。起きてたんだな」
「はっ……て、店長、おはっ、おはようございまっす!!」
明らかにラディルの挙動が、おかしい。
朝食が待てなくて、つまみ食いでもしていたのだろうか?
別にそんなことで、怒ったりしないんだがな。
「ん? 何かあったのか?」
「実は……その……ごめんなさい!!」
深々と頭を下げるラディル。
その隣には――バットいっぱいに膨れ上がり、一つの塊になったピザ生地のおばけが置かれていた。
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