第7話 王妃のお気に入り
ピザの定番、不動の人気のマルゲリータ。
トマトソース・チーズ・バジルのシンプルな具材だからこそ、店ごとの個性が光る一品。
なーんて、店だとカッコイイ蘊蓄を言いたくなっちゃうけど。古くから愛されてるだけあって、ホッとする味なんだよな、マルゲリータって。
マリカ様とラディル君にマルゲリータを出したあと、俺は取り皿とおしぼりを持ってカウンターに向かう。
二人の間にそれらを置いて、ラディル君を間に挟むように奥のカウンター席に座った。
「さあ、熱々のうちにどうぞ」
料理をすすめるも、二人は顔を見合わせて少し困った様子をしている。
もしかして、食べ方がわからないのかな?
「フォークとナイフを使ってもらってもいいし、手づかみで食べても大丈夫ですよ。手づかみで食べるなら、縁の方を持って、こうやって軽く折り曲げると食べやすいです」
俺はラディル君のピザの近くで、食べ方を簡単なジェスチャーでやって見せた。
先に食べ始めたのは、ラディル君だ。手づかみでピザを持ち上げると、一口で縁以外を一気に口に入れてしまう。
ハムスターのようにもぐもぐ食べているうちに、みるみる顔が明るくなっていく。
「店長、すごく美味しいです!!」
「そうか! どんどん食えよ!」
あんなに泣いていたのに、ピザ一つで現金なものだ。それでも、元気になって良かった。
ラディル君の食べる様子を伺っていたマリカ様も、ピザに手を付ける。
「ん……んん!?」
手にもって上品に口に入れるも、とろとろのチーズがどこまでも伸びていく。
少し困った様子のマリカ様だけど、美味しそうな笑顔をしている。
「ふふ……確かに、美味しいな」
実に美味しそうにはにかむ、マリカ様。
彼女が二ピース目のピザを食べ始める頃には、ラディル君は自分の分を食べきってしまっていた。
すっかり満足気な顔をしているので、そろそろ話をしても良さそうだな。
「ラディル君は、どうして落ち込んでたの?」
「あっ……」
ラディル君は肩を落としモジモジとしながら、ゆっくりと話し始めた。
「実はオレ、今日、騎士団の入団試験だったんです……」
「へぇ、そうだったんだ」
イサナ王国では、騎士になるのはかなり名誉なことだ。
このゲームの主人公も、最初は騎士になるために田舎から出発するところから始まるんだっけ。
「その……落ちちゃって、試験……」
「……そっか。大変だったな」
落ち込むラディル君に、労いの言葉をかける。
やはり試験は、大変なものだったのだろう。
「オレ、働いて食事代返しに来るって言ったのに、働き口も見つけられなくて……うぅ」
「あー、それは別にいいから。落ち着いて、な?」
「うっ……うっ……はぃ……」
今一番傷ついているのは彼自身だろうに、律儀にそんなことを気にしていたんだな。
再び泣き出しそうなラディル君をなだめるも、これからどうたものか。
部屋も食料もしばらくはなんとかなるけど、俺もこれからどうなるかわからないし。
彼をなだめながらグルグル考えていると、マリカ様が意外な提案をしてきた。
「君、こちらの店主の護衛になったらどうだ?」
「え……?」
「へ?」
護衛? こんな少年に?
唖然としている俺たちに、マリカ様は話を続ける。
「見たところ体格も体幹もしっかりしているし、入団試験を受けれるぐらい剣の腕もたつのだろう?」
「はい! 村では姉ちゃんにみっちり剣を仕込まれました!」
「ならこちらでお世話になって、また来年、入団試験を受けると良い」
ああ、マリカ様は騎士だから、ラディル君の騎士としての素養を見極められるのか。
ん? それってつまり、俺は護衛を雇った方が良いくらい、弱いってこと……?
ちょっとショックだ……。
「店長さん、どうかオレを雇って下さい! 掃除・洗濯・皿洗い、何でもします!」
「どうだろうか? 店主殿」
「いや、護衛をしてもらえるのはありがたいのですが……」
「何か問題があるのだろうか? 店主の安全のためにも、良いと思うのだが」
マリカ様の真っすぐな瞳で、見つめられる。
それは少しの威圧を持っていたが、同時に信用できるものだと思えた。
彼女になら、俺の事情を話しても大丈夫だろう、と。
「俺も、どうしてこの国にいるのかわからなくて……」
「? それはどういうことだろうか?」
「実は――」
何て説明したらいい? 現実の世界から来ました、なんて変な人だし……。
現実……異世界……よりも、遠い国からの方がわかりやすいか。
「俺、遠い国から何かの事故で突然この国に飛ばされて来たんです」
「遠い国? それは何という国か?」
「えっと……日本っていいます」
「ふむ……聞いたことが無いな……」
ですよねー。俺だって、ゲームの世界に飛ばされるなんて信じられないもん。
そうはいっても、他に説明のしようもないし……。
「だが、事故で人や物が転移・転送される事例は確認されている」
「えっ!? そうなんですか!?」
「ああ」
意外にそういう事故もあるってことか?
当時のゲームはクリア後の開発室とか、メタいキャラの演出も結構あったけど。もしかして、そういうのも関係してるのかな?
あれこれ思い浮かべる俺を、不安そうにしてると捉えたのか、マリカ様は言葉を続けた。
「不慮の事故でこの地に来た、ということだが。イサナ王国は正しく勤労する者ならば、客人として迎え入れよう。国民同様、王国騎士はあなたを守ると約束する」
「えっと……この国で真面目に働けば、守ってくれるってことですか?」
「そうなるな」
俺の能力はダンジョンマスターで、この店に居ることで真価を発揮するのだろう。
つまり、飲食店をやる以外に選択肢はない。
「俺は料理人なので、ここで食堂を営みたいのですが、大丈夫でしょうか?」
「もちろんだ。歓迎しよう」
「それと、このお店……ダンジョンって、空間みたいなんです」
「ダンジョン? 魔術による異空間のことか?」
あ、ダンジョンってそういう認識なんだな。
俺はマリカ様にレジの画面などを見せて、このダンジョン――店をどう扱ったらいいか悩んでいる旨を伝えた。
「なるほど……」
事情を聴いたマリカ様が、店中を見回しながら少し考え込む。
だけどそれほど深刻とは判断しなかったのか、思ったより軽い反応が返ってきた。
「特に危険な様子もないし、店を営むのは問題ないだろう。これだけ美味しい料理だ、皆も喜んでくれると思う」
料理を褒めてもらえたのは嬉しいけど、そんな軽い感じでいいのかな?
もっとこう、俺の身元証明とか食の安全性とか税金についてとか……。
まぁ、無いなら無いに越したことないけど。
「ここがダンジョンであること、その扱いについてだが……魔導学園に助力を願うのがいいだろう」
「魔導学園ですか……」
魔法学園は、イサナ王国内の一大勢力だ。
ゲームでは攻撃魔法を使える仲間を増やすために、足しげく通っていた。
専門的な研究をしている教授や学生には大変お世話になったが、変わり者も多かった印象が残っている。
「学園長とは旧知の仲だ。私から依頼状を送っておこう」
「え、良いんですか!?」
「構わない。調査の当日に、同行できるかはわからないが……」
「とんでもない! 依頼してもらえるだけで、とても助かります!」
こんなに支援してもらって、これ以上の贅沢なんて言えるわけない。
それにしても、王国騎士ってこんなに国民生活を見守ってくれてるんだな。
ちょっと感動しちゃうレベルだよ。
「なるべく早く店が開店できるように、早急にと伝えておくよ」
「はい。よろしくお願いします」
「ラディル君も、頑張ってな」
「はい! マリカさん! 店長、よろしくお願いします!!」
「ああ、よろしくな。ラディル」
話もまとまったところで、お帰りになるマリカ様を店先まで見送ることに。
太陽がすっかり傾いて、町が夕焼け色に染まっていた。
こちらを振り向いたマリカ様の笑顔が、とても眩しい。
「それにしても、ピッツァ? とても美味しかった」
「ありがとうございます。なんといっても、王妃のお気に入りですから」
「王妃の?」
不思議そうな顔で、マリカ様は聞き返してきた。
そういえば、イサナ王国の近隣には大きな王国は無いんだっけ。
つまり王妃と言ったら、イサナ王妃になってしまうわけで……。
何と言ったらいいのか……少し悩みながら、俺は説明を試みる。
「俺のいたせか……国の、友好国の昔の王妃様が、ピッツァ職人に献上された“あのピッツァ”を大変気に入ったって逸話があって。それでその王妃――マルゲリータ王妃の名前をとって、ピッツァ・マルゲリータと呼ばれるようになったそうです」
これも所説有りってやつで、その真相がどんなものかはわからないんだけど。
こういうときは、ロマンのある話に乗っておくのが商売ってやつさ。
「今では俺の国も含めて、世界中でとても愛されてる料理なんですよ」
「世界中で……?」
「あっ……」
世界中っていっても、異世界のイサナ王国には知られていないわけで。
この場合、不敬や虚偽になってしまったりするのだろうか……?
ウンウン唸っている俺の悩みは杞憂で、マリカ様はこの逸話に笑顔を返してくれた。
「そのお話を聞いて、ますます好きになりました」
「えっ……」
それはこれまでの騎士の笑顔ではなく、とても優しく朗らかなもので。
「またお料理、食べに来ますね」
「あっ。はい、ぜひ! お待ちしております!!」
去っていくマリカ様の背中を、見えなくなるまで見送った。
あんなに強くて頼りになる騎士様も、一人の女性なんだな。
「俺も、頑張らないと」
ちゃんと店を始めて、ここで生活できるようにならないとな。
■■■
追記
ラディルは面接と筆記の評価が低くて、騎士団入団試験を落ちたらしい
しっかり教養を身に着けるようにと、後日マリカ様から手紙が届いた
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