第6話 女騎士とマルゲリータ

 悪党に絡まれてるところに、騎士名乗る若いお姉さんが助けに入ってくれたけど……。

 彼女は一体……?


「騎士サマが何だってんだよ! そいつがぶつかってきたから、ワビ入れさせるだけだ」

「ふん。お前たちが、コソコソぶつかりに行ってたように見えたが?」


 え、そうなの?

 もしかして俺、カモにされてた?


「うるせぇ! 姉ちゃんが相手してくれるってのかぁ!?」

「構わんぞ。城下での狼藉、見逃すわけにはいかぬからな」


 やだ、この人すごいカッコイイんだけど。

 でもお姉さん、丸腰だよ!? どうやって戦うの!?


「このアマ、痛い目見せてやる! いくゾ!!」

「はい、アニキ―!」

「ひいぃぃ!!」


 ついに襲い掛かってくる悪漢に、思わず悲鳴を上げてしまう。

 だけど、俺をかばうお姉さんは冷静だ。

 やれやれという顔をしながら、俺の手から竹串を取り上げる。


「借りるぞ」

「へ……?」


 呆然とする俺を残して、お姉さんは竹串一本で男たちに立ち向かう。

 あんな竹串一本で、剣を持った相手と戦うなんて。

 竹串を構えて、切り込むお姉さん。

 小柄な男の剣とお姉さんの竹串が交わる、その直前――


「グワッ!?」


 急に身を屈めたお姉さんから、強烈な回し蹴りが炸裂。

 なんというフェイント技。剣と竹串の軌道に目を取られていた男は、勢いよくすっころんだ。

 打ち所が悪かったのか、転倒した男は地に伏して身もだえしている。

 あの様子じゃあ、しばらく立ち上がれなそう。


「ふ、ふざけやがってぇ!!」


 大柄な男が、剣を振り回しながらドシンドシンとお姉さんに向かって行く。

 お姉さんは男の剣撃を、華麗なバックステップでかわす。


「ちょこまか逃げ回るんじゃねぇ―!!」

「ふむ。では、こちらから失礼する」


 腰を落とし、竹串を肩のあたりで構えるお姉さん。あれは、突き技の構えか?

 彼女が一呼吸すると、不思議な光の渦が竹串に集まっていく。

 これ、もしかしてすごい大技なんじゃ――


「風牙一閃ッ!!」


 まるで弾丸のように、お姉さんは大柄の男に飛び込む。

 光の渦に包まれた竹串が男に当たる――までもなく、お姉さんの纏う風圧で男は大きく吹き飛んだ。


「ガアァッ……」

「あ、アニキぃぃぃ!!」


 道端に積んであった、木箱の山に突っ込む大柄な男。

 先ほど回し蹴りされた男が、青ざめながら駆け寄っていく。


「チクショ―!! 覚えてろよ―!!」


 小柄な男は大柄な男を背負うと、一目散に逃げていった。

 あの人、見た目のわりに、かなり力持ちなんだな。


「御仁、ケガはありませんか?」

「あ、はい……」


 先ほどの圧倒的な強さとうって変わって、お姉さんは優しく声をかけてくれる。

 彼女は竹串を返そうと、こちらに差し出す。が、その瞬間、竹串はボロボロと崩れ去ってしまった。

 あの大技の負荷に、竹串が耐えられなかったのだろう。


「すまない。借りるだけのつもりだったのだが……」

「いえ、もうソーセージ食べ終わってたので大丈夫です!!」


 しょんぼりしているお姉さんに、頓珍漢な返事をする俺。

 違う違う、ちゃんとお礼しないと!

 

「助けていただき、ありがとうございます」

「気になさらないで下さい。善良な国民を守ることは、王国騎士の務めです」


 どうやら彼女は、本当に王国騎士のようだ。

 非番で町にきていたところ、絡まれている俺をたまたま見かけて助けてくれたらしい。

 正義感の強い人なんだな。

 しかも俺の事心配して、店までの護衛を申し出てくれた。


「護衛までしてもらって、すみません」

「お気になさらず。これも王国騎士の務めです」


 女騎士様の、朗らかな笑顔が眩しい。

 休日だったのにここまでしてくれて、本当に頭がさがる。

 しかも俺、王国民ってわけでもないのに……。


「あの、俺、天地洋っていいます。騎士様のお名前は、マリカ様でよろしかったですか?」

「ああ。よろしく、天地殿」

「あ、はい。マリカ様」


 なんか、申し訳なさでいたたまれないなぁ。

 店に着いたら、何か食べて行ってもらう?

 でも男と二人っきりでの食事って、かえって気まずいか?

 じゃぁ、ピザでも焼いて持ち帰ってもらった方が……。

 そんなことを考えているうちに、店の前に到着した。

 入り口の前に、少年が座り込んでいる。


「あれ、ラディル君?」


 声をかけると、少年がピクリと反応した。

 ゆっくりと上げた顔は、グチャグチャの泣きっ面。


「でんちょうざぁぁぁん!! おれ、おれぇぇ!! ごめんなさぁぁぁいい!!」

「どうしたどうした、ほら、落ち着け落ち着け」


 泣きながら抱き着いてくるラディル君を、背中を撫でてなだめる。

 なかなか泣き止みそうにないので、とりあえず店で休んでもらおう。


「ほら、とりあえず店に入って。マリカ様も良かったら、お礼に食事おごります」

「う、うむ……」


 ラディル君を抱えながら店に入る俺に、マリカ様が続く。

 お礼を受け取るというより、ラディル君のことを心配しているのだろう。

 とりあえず二人をカウンター席に案内して、水を出す。


「ラディル君、お腹空いてる? 何か食べるか?」

「だ、だべますぅ!!」

「偉いぞ、食欲があるのは良いことだ! マリカ様は――」

「うむ。彼と同じものを頼む」

「かしこまりました!」


 俺はピザ窯に火を入れて、準備を始めた。

 カウンターキッチンの上に、食材をどんどん並べていく。

 ピザ生地に打ち粉、トマトソースにモッツァレラチーズ。そして、フレッシュバジル。


「元気に発酵してるな~」


 丸いピザ生地を一つ取り、打ち粉の入ったケースに入れる。ピザ生地をのばす調理台の上にも、打ち粉を薄く広げた。

 打ち粉を纏ったピザ生地を調理台の上に乗せ、手のひらで押し広げる。

 ある程度平たくなったら、空中に持ち上げて、縁を作るように回転させながらのばす。

 自重に引っ張られながら、ピザ生地はどんどん大きくなっていく。


「ほう。見事なものだな」

「ありがとうございます」


 最初は気まずそうにしていたマリカ様も、ピザ作りを楽しんでくれてるみたいで良かった。

 ラディル君も少し落ち着いたのか、こちらの作業を眺めている。

 俺は十分にのばしたピザ生地を台に乗せ、軽く形を整えて材料を乗せていく。

 ピザ生地にトマトソースを塗り広げ、大きくちぎったモッツァレラチーズとバジルを散りばめる。

 仕上げにオリーブオイルを回しかけ、コルニチョーネ――縁に塩味をつけるため、パルメザンチーズを振りかけた。


「さぁ、焼いていきますよ」


 パーラー――ピザ生地をピザ窯に入れ棒付きの台に、打ち粉を軽くはたく。

 生地の下にパーラーを一気に滑り込ませ、ピザ生地を乗せる。意外に難しいんだ、これが。

 初心者のうちはパーラーに乗らずにピザ生地を吹っ飛ばして、形が崩れたりつぶれたりしてしまう。

 懐かしい未熟だった日々を思い出しながら、ピザ窯にパーラーを入れ、中にピザ生地を置く。

 一枚目のピザを焼いている間に、次のピザの準備を始める。


「美味しそうな香りがするな、ラディル君」

「はぃ……」


 マリカ様は気にかけるように、ラディル君に声をかけた。

 当のラディル君は、すっかりピザが焼ける様子を見入っている。

 そんな二人の様子を伺いながら、俺は二枚目のピザ生地をピザ窯に入れていく。

 一枚目のピザはチーズがとろけ、良い焼き色が付き始めていた。

 窯の中の二枚のピザ生地の位置をパーラーで入れ替えながら、同時に完成するように調整する。


「よし、良い感じだな」


 焼きあがったピザを木皿に乗せ、ピザカッターで切り分けて完成。

 二枚とも仕上げたら、カウンター越しに提供する。


「お待たせしました。ピッツァ・マルゲリータです!」

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