第5話 ゲームの町と女騎士

 外出する前に、店と在庫の確認をしないと。

 一階にあった調理器具、食器、什器は基本的に転移前の店のままだ。

 調理に使う器具以外にも、プリンターやタブレットもあるな。

 冷蔵庫と冷凍庫の中は、発注直後のように食材が充実している。


「早く食べきらないと、悪くなっちゃうな……」


 もちろん、一人で食べきれるような量ではない。

 店を開店させるなら、なるべく急がなくては。


「二階席とダムは無いのか」


 現実の店にはあった二階席へ続く階段は無く、ダム――食品用のエレベーターも無くなっている。

 そうなると二階にあった、コーヒーサーバーやワインセラーも無いってことか。

 あとは店の隣に借りていた、休憩室兼バックヤードの部屋も無い。

 代わりに、キッチンの奥にある一畳ほどの小部屋に、二階へ続く階段が設置されていた。

 二階に上がってみると、2LDKほどの部屋になっている。


「ここが居住スペースってことか」


 リビングと思しき部屋には、テーブルやイス、ソファーが設置されていた。

 奥の部屋を覗くと、ベッドやハンガーラックが設置されている。

 他にも現代的なトイレとシャワールームがあって、かなり快適に生活できそう。


「現実の店より、至れり尽くせりじゃないか」


 正直なところ自分で店を持つなら、こじんまりとした住居兼店舗が良いって思ってたんだよな。

 ちょっとワクワクしてきた!

 とりあえず一通り店内を確認したので、出かける準備を始める。


「お金は、っと」


 自分の財布を取り出すと、いつもよりかなり重量がある。

 中身を確認すると、全てが硬貨になっているじゃないか。

 それも、全く見慣れない硬貨。

 硬貨には数字と、マジカという単位が書かれていた。


「ゲーム世界のお金に、換金されたってことか?」


 レジのお金も確認してみると、こちらもマジカ硬貨に替わっている。

 金額は元々入っていたレジ金の十万円と同じく、十万マジカだった。


「とりあえず、今日は自分の財布だけ持って出かけるか」


 財布の入ったショルダーバッグを付けた上からパーカーを羽織り、外へ出る。

 石畳の道は、靴の上からでも凸凹とした感覚の刺激が伝わってきた。

 とりあえず町の様子を見ながら、ウエスフィルド商会へ向かう。


「意外と歩けるものだな」


 客観的に見ていたゲーム画面と違い、今は俺自身がイサ国の世界に立っている。

 それでも、百時間以上遊んだ世界だ。

 見るものすべてが新鮮なのに、懐かしい。


「でも、ゲームの中にウエスフィルド商会なんてお店、あったっけ……?」


 食料品を買うようなシステムは、イサ国には無かった気がする。

 ゲーム中では省略されている、普通の生活用品のお店ってことか?

 とりあえず、貰ったカタログの地図に記された、中央広場の店に向かう。


「スゲェ……一等地じゃん……」


 ウエスフィルド商会は、想像以上に立派な店だった。

 連なる大きなガラス窓の奥には、煌びやかな商品が鎮座する棚が無数に並ぶ。

 入り口に続く白磁色の階段には、色鮮やかな美しく飾られている。

 ……俺みたいな無粋な男が、気軽に入って良い店なのだろうか?


「食料品は、結構良心的な値段だな。酒は高級なのが多め、か」


 調味料は醤油から味噌、マヨネーズ・ケチャップと、一般的なスーパーで売ってそうな物が一通りあるな。コーヒーや菓子なんかの、嗜好品も豊富。

 価格も200マジカ~300マジカと、現実の値段とそんなに変わらない。

 もしやこの設定は、ジャパンRPGの世界だからか? もしや大正解な異世界転移なのでは……。

 酒についてはあまり詳しくないが……安い酒は2000マジカから。

 一瓶10000マジカや20000マジカの酒も、かなりの種類置いてある。壁一面くらい、ずらっと。


「おや、テンチ様ではありませんか!」


 声をかけられて振り向くと、そこにはウルさんが笑顔で立っていた。

 スーツの上から黒いエプロンをつけていて、ギャルソンみたいでカッコイイ。

 ウルさんは外回りの営業だけじゃなくて、店内接客もしてるのか。すごいな。


「ご来店、ありがとうございます」

「いえ、ウルさんもおつかれさまです」

「テンチ様は、チョコレートがお好きなのですね」

「あっ……」


 店内を見ながら、気になった商品をカゴに入れていたのだが――確かに、チョコレート菓子ばかりになっているな。

 肉体労働をしてると、甘いものが欲しくなるんだよ。


「はは……甘い物に目が無くて。特にチョコレート……」

「では、チョコレートの試供品がありましたら、優先的にお持ちしますね」

「! ありがとうございます!」


 軽くウルさんと会話をしてから、俺は自分用のお菓子とコーヒーを買って店を出た。

 太陽はすっかりてっぺんに登り切って、昼食時である。


「お、旨そうな匂い」


 そこかしこの屋台や出店から、色々な料理の香りが漂っていた。

 甘い小麦の香りに、魚や貝の焼ける磯の香り、何かのソースの爽やかな酸味の香り……。

 こういうのって、ワクワクするよな。

 食事は店でまかないを作って食べることが多いけど、外で食べるのも刺激になって良い。


「うわ、なんだあれ!?」


 とりわけ気になったのは、屋台で焼かれている肉の串焼きだ。

 五十センチぐらいありそうな太くて平たい竹串に、色んな種類のソーセージやベーコンらしき肉がこれでもかと刺さっている。

 豪快な見栄えに対して、お値段は600マジカとお得感がすごい。

 これは絶対食べないと!


「すみません、この串焼き一本ください」

「ありがとう~! はい~、これおまけね~」

「お、おおおお!?」


 店員のおばちゃんは、卵ぐらいの大きさのチーズを炙って、串焼きの先端にぶっ刺した。

 肉汁溢れるソーセージに、とろける大玉チーズ。なんという絵力。こんなの、美味しいに決まっている!

 屋台の脇の木陰に入り、さっそく熱々の串焼きをいただくことに。

 まずは一番先端の、すっかりチーズフォンデュのようになったソーセージに噛り付く。


「んんんんっま!! 肉汁スゴ!!」


 熱々のチーズの中から、肉汁が弾け飛ぶ。豚肉の甘みとハーブの香り、そしてピリリとした黒胡椒のアクセント。

 ジューシーで濃厚な肉感の強い、現実なら間違いなく高級品のソーセージだ。

 味もバラエティに富んでいる。キノコの旨味を感じるものや、柑橘の香りがするもの、山椒の辛みを感じるものなど。

 形や大きさはバラバラで崩れているものもあるが、規格外を串焼きにして売っているのだろう。


「ミートファクトリー……オットカルネス、か」


 屋台ののれんに書かれた、店名を確認する。

 生活が落ち着いたら、食材として買いに行きたいな。


「ふぅ。一気に食べきってしまった……」


 さすがに食べ過ぎだったかなぁ。でも、満足満足。

 腹ごなしに、少し遠回りをして店に帰るか。


「あだっ」


 店に帰るために歩き出した瞬間、通行人にぶつかってしまった。


「あ、すみま――」

「ナンだぁ? オメェ~」


 謝る間もなく、声を被される。 

 ぶつかった相手は、ガラの悪そうな二人組の男たち。細身の小柄な男と、中肉中背の大柄な男。

 どちらも腰に、剣を刺している。確かイサ国には盗賊ギルドがあって、彼らはそのメンバーだろう。


「俺の不注意で、ご迷惑おかけしました」

「ぁあん? それで謝ってるつもりか!?」


 滅茶苦茶難癖つけてくる―!

 そういえばイサ国って、ほぼ全ての住民キャラが仲間になる――戦えるゲームだったな。

 町中でも、キャラとぶつかったり蹴っ飛ばしたりすると、戦闘になっちゃうんだっ……け!?


「誠意っていうのは、身ぐるみで払うんだよっ!!」

「えええ!?」


 逆上した男たちは、剣を抜いて構える。

 そういえば盗賊ギルドメンバーは、ぶつかると注意や警告も無しに襲ってくるんだった。

 うそ嘘ウソ!? 本当に戦いになっちゃうの!?

 俺、武器なんて――竹串しか持ってないんですけど!? あったところで、戦えないし!!


「待って、話し合いましょう!!」

「うるせぇ!!」


 後ずさる俺に、男達がにじり寄る。

 このままじゃ、殺され――


「お前たちっ!! 何をしているっ!!」


 凛々しい声と共に、一人の女性が俺と男たちの間に割って入る。

 普通の町娘という雰囲気のワンピース姿の女性は、俺を守るように男たちと対峙した。

 女性は胸元からエムブレムのようなものを出し、高らかと宣言する。


「私はイサナ王国・白銀の鷹騎士団プラチナ・ファルコ所属のマリカ! 事情を聞かせてもらおう!!」

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