第4話 飛び込み営業のウル

 突然ゲームのコスプレ少年が店に入ってきたと思ったら、外は異世界ファンタジーの世界になっていた。

 混乱した俺は、そっと店の扉を閉める。


「くらやみ祭か、G1レースか、はたまた新しいお祭りか――府中は祭りが好きだからな!」


 一度、大きく深呼吸。

 そして店の窓から、外を確認する。


「わ~、異世界だ~……」


 見慣れたけやき並木は消え去り、太陽の光が直に降り注ぐ。

 道路はコンクリートから石畳に代わり、バスではなく馬車が走っていく。

 行き交う人々は鎧やローブを身にまとい、剣や弓などの武器を携えている。


「しかもここ、イサナ王国物語の世界じゃないか……」


 町の中央にそびえるお城に、天を泳ぐクジラ。

 ゲーム【イサナ王国物語】ことイサ国では、あのクジラがシンボルになっていた。


「なんで俺はこんなところに……」


 昨日の夜は何をしていた? 確か終電に乗り遅れて、店に戻る途中で……

 中古屋! ゲームショップに寄ったんだ。

 そこで懐ゲーを手にして、お会計を――


「しかもこんな時に限って、レジがブルーバックになって……いや、設定画面?」


 動揺して店内をウロウロしているうちに、レジのモニター画面に気を取られる。

 近づいて見ると、ブルーバックではなく、青い背景デザインの画面だった。

 何かの初期設定の入力画面が表示されている。

 そして、気になる文章が後に続く。


=================


 ダンジョンマスター:天地 洋

 マスターレベル:1

 ダンジョンレベル:1


 店名/ダンジョン名を入力して下さい【_    】


 この店/ダンジョンは、ダンジョンマスターの魔力により顕現・活動する。

 店内において、一切の暴力は無効化する。

 店内において、ダンジョンマスター及び来客に対して悪意・敵意を持つ存在は入店が拒否される。

 店内で悪意・敵意を持った場合は、強制退場とな――


================= 


≪カランカラーン≫


 レジの画面を読んでいる途中で、突然店の扉が開いてビクッとした。

 こんな時間に人が入ってくるなんて、実は社長が入ってきたんじゃ――


「ごめんください、お店開いてますか?」

「あっ……」


 店に入ってきたのは、キチッとした身なりの好青年。

 少し変わった形ではあるが、スーツのような服装をしている。

 先ほどのラディル君と違い、余裕のある大人の笑顔をしていた。


「すみません、まだ準備中でして」

「そうでしたか。とても美味しそうな香りがしていたので、つい」

「ああ。今さっき、まかな……朝食を食べてたんですよ」

「なるほど」


 男性はゆったりとした視線で、店内を見回した。

 物腰は柔らかいものの、彼からはどこか凄みを感じる。


「最近、お店を始められたのですか?」

「いやぁ……始めたというか、始めるというか……」

「ふむ? まだ開店準備中でしたか?」

「まぁ、そんなところです……」


 開店準備中、か。そもそも、なんで異世界にいるのかもわからないのである。

 レジの初期設定画面から考えるに、この店はダンジョンってことみたいだし……。

 店を営業するかどうか以前に、どうやって生きていけばいいのか、返答に困ってしまう。

 そんなわけで歯切れの悪い返答をしてしまう俺に、ウルさんは話を続けた。


「私、ここの近くのウエスフィルド商会のウルと申します」

「はぁ……」

「素敵なお店を見つけて、ご挨拶に伺った次第です」


 つまり、飛び込み営業ってことか。

 今日出来たばかりの(と、思われる)店に入ってくるなんて、相当仕事熱心な人だ。


「当店は主に食品や調味料を取り扱っておりまして、油一瓶からでも配送いたします」

「へぇ、すごいですね」

「ありがとうございます。よろしければ、こちら当店のカタログでございます。あと、こちらは商品のサンプルです」


 ウルさんはカタログ冊子と書類、それから赤い蓋の小瓶を俺に手渡す。

 小瓶には、エビの絵が描かれている。どうやら、エビの出汁のきいたソースのようだ。

 海のモチーフの多い、イサナ王国らしい商品だな。


「よろしければ、店長様のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「あ、天地、洋、って言います」

「テンチ・ヨウ様ですね。お忙しいところ、お話を聞いて下さりありがとうございました。どうぞよろしくお願いいたします」

「いえ、お疲れ様です」


 丁寧に挨拶をして、ウルさんは帰っていった。

 俺は彼を見送ると、再び席に座る。

 なんだか一気に、気が抜けてしまったな。


「店か……」


 これからどうしようか……。

 漫然としながら、渡された書類とカタログを確認する。

 書類の方は、注文票の束のようだ。これに必要数を記入して渡せば、注文完了となるのだろう。

 カタログには、多種多様な商品がビッシリと掲載されている。


「酒や瓶詰が多いんだな」


 食品を扱っていると言っていたが、瓶詰や乾物などの加工品がメインのようだ。

 その分、調味料は細かく色んな種類が用意されている。

 そういえば、さっきサンプルをもらったんだっけ。

 瓶の赤い蓋を開け、手の甲に少しだけソースを垂らす。


「おお、エビだぁ~」


 ドロッとしたソースは、濃厚なエビの旨味が詰まっていた。

 醤油や油といった添加物の風味はさほど感じず、かなり汎用性の高いソースになっている。

 これなら本格的なエビのパスタソースが作れるし、まかないで味噌汁に入れても美味しいだろうな。

 ウエスフィルド商会、なかなか良いものを取り扱ってるじゃないか。


「……行ってみるか、ウエスフィルド商会」


 今後どうするかも含めて、一度町を見回ってみないとな。

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