骨
湊「ん…ふぁ…。」
カーテンの隙間から
細く光が差し込む。
背伸びをしてから布団から出る。
いつもより数十分
早く目覚めたようだった。
ろぴも隣の布団で
すう、と寝息を立てている。
二度寝しようかと思ったが
目が冴えてしまい、
寝巻きのまま1階に降りる。
既にえいばあちゃんは
起きているようで、
朝食の支度が終わったのか
火を止めたところだった。
湊「おはよーございます。」
えい「ん?あぁ、早起きだねぇ。」
湊「目が覚めちゃって。」
えい「今起きたところかい。」
湊「はい。」
えい「いっちゃんはまだ寝てるのかね。」
いっちゃん、とは
えいばあちゃんがろぴを呼ぶ時の
あだ名だった。
こくん、と頷きながら
「まだ寝てます」と伝える。
えい「起きてすぐ食べるのはしんどいさね、今お茶淹れるからゆっくりしなさいな。」
湊「ありがとうございます。」
えい「その間にほれ、顔洗っておいで。」
湊「はーい。」
からんからんと
背後からはコップを出す音がした。
瞼が重たい。
やはりもう1度眠った方が
よかったのかもしれない。
眠たげな目をこすりながら
洗面台に向かい、
冷たい水でばしゃばしゃ流す。
キッチンに戻ると長閑な時間が流れており、
えいばあちゃんが入れてくれた
暖かいお茶らしい、湯気が立っている。
えい「夜は寒かったでしょう。」
湊「寒かったですねー。でも布団をたくさん重ねてたんで大丈夫でした!」
えい「そうかい、そうかい。」
えいばあちゃんは新聞を手に
うちの座った正面の椅子に
よっこらせ、と腰掛けた。
何も言わず静かな時間に背を預けていると
時折えいばあちゃんが
ばさり、と新聞をはためかせる。
えい「最近若い子たちは新聞をとらないっていうねえ。」
湊「ですね。周りの友達の家でもとってない人多いみたいです。えいばあちゃんは昔から読んでるんですか?」
えい「まあね。じいさんがいなくなってから取り合いもなくて穏やかさ。」
新聞から顔をのぞかせ、
くい、と顎でうちの後ろを指す。
そういえばリビングに
お仏壇があったことを思い出す。
朗らかに笑う高齢の男性が飾られていた。
どこか別の場所でお仏壇を
見たような記憶が一瞬蘇る。
けれど、ひどく曖昧で掴もうにも掴めない
霧のような記憶だった。
あれ、気のせいだったかな。
えい「1人になると時間が余って余って仕方ないよ。」
湊「寂しい…ですよね。」
えい「確かに亡くなった直後はぽっかり穴が空いたみたいだったよ。生きる気がしなくてね、興味があった音楽も運動も全部、これっぽっちも興味がなくなったさ。」
湊「わかります、ちょこっとだけ。」
えい「今となっちゃあそうでもない。」
湊「そうなんですか?」
えい「ああ。いつでも見守ってくれてるんだってわかるんさ。近くにいてくれているよ。」
湊「そっかぁ…素敵ですね。どんな出会いだったんですか?」
えい「まあよくある話だよ。」
そう言ってお茶を啜る。
当時仕事をしており、
その先、友人の紹介で出会った人だ、という。
今とは全く情勢は違うだろうけれど、
いつどこでだって
人との出会いは運命的で素敵だ。
仕事も実家からだったので
1人になることなく
2人で暮らすようになったらしい。
時に大喧嘩して実家に帰り、
時に2泊3日の贅沢旅行をし、
時に登山、時に2人で料理したりと
山あり谷ありありきたりな話だと言いながら
それは楽しそうに話してくれた。
そしてお別れの時の話はせず、
もう1度「今も見守ってくれてるさ」と
寂しそうな素振りもなく話を括った。
えい「聞いちゃ悪いかもしれんが湊ちゃんはもしかして親しい人を亡くしたことがあるんかい?」
湊「はい。父を昔に。でもうち、あんまり覚えてないんですよ。それから再婚もしてなくって、母の手ひとつで育ててもらいました。」
えい「そうだったのかい。こんっなに真っ直ぐな子になって…立派な親御さんだわ。」
湊「感謝しなきゃなって思ってます。小さい頃からいろいろと支えてくれて。ちょっと過保護なところはあるけど…でも、大切なお母さんです。」
えい「感謝なんてね、必要だと思った分返せばいいんだよ。母親ってのは子供が宝で、どうしても心配になっちまう。余計なお世話…子供からすりゃあありがた迷惑なこともしちゃうんだ。だから要らない分まで「してもらったから」と返さなくてもいいんだよ。」
湊「…なるほど。でも、産んでもらって育ててもらったことは事実です。」
えい「産んだのはエゴ、産んだのだから面倒見るのは当たり前さ。たまに「子供が産まれたがって自分たちのもとに来た」なんて聞くが、あたしゃ産みたくて産んだのは親だろうと思うんだよ。」
あたしゃ。
そう聞くと、自然とろぴが会話の中で使う
「私は〇〇と思う」という
言葉の羅列が思い浮かんだ。
えい「なら責任をとるのが親だろう。最近じゃ望まない子がどうこうとも聞くが、望まないなら対処すればいいんだよ。お金がどう、環境がどう、いろいろあるだろうが、支援してくれる機関は知らないだけでたくさんあるんだから。おっと、話が逸れちまいそうだね。」
湊「いえ…でも、仰りたいことはわかります。自分で変えられるところを変えないのは…怠惰と言ってしまうと言葉が強くなっちゃうけど…でも、ちゃんと責任のある行動を…ってことですよね。」
えい「そんなところさ。ちゃんと考える力があるんだ。もし考えることが難しいなら、役所や施設…頼れる場所に頼ればいい。人ってのは助け合いだと思うんだよ。」
湊「うん、うん。わかります。」
えい「考える力があるのは子供も同じだよ。親が子を心配するのはわかるが、子供本人には選ぶ力がある。よかれと思って親が好き勝手やるのは、短いリードをつけて散歩させてるようなもんさ。」
°°°°°
湊「そうだけども…監視されすぎてる感じっていうか、縛られすぎるっていうか。」
いろは「そっか。」
湊「たまーに、ほんのたまーに思っちゃうんだよね。人形じゃないぞーって。」
°°°°°
お茶を啜って呟くおばあちゃんを前に
昨日似たような話をしたな、と思い出す。
えい「それが苦しかったんなら、無理に感謝なんて返さなくていい。無闇に恩返しをすることが正しいとは限らないさ。」
湊「…今までになかった考えで、ちょっとびっくりしてます。」
えい「ははは、そうかい。まあ、そうだねえ、腹を割って話すこともいつか必要かもしれないね。親のことを知るのは気まずかったり嫌だったりするだろうけど、今もしがらみがあって抜け出したいと思うんなら行動したほうがいい。人生は思っている以上に短いからもんだよ。」
これはじいさんの受け売りだけどね。
仏壇の方を向き、微笑んでそう言った。
ちゃんと親と話す。
いつ以来していないのだろう。
幼かった時は本心を曝け出して
子供らしく思うがままに
話していたように思う。
けれどいつからか
何かと探りを入れてくる母親に、
ゆうちゃんに対して
考えたくはないけれど、
きっと、心のどこかで
不信感を抱いていた。
それから本心で話したことは
もしかしたらないのかもしれない。
不信感があろうと
これまで育ててきてくれたこと、
ゆうちゃんに至っては
仲良くしてくれたことに
恩を感じている。
だから裏切るなんてもってのほか。
そう考えていた。
いくら自分が辛いと思おうが
2人は善意でやっているのであれば
ちゃんと応えなければならない、と。
もしそうしなくてもいいのなら。
そうしなくてもいいんだって
ちゃんと咀嚼して自分の考えになれば。
その時、うちは本音で
2人と話せるようになるのだろうか。
考え込んでいると、
「まあ、あれだよ」と
えいばあちゃんは口を開く。
えい「残り少ない人生だけど、孫や娘がこうして遊びにきてくれるだけで嬉しいもんさ。しかもいっちゃんが友達を連れてきてくれるなんて。嬉しい限りだね。」
湊「うちもお邪魔させてもらえて嬉しいし、食事やいろいろ…ありがとうございます。」
えい「いいだよ。世話焼くことが趣味なんだから。」
その言葉を聞いて思わずきょとんとする。
確かに食事は大変力添えしてもらっているが
どこに遊びに行くか言わずとも
「いってきます」と伝えると
心配そうに玄関まで駆け寄ることもなく、
真っ赤に焼けて帰ってきても
「肌に楽しいがくっついてる」といって
軽く笑ってくれるだけだった。
帰ってきてもどこにいったのか、
誰とあったのか、
どんな話をしたのかと
詳らかに聞くこともない。
世話を焼くの基準の違いを感じる。
えい「いっちゃんはねぇ、いい子なんだよ。だからちょっと心配はしてるんさ。」
湊「心配ですか?」
えい「ああ。欲しいものは与えてもらえる環境でね、親からの愛も受け取っているとは思ってるんだと勝手に感じてる。けど、いっちゃんの気持ちに寄り添った人がいたかと言われるとまた話は変わってくるんだよ。」
湊「いろはのご両親は共働きなんですか?」
えい「そうさ。それも理由のひとつだろうね。ずっと1人でいる気がするよ。友達もこうして一緒に来てくれて、表向き1人ではないだろうさ。けど心の奥ではひとりぼっちみたいに見えるんだよ。」
湊「…。」
えい「これもばあちゃんの杞憂かね。」
衣食住困ったことなどなく、
全て揃っていた。
絵を描くための機材も
揃っていると聞いたことがある。
ぱっと見何不自由ない生活だ。
ただ、どこか一部が欠けている。
思えば彼女はずっと人以外に関心を向けてきた。
まるでふれあいコーナーがあっても
柵の外から見ているだけで
十分だと心の中で唱えているみたいだった。
このままえいばあちゃんに
心配へと軸を傾けてしまうのも気が引けて、
ぱっと明るい表情を作る。
湊「そうだ。いろはちゃんの昔描いた絵とかありませんか?」
えい「ちっちゃい頃かい?」
湊「はい!うち、いろはちゃんの絵が好きで。幼かった頃はどんなの描いてたのかなって気になったんです。」
えい「ああ、ああ。ちょっと探してくるから待っとって。」
湊「手伝いますよ。」
えい「結構だよ。押し入れの奥だからごちゃごちゃしてるでね。座ってて。」
湊「でも」
えい「いいからいいから。」
お言葉に甘えて会釈をしながら
「ありがとうございます」と伝えると
えいばあちゃんは「うん」と
短く返事をした。
しばらくものを漁る音がした後、
えいばあちゃんは両手で抱えるほどの
段ボールを持ってリビングへ置いた。
中にはたんと積まれた
画用紙や自由帳が詰まっていた。
中には幼稚園生の頃に
描いたであろうものも出てくる。
なんともぐちゃぐちゃで、
けれどとんでもなく自由に見えた。
何色を使ったって恐れない姿勢だった。
太陽は時に青、お風呂が
大分県にある地獄の湯かと思うほど
燃え上がるような赤。
人も描いてはいるが、
多くは風景だったり、
何かしらのモンスターだったりする。
そのどれもが決して怖いものでも
悍ましいものでもなく、
暖かさの溢れる絵だった。
小学生高学年になると
だんだんと人の形が整って
上手だな、と思うものになっていく。
湊「こんなにたくさん!」
えい「昔からよく絵を描く子でね。おばあちゃん家に来てもずっと楽しそうににこにこしながら描いてて、そりゃあもう家族写真の代わりと言わんばかりの枚数さ。」
湊「ちっちゃい頃からの絵、全部とってあるんですか?」
えい「ほとんどね。捨てらんないさこんな宝物は。」
えいばあちゃんは懐かしむように、
緩やかに目を細めた。
きっとみんながご飯を食べている間に
1人だけ早く食べ終わって
みんなの絵を描いたりもしたのだろう。
数人が食卓を囲む絵が出てきた。
そこに映る人は皆
これ以上ないほどの笑顔で
見ているうちまで微笑んでしまう。
描き終えておばあちゃんに
「あげる!」と言って渡したりもしたのだろうか。
裏には当時の大人の誰か、
それこそえいばあちゃんなのか
達筆な字で日付が書いてあった。
その時だった。
みし、みしと家の奥で音がした。
どうやらろぴが起きてきたらしい。
振り向くと髪を下ろしたままのろぴが
ぽけー、とこちらを見ていた。
いろは「おはよー。」
えい「ああ、おはよう。」
湊「おっはよー。」
いろは「何広げてるのー。」
えい「いっちゃんの昔の絵さね。」
いろは「おー。」
焦るそぶりなど一切なく
ゆったりとした足取りで近づき、
おばあちゃんの横へと
ぺたり座って覗き込んだ。
いろは「懐かしーい。」
湊「こんなの描いてたなーって覚えてるの?」
いろは「ううん、全く。でも楽しかったんだろうなーっていうのは見てわかるよー。」
ろぴは片手でその画用紙をなぞる。
手を離すと凸凹したクレヨンの尾が
彼女の指の腹にくっついているのが見えた。
今日は先日買った本を読み終えようと
2人して室内に閉じこもった。
が、夕方になって
外の気温が下がり出した頃、
近場をぐるっと少しだけ散歩して
夜を迎え入れた。
夕飯もお風呂も全て終わったのに
まだ20時なことには感動した。
バラエティ番組を見て少し経た頃、
眠気が徐々に押し寄せてきて
今日は早いが布団に入ることにした。
ろぴと並んで眠るのも何度目か。
既に1週間近く経っている。
ふと話し足りなさに口を開いた。
湊「今日さ、おばあちゃんと話したんだ。」
いろは「あー、私が起きてくる前?」
湊「そうそう。そこでね、おじいちゃんとの出会いを聞いたりどんな人だったかを聞いたりしたんだ。」
いろは「ロマンチックな話あった?」
湊「全部ロマンチック。」
いろは「あはは。人生は劇的かー。」
湊「ろぴはおばあちゃんの出会いとかの話、聞いたことある?」
いろは「昔たくさん聞かせてくれた気がするなー。最近じゃああんましないけど。」
湊「そっかそっか。おばあちゃんの話もとても素敵だったんだけど、一旦置いといてだね。うちはろぴのそういう恋バナが聞きたいなーって!」
いろは「修学旅行の夜みたいだねー。」
湊「でしょ。せっかくの旅行だしそれっぽいことしよしよ!」
いろは「いいねー。」
隣の布団から寝返りを打つ音がする。
ちらと振り返ると
ろぴはうちの方に顔を向けて
横向きで寝転がっていた。
湊「ろぴは今付き合ってる人いるのかい?」
いろは「今はいないねー。」
湊「今はってことは昔いたの?」
いろは「いたことはあるよー。」
湊「わお、じゃあ高校入ってすぐか中学生?」
いろは「中学だねー。」
湊「まあ最近の若い子ったらー。」
いろは「湊ちゃんもでしょー。」
湊「でへへ。え、中学の時に付き合ったのはズバリ何人!」
いろは「1人だけだねー。」
湊「一途ってことですかい。」
いろは「いいや、そうでもないよ?」
湊「そうなの?告られた側?」
いろは「そうだよー。」
湊「ひゃーっ!…ってなんか…誘導尋問みたいじゃないこれ?ドキドキ要素ある?」
いろは「今あったじゃん。ひゃーって。」
湊「え、まさかのここだけ?」
いろは「うん。」
湊「付き合ってる時のエピソードとかあるんじゃない?どこに出かけたとか、学校で秘密の手繋ぎーとか!」
いろは「湊ちゃん意外と恋バナ好きなんだね。」
湊「意外でもないっしょ。聞くのめたんこ好きよん。それでそれで!恋人さんとのエピソードはないの?」
いろは「彼氏さんでね、ほぼ接点ない人だったんだけど急に告白されて、別にどっちでも良かったからおっけーって言ったんだー。」
湊「そんな軽く?」
いろは「ほぼ知らない人だったし知っていけたらいいかーくらいだったかな。」
湊「学校の人なんでしょ?」
いろは「うん。でも何て言うかなー、あんまりいい意味じゃない方で有名なグループにいた人だったんだよね。」
湊「あー、悪い言い方すると罰ゲームで告白してそうな感じ?」
いろは「というより、まさにそうだったんじゃないかなーってくらい。」
湊「でもおっけーしたの?」
いろは「どうでも良かったからね。」
湊「どうでもいいなら断るんじゃない…?」
いろは「彼氏がいようといまいとやることは変わらないからねー。あいつが断ったらしいよーみたいな面倒なことになると嫌だったし、利害的に受けとこうって考えてた気がする。」
湊「ん?普通逆では?あいつと付き合ったんだって!うぜーみたいな感じになる気がしてた。」
いろは「断るほど身分高くないでしょーって言われるかとー。」
湊「あはは、なるへそ。お相手さんは周りからモテてる感じだったの?」
いろは「どうだろう?でも付き合って以降嫌がらせを受けることはなかったし、恨みは持たれてなかったんじゃないかな。」
湊「あれだわねぇ…周りの人の感情の機微に疎いと言うか何と言うか。うちにはあんましない感覚だから不思議な感じする。」
いろは「疎いのかなー。」
湊「疎いっていうか…何だろうな。」
言葉で言い表すには
適切なものが見つからない。
口をつぐんで天井を見上げた。
電球から伸びている紐が
ゆらりゆったり揺れている。
うちは周囲の人の感情を
自然と察知してしまう癖がある。
今不機嫌だな、
ああ、責任を押し付けられそうだからか。
今落ち込んでるな、
ああ、さっき怒られたからか。
じゃあそんな時は
こう言って、こう行動してあげれば
その人はきっと救われるな、って。
この人は引っ込み思案なんだ、
じゃあ怖がらせないように
少しずつ仲良くなるのがいいな。
この人は自責的なんだ、
じゃあうちも卑下しつつ
弱いところを晒して仲良くなるのがいいな。
こう言って、こう行動すれば
この人の鍵を外せるな、って。
だからこそ、ろぴのその
周囲の感情や言動への
興味の薄さが不思議だった。
頑張ってろぴのことを
理解しようとしても、
うちじゃ思いつかないような言動ばかりする。
周りに疎いと言うには
絵に対して繊細すぎる。
まるで絵しか見えていないみたいに。
目の前の空白のキャンバスから
目を離さないようにしているみたいに。
湊「疎いって言うより、見えてない感じ。」
いろは「ねー。」
ろぴは肯定するように
ひと言だけ相槌を打って、
彼女も天井を見上げた。
湊「その人とはどうなったの?」
いろは「ん?私が絵ばっか描いてたら振られたー。」
湊「え!?そんなことあるんですかい。」
いろは「遊びの誘いとか面倒だなー、絵描いてたいなー、で断ってたらつい。」
湊「わはは…お相手さんお気の毒に…。」
いろは「でもすぐ新しい彼女作ってたって友達が言ってたから、良かったねー、の気持ち。」
湊「嫉妬とかないんだ。」
いろは「全然。いてもいなくてもやることは変わらないよー。」
湊「元彼さん、もしかして本当にろぴが好きで振り向いて欲しくて、嫉妬させるためにすぐ彼女作ってたりして。」
いろは「お相手さん、彼女がいることがステータスって思ってるって話してたところたまたま聞いたことあるしそんなことはないと思うよー。」
湊「うお、中学生あるあるな思考だわねん。んじゃまあ別にーって感じなのかぁ。」
いろは「んー。前から薄々思ってたけど、私、もしかしたら他人に興味がないのかもしれない。」
湊「でも旅にうちを誘ってくれたよ?」
いろは「そうだけど…酷いこと言っていい?」
湊「馬鹿とあほんだら!じゃなかったら許そう。」
いろは「ふふー、これから気をつけよー。」
湊「んでんで、何を言おうとしたの?」
いろは「えーっとね。旅には誘ったけど、湊ちゃん自身のことを知りたいわけじゃないのかもって。ごめんね。」
湊「どうして謝るの。興味を持ってもらえて喜ぶかは人それぞれだし、変に詮索されるよりは嬉しい人だって沢山いるよ。」
ろぴは「んー」と
肯定とも否定とも取れない言葉を放つ。
それから彼女は
頭までタオルケットを被せた。
足がぴよ、とはみ出ている。
落ち着かないのか
つま先を上げたり下げたりしていた。
いろは「人からのおすすめの映画だったり本だったり絵だったり。いろいろ見てみるには見てみるんだよ。」
湊「うんうん。そういうイメージある。とりあえずお勧めしてもらったものには手をつけるっていうか。」
いろは「でもそれがね、誰々さんからおすすめされたっていう記号からいつの間にか作品への記号に変わってるんだよ。」
湊「記号…っていうのは、興味の矢印的な?」
いろは「そう。それ。」
湊「でもいい作品に触れたらそうなってくのは普通な気がするよん。うちもおすすめしてくれた人以上にその物にハマったりすることあるし。」
いろは「んー。なんで言えばいいんだろうな。難しいんだよ。」
湊「ごめそだよ、ゆっくりでいいかんね。言わなくたっていいんだから。」
いろは「今はこのもやもやを言葉にしたいんだよね。吐いときたい煙みたいな感じ。」
湊「そんなタバコ経験者みたいなこと言っちゃって。」
茶化すようにそういうと、
狙い通りというのもおかしいが
「ふふー」とろぴは笑ってくれた音がした。
いろは「私って圧倒的に人と会話ができないんだよね。」
湊「そうかなぁ?そんな気しないっすよん。」
いろは「んー。ありがたいことに友達もいるし湊ちゃんみたいにもっと仲のいい人もいる。けど、こう…話を合わせてるだけ、みたいな。」
湊「ほうほう。」
いろは「ちゃんと楽しくて笑ってる時もあるんだけど、なんだかね、会話できてないなって感じがするの。」
湊「多分、ろぴが求めてるのは心の核での会話を指すんじゃないかな。そこまで深いものとなりゃ学校ではなかなか出ないもんね。」
いろは「私の思う会話の範囲が深く狭すぎる…みたいな感じ?」
湊「そんな感じ。でも、その感じちょっとわかるよ。」
いろは「ふふ、今の言葉選びでそれを感じたよー。」
上部をなぞるような
ちょっとわかる。
逆に言えばちょっとしかわからない。
いろは「多分自分に興味がありすぎたんだろうなって思う。自分と自分の世界が大切すぎたんだよ。」
湊「今のうちからそれに気付いてそう感じてるなら、いくらだって変えられるよ。」
いろは「そうかもねー。」
小さい頃、家での1人の時間が
長かったと聞くし、
もしかしたら外に意識を向ければ向けるほど
寂しいと自覚する時間が増えたのかもしれない。
それを減らすため、
無意識のうちに意識を逸らそうと
自分の殻を構築した…なんて空想話が
事実となっていそうで口を噤む。
幼少期からの癖、
ましてや無意識ともなれば
もし奇跡的に気付けたとしても
根本から変えていくことは大変難しい。
うちだってそうだ。
顔色を伺ったり
周りの人が何を考えているのか
読み取ろうと集中したりすることは
無意識のうちにしている癖だ。
これをしないようにしようとしたって
すぐに変えることはできない。
ほつり、と糸が解けるイメージだった。
ろぴにとって絵は
寂しさの逃げ道だったのかもしれない。
ろぴは頭まで布団を被ったまま
うんと手を伸ばして背伸びをする。
そして脱力した手を
頭上に伸ばしたまま話を続けた。
いろは「湊ちゃんはどうなの?」
湊「ん?あ、恋バナ?」
いろは「も、そうだし、興味持ってもらえたら嬉しいのかも聞きたいなー。」
湊「先に興味云々の方が早いかな?うちはそうねえ、嬉しいなって思うかな!」
いろは「適度な距離で?」
湊「わはは、そうかも。」
昨日過保護の話をしたからか
ろぴはそんなことを聞いた。
「ほほー」とくぐもった声が返ってくる。
そして何故か片手で狐を作って
こちらに顔先を向けた。
ぱくぱくと話すように
口を動かしている。
いろは「それでそれで、詩柚ちゃんとのことはー?」
湊「えー、はずかちー。」
いろは「聞いといてずるいぞー。出会いはー?」
湊「ちっちゃい頃すぎて覚えてないんだよね。同じ町で、ちょっとだけ離れたところに住んでたんだけどなんか仲良くて。」
いろは「親同士仲が良かったとかー。」
湊「そんな感じかも。まあちっちゃい町だからさ、誰が出産したーとか情報がはんやいのよ。だからお祝いで、とかそこから仲良くなった可能性もある!」
いろは「おー、生まれた時からの仲じゃんー。」
湊「本当それくらいの幼馴染なんだよねん。もはや姉妹よん。」
いろは「いいねいいねー。学校も一緒だもんね?」
湊「だね。あ、でもゆうちゃん年上で中高ではかぶらなかったんだけど。」
いろは「そうなんだー。」
気を遣ったのかそれとも興味がないのか
何歳上なのー?とは聞いてこなかった。
そこがやっぱりろぴらしいな、と
不意に思ってしまう。
湊「うちが小学生の時、1人で帰っちゃダメって言われてて。なんか友達とも駄目だったんだよね。確かだけど。」
いろは「友達ともー?」
湊「そう。それでゆうちゃんが中学校終わって迎えにきてくれるまで学校で待って…みたいな。中学でも続いてたよん。」
いろは「おー。一緒にいる時間が長かったんだねー。」
湊「だね。下校はいっつも一緒!当時は友達と帰りたいとも思ってたんだけど、今思えばゆうちゃんとの帰り道も楽しかったし記憶にめたんこ残ってるなぁ。」
いろは「何時頃お付き合いし出したのー?」
湊「うーん、受験前は受験前なんだけど、いつだっけ。」
いろは「そんな感じー?」
湊「うん。なんでもない日に急に付き合っちゃおうか、みたいな。」
いろは「ズバリー。告白の言葉は?」
湊「え?なかったかも…?」
いろは「好きですとかも?」
湊「あ、これからもずっと一緒にいようね、みたいな感じだったかも。」
いろは「おー。」
湊「多分うちら好きとかそういう範囲じゃないのかもなって。ちっちゃい頃からずっと一緒だったし、どちらかといえば家族愛的な。」
いろは「恋的、性的に好きとかじゃないんだー。」
湊「違うね。手を繋ぐくらいしかした記憶ないし、しようとも思わないし。」
いろは「ただただ一緒にいたいっていいねー。無言の時間も大切な時間になりそうー。」
湊「ろぴはそういう無言を共有できる感じのお相手が似合うかもねん!」
いろは「かもー。互いに自由であれー。」
湊「あはは。そのうち半年間1人暮らししてくるとか言ってそう。」
いろは「それもいいねー。なんかさ、ロマンチックなことないのー?家族愛的な関係だけどこれにはドキッとしたー、みたいな。」
湊「ドキッとねぇ。うーん。」
いろは「ずっと一緒にいすぎてわからないー?」
湊「かも。あ、でも。」
いろは「何々ー?」
湊「そんなことまで言い切れちゃうんだ、って思ったことはあるかも。」
いろは「例えばー?」
湊「うちのことを一生守るって言ったり、骨は拾ってあげるって言われたり。うちが先に死ぬ前提なんかい!ってその時は思ったけど…。」
いろは「最高のプロポーズを受けてるなーって?」
湊「そんな感じ。死ぬまで一緒にいるって言い切ってて、こう…なんでいえばいいんだろ。嬉しいはもちろんなんだけど、ちょっと恥ずかしい?っていうか。」
いろは「人生最後まで添い遂げてあなたの最後を見守るよーって言っているようなものだもんねー。」
湊「うん。わわわー、ちょっと恥ずかしいー。」
いろは「死ぬまで守るって言ってると思うと確かにすごいなー。」
私にはない考えだと言わんばかりに
平坦な声で話す。
いつの間にかぱくぱくしていた狐は
布団の中に潜っていた。
湊「最後まで見守ってもらえるのは幸せなことなんだよね、多分。」
いろは「そうでもないかもよー。」
湊「白と黒がある?」
いろは「もちろん、何事にも。」
湊「どんなことが黒く見えちゃうかな。」
いろは「それは私が答えを出しちゃ駄目な気がするなー。」
湊「そうかい?答えとまで行かずともヒントがあれば嬉しいな。」
いろは「今まで十何年一緒にいたんなら、一緒にいた湊ちゃんが答えを出す方がきっと納得のいくものになる。」
湊「そうなればいいけどなぁ。」
いろは「そうなるよー。」
湊「その未来見える?」
いろは「わかんない。でも、湊ちゃんなら大丈夫。」
思えばこのように
「大丈夫」と言われることはなかった。
家族やそれに近しい人からはよく
「心配だ」「大丈夫じゃないかもしれない」と
不安がられていた。
信用されていないといえばそれまでだけど、
本当に心配しているのがわかっていたから
特に何も思わないようにしていた。
友達からは、「湊なら大丈夫」と
言われることが多かった。
けれど、それはうちが自立しているように
見えてしまったのだろう、
この子は1人で放置していても
勝手になんとかしていけるといった
意味合いであることが多かった。
うちの周りには多くの人がいることが多い。
その誰もが的の中心から
外れたところを見ている気分だった。
信用していると言われればそうかもしれないが
放り投げられているように
感じていたところはあった。
が、ろぴの「大丈夫」は
友達から受け取るそれとも異なっていた。
踏めば折れる枝のような大丈夫じゃなく、
天まで届く大きな桜の木の幹のようだった。
今までうちの根幹を見てきた上で、
できるだけ見せたくなった弱い部分を、
不安定性を見てきた上で、
彼女は心の底から「大丈夫」と評した。
それがどれほど嬉しいことか。
暑いはずなのに鳥肌が立って
身震いしてしまいそうなほど。
彼女に背を向けるようにして寝返りを打つ。
湊「ひゅー、そろそろ寝ようかなん。ろぴの恋バナも聞けたことだし今日はよく眠れるぞー。」
いろは「私もだー。おやすみー。」
湊「おやすみなさいましー。」
瞼を閉じる。
機械の微かな光も届かなくなった。
°°°°°
が、がっ。
この前2分の1成人式が終わった。
体育館の壇上にあがっての練習は
立ちっぱなしで絵も描けなくて退屈だった。
それももう終わったから
授業中に描き放題。
嬉しい。
鉛筆の芯が削れてきたから
鉛筆削りにさす。
この前友達がシャーペンを使ってて
ちょっと羨ましかった。
先生は駄目っていうけどなんでだろう。
今度の誕生日、お母さんやお父さんに
お願いしてみようかな。
それとも持ってるコピックとは
また別の色がいいかな。
色鉛筆?絵の具?
うーん、何にしよう。
いろは「可愛いー。」
描けた絵を眺める。
目がまんまるで可愛らしく
愛嬌のあるキャラクターが描けていた。
「凄いね。」
「いろはちゃんじょうずー!」
友達や家族、親戚のみんなは
私の絵を見てそう言ってくれた。
とても嬉しい。
でも、私、知ってる。
世の中にはもっと上手い人がいる。
たくさんいるのかな、
でもいるにはいる。
テレビで絵を描いている人、
写真みたいにきれいな絵を描いてた。
私もいつかあれくらい
きれいな絵を描くんだって、
描けるようになるんだって信じてる。
私もなれる!
いろは「上手くなる!」
また紙を1枚取り出す。
とりあえず思うがままに
好きなものを描いていれば
きっと上手くなるはず。
何かが見えるにちがいない!
ペンが紙の上を踊る音が
耳に馴染んでちょうどよかった。
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